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4 ハンターと、出発




 少しの間だけ医者に少女との対話を頼んだイリーナとガイバーは、診察所の外に場所を移した。


「ガイバー、あの子だけど」

「そうだな。専門的なこと俺は知らねーけど、ギルドやハンター機関にならそれなりの情報網が集中してるし、何かわかるかもしれない」


 ガイバーは道の端に落ちた石ころを見つけると、足先でころころと蹴飛ばしながら頭で整理する。

 アシュタルト王国王都『ステレア』には多くのハンターギルドが点在する他、ハンター機関本部があり、世界各地の情報が集まってくるのだ。

 年齢や背格好、容姿。少女の特徴と一致した人間の捜索依頼が寄せられているかもしれない。


「……ええ、そうね」


 ガイバーはそう考え、イリーナも同意するよう静かに頷いた。




 診療室に戻ってきた二人に、少女はお帰りなさいと声をかけた。少しの時間ではあったが、少女は医者から興味深い話を聞いていた。


 イリーナとガイバー。自分を助けてくれた恩人の二人は、ただのハンターではなくハンター界でも名の知れた存在であるということ。有名なハンターギルド『獅子王の翼』に所属しチームを組み、二人目当ての依頼人からの指名依頼が日々申請されているということ。依頼人の中には王族や貴族、高貴な身分の人間も少なくないということ。


 それを聞いた少女は、イリーナとガイバーに尊敬の眼差しを向けている。「凄い人達なんだ! 凄い! よくわからないけれど!」と、声に出してはいないが、少女の無垢で吸い込まれそうな色合いの瞳が無邪気に告げている。

 何を吹き込んだんだとガイバーは軽く医者の胸ぐらを掴んで問い詰めるが、彼はにっこりと悪戯めいた笑みで「大したことは」と呟いた。どうやら二人はこの医者と顔見知りらしい。



「──っ」

「え? あ、ちょっと!?」


 突然イリーナは声をあげた。

 ぎょっとしたガイバーがイリーナの目線の先を辿ると、今まで椅子に座って笑っていた少女が気を失って床に倒れ込もうとしていた。

 咄嗟に医者の服の胸元から手を離したガイバーは、痩せ細った少女の体を抱きかかえると、近くのベッドに慎重に寝かせる。


「私としたことが、患者に無理をさせるとは不覚でした」


 気疲れから意識を手放した少女に、しゅんと肩を落とした医者は、近くの棚を漁って細い針を取り出した。


「栄養剤か?」

「ええ。彼女はあまりにも痩せすぎています。ろくな食事も摂らせてはもらえなかったのでしょう。この栄養剤を二針も打てば回復し始めるはずです。後は自然回復に任せましょう」

「たった二針でいいのか?」

「はい、普段から私も使用しているものです。多すぎても体に毒ですからね」

「うおい、テヴァ……お前ってやつは。いつもそんなのプツプツ打ってるとそのうち禿げんぞ」

「はは、ご冗談を」

「ほら、こんな直毛じゃなおさらハゲまっしぐらだな」

「うるさいな! 君は相変わらず言葉が余計だよ!」


 筋肉馬鹿には言われたくないと返せば、根暗眼鏡が偉そうにと返される。

 王都から一時間ほど馬を走らせた街で診療所を営むこの医者の名はテヴァ。イリーナとガイバーとは腐れ縁の仲であり、ギルド無所属のフリーの医療ハンターとして各地を旅しては薬草を採取し、無償で仮設診療所を開いたりもしている神出鬼没の流浪人でもあった。


「ごほん……とりあえず今日は彼女のためにも診療所に泊まっていって下さい。この様子では明日までぐっすりでしょうし。依頼達成の報告期限はいつまでですか?」

「二日後、いや、三日後だったか」

「明日の夕方までよ!」

「……本当に相変わらずですね、ガイバー」


 その日、イリーナとガイバーは診療所で一泊することになった。

 お互い忙しく、久方ぶりに再開した三人は情報交換し合ったりと有意義な時間を過ごしていたが、いつの間にかガイバーは酒を片手に上機嫌でイリーナとテヴァにだる絡みを始め、巻き込まれながら夜は更けていったのだった。



 明け方になって目を覚まし少女は空腹を訴えるまでに回復していた。テヴァの栄養剤が効いたらしい。

 腹を満たした後は、診療所で湯を借りて体の汚れを洗い流す。


「……これが、烙印?」


 浴室の鏡に映った自分の背中の右側には、黒い奴隷印がくっきりと浮かび上がっている。熱で押し当てられたのだろう、それは目に付くほどはっきりしていた。


「変なの」


 烙印を付けられた時、きっと痛かったと思うのに。

 自分はそれを覚えていない。

 何一つも、記憶にない。


 それなのに、焦りも恐怖も感じない。

 そんな自分にさえ、不思議だと思うだけ。


(私は、どこか変?)


 痩せた体。

 傷だらけの手足。

 痛みきった黒髪。

 

 そっと、鏡に映る自分の顔を少女は触ってみた。


 鏡の顔は自分であると、認識している。

 違和感はない。

 この透き通る水晶石のような水色の瞳を見ていると、安心に浸れると同時に、別の大きな激情が溢れてきそうな……そんな気がする。


『────』

「……いっ」


 その時、少女の頭にかすかな痛みが走った。

 すぐ耳元で何か聞こえたような気がしたのだが、もちろん浴室には自分ひとりだけ。誰かいるなどあり得ない。

 そのまま片手でこめかみを抑えうずくまっていると、心配したイリーナが浴室の扉を隔てた外から声をかけてくる。少女は頭をぶんぶんと振ると、イリーナに一声かけて、もう一度頭から湯を浴びて浴室を出て行った。


 小綺麗になった少女は、煤だらけの時よりもよりはっきりとわかる見目麗しい姿に変わった。だが、これまであまり栄養が摂れていなかったので、痩せこけた頬や、肌色の悪さも目立ってしまっていた。


「もう、それじゃあ風邪をひいちゃうわよ」


 腰まで伸びる髪からは水滴がぽたぽたと滴り落ちている。イリーナはふっと笑をこぼして頭を拭いてやった。


「なんだ、こざっぱりしたなお嬢ちゃん」

「ガイバーさん、おはようございます。テヴァ先生も浴室を貸して下さりありがとうございます」

「いえいえ、ご気分はどうですか?」

「はい、大丈夫です」


 何となく、浴室で起こった頭痛のことを話す気にはなれず、少女は黙っていた。


 それから支度を整え、テヴァの診療所から王都へ出発する時刻となり、イリーナとガイバーは少女にこれからのことを説明する。


 見ず知らずの人間に親身になってくれる二人に断る理由もなく、むしろお願いしたいと頭を下げた少女にイリーナもガイバーもほっと胸を撫で下ろした。

 疑われる心配はしていなかったが、こうも自分たちに頼ってくれるというのは嬉しいものである。

 

「テヴァ先生、お世話になりました」

「君も、体調にはしっかり注意してください。無理に記憶を思い出そうとしなくて構いませんよ。ゆっくり、焦らず、自分の体を大切に」


 眼鏡の奥で、テヴァは瞳をゆるりと和らげた。

 古くからの友人であるイリーナとガイバーのことは誰よりも信頼している。少女のことも彼らと共にいれば危険もないだろう。


 ただ、やはり心配の色は消せない。

 記憶の喪失とは、それだけ不安定で危うく、何がきっかけに記憶の蓋が開くかは医療ハンターの自分でもわからないのだ。


「何かありましたら、いつでも私を頼りなさい。決して自分ですべてを抱え込まないよう」


 しっかりと頷く少女に、テヴァは満足そうな顔をした。たった一日ではあったが、情が湧いたらしい。

 友人が連れてきたという理由もあるが、少女には周囲を惹き付ける魅力があるのかもしれない。


 自分の状態すらも楽観視する言動に、放って置けないだけかもしれないが。


「記憶が戻っても戻らなくても、テヴァ先生には会いに来ます。お世話になった人ですから」

「それは嬉しいですね」

「世話になったな、眼鏡」

「たまには王都に顔見せに来なさいよ」


 ほどなくして、荷馬車に乗った彼らは王都へと出発した。



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