Record No.009 静岡攻防戦(3)
「皆、増援が来るまでの辛抱だ」
『おーーー』
秋葉原の言葉に激しく疲労していた兵士達も気合いの入った声で返す。
「とは言ったが」
秋葉原は軍並みの連携とシールドガットによる鉄壁に攻めあぐねていた。
「隊長達が来るまで持ち堪えられますか?」
隣にいた新橋も不安な声で訊く。
「正直厳しいな」
応戦しながら秋葉原は敵の陣形を確認し直す。
「まさか奴が来るとは」
壁に背を預け秋葉原は溜息をつく。
「名古屋は第三師団の相手で動けないはずじゃ」
新橋も何でだという感じで苛ついた顔をする。
「攻撃を休むな。援軍が来る前に片付けるぞ」
レジスタンスの指揮を執っている男は黒帝軍の軍服を着ていた。
「あれって名古屋支部特級兵の知立じゃないですか」
息を乱しながら新橋が文句を言う。
「だから困っているんだろう」
秋葉原達の視線の先には整った顔立ちと金の長髪でナルシスト感全開の男が立っている。
知立は剣術と体術は守に及ばないが、狙撃と指揮の能力は天才的なものを持っていた。
守と同期で唯一特級兵になった男でもある。
「今まで出てこなかったくせに」
珍しく秋葉原は舌打ちをした。
「秋葉原一級兵、限界です」
正面の入り口を守っていた静岡支部の部隊長が無線で叫ぶ。
「もう少しだけ粘るんだ」
厳しいのはわかっていたが、秋葉原は部隊長に命令を出した。
「了解」
部隊長も覚悟を決めて承諾する。
「ちょっと考えがあります」
新橋は道具をリュックから取り出しながら話す。
「どうする?」
「敵からシールドガットの操縦を奪い取ります」
新橋は専用サングラスをかけ、立体映像キーボードを目にも止まらぬ速さで叩き始めた。
「そんなことが出来るのか?」
普通は各々の器士が特殊なプロテクトを作っているので、操作を奪われることはない。
「天才ですから」
新しい遊びをやる子供みたいにワクワクした笑顔を新橋は見せる。
「頼むぞ」
仲間を信頼し秋葉原は応戦を再開した。
「神田、状況は探れたか」
「内側で医療棟を襲撃、外側で援軍への応戦と手堅い陣形ですよ」
「そうか。内部とは通信が出来たか?」
「いえ、富士宮支部長とのが最後で、妨害電波の為に通信が出来ません」
「内部と連携が取れないと崩し難いな」
「隊長、大丈夫ですか?」
いつもは走っていても平然としている守が息を乱していることを上野が心配する。
「少しきついが大丈夫だ」
「無理はしないで下さい」
「わかっているよ」
上野を頼もしく感じ、守は微笑みながら軽く左拳を当てた。
「ぐあ」
突然、まだ敵が微かに見えるぐらいの距離の所で清水の部下が倒れた。
「全員近くの壁に隠れろ。神田アーミーのシールド展開だ」
「了解」
「この距離で狙撃なんて」
おいおいという顔で上野がぼやく。
「相手に渋谷並みの使い手がいるらしい」
守はまさかと思いつつ一人の男を思い浮かべる。
「レジスタンスにそんな奴がいるんですか?」
「黒帝軍の奴だよ」
清水の疑問に守は答えた。
「まさか静岡にも裏切り者が?」
清水は仲間を信じつつも疑いを言葉にしてしまう。
「いや、俺が知っているのは名古屋の人間だ」
「名古屋支部は第三師団と戦っているはずでは」
「俺が知っている奴はそうやって相手の裏をかくのが得意なんだよ」
ほぼ確信していたが、守はスコープで敵を見渡した。
「やっぱり知立か」
守はかなり面倒くさい気持ちになる。
「俺が盾になりますから隊長が」
「駄目だ」
上野の言葉を守は途中で遮った。
「ですが、誰かが陣形を崩さなければ」
「俺がやる」
「無理ですよ」
「あいつの狙撃をかわせるのは俺だけだ」
「上野、隊長は化物だろ」
神田はちょっと呆れた笑みを浮かべる。
「わかりました」
渋々だが、上野は納得した。
「清水君、君の部隊は後方支援を頼む」
「喜んで」
「神田は引き続きシールドを展開しつつ砲撃、上野は崩れた隙をつけ」
『了解』
「相手は一癖も二癖もある男だ。一瞬たりとも気を緩めるな」
「言われなくてもそのつもりですよ」
上野はガシガシと、鉄のグローブをぶつけながら気合いを入れる。
「もちろんです」
神田は落ち着いた声で返事をした。
「はーーー」
守はいきなりブーストを高速にして敵に突っ込んでいく。
バーン、光りの弾道が守の足を正確に貫いた。
「隊長ーーー」
上野が叫び飛び出そうとする。
「動くな」
守は咄嗟に近くの瓦礫に身を隠しながら叫んだ。
「大牟田、動きが鈍くなったな」
知立が小型マイクにより大きくなった声で馬鹿にする。
「相変わらずうるさい奴だ」
響く声に煩わしさを感じつつ守は足を止血バンドで縛った。
「くそ、隊長が撃たれた」
「え」
秋葉原の言葉に新橋は思わず作業の手を止めてしまう。
「お前は早くハッキングしろ」
秋葉原は新橋を一喝した。
「は、はい」
新橋は慌ててキーボードを打ち始めた。
「伊達に特級兵ではないということか」
打開策を浮かべようと秋葉原は集中する。
「そうだ」
ハッと思い付き鞄から取り出した装置を銃の先端に秋葉原は取り付けた。
「上手くいってくれ」
祈りを込めながら神田が乗るアーミーを狙う。
秋葉原が撃ったのは銃弾ではなく、レーサーで飛ばされた有線型の通信装置だった。
「よし、やった」
装置はアーミーへと届いた。
「神田、聞こえるか?」
秋葉原が無線で神田へ呼び掛ける。
「はい、聞こえます」
「新橋を手伝ってくれ」
秋葉原は作業に集中している新橋の代わりに説明する。
「確かに新橋の技術があれば可能ですね」
説明を聞き終わった神田はすぐに理解し納得した。
「お前達が頼みだ」
「任せてください」
神田が作業に加わり敵のプロテクトを二人は次々に破っていく。
「新橋、俺がラストのプロテクトを破ったら核を奪え」
「了解です」
二人はピッタリと息を合わせて敵器士から操縦を奪った。
「よっしゃ」
いつもクールな新橋が盛大なガッツポーズで喜ぶ。
「あと一仕事残っているぞ」
「わかっています」
新橋がエンターキーを叩くと、知立達のシールドが解除された。
「どうした」
突然シールドが解除され、知立は部下を問い詰める。
「そんな馬鹿な」
レジスタンス兵は信じ難い出来事に上官の言葉が聞こえていなかった。
「おい、聞いているのか」
部下を正気にさせる為に知立は胸倉を掴み再び問い詰めた。
「申し訳ございません。シールドガッドの操縦を奪われました」
「何だと」
「何が起こっている?」
知立だけではなく、守達も戸惑っていた。
「報告が遅れてすみません」
作業に集中していた神田が守達に経緯を説明した。
「よくやった」
面食らったが、すぐに守は新橋達に賛辞を送る。
「秋葉原、一斉射撃だ」
「了解」
「たっぷりお見舞いしてやる」
溜まった怒りをぶつけようと銃を構えて守は全員に合図を出した。
「三、二、一、撃てーーー」
『おーーー』
豪雨のような銃弾が知立達を襲う。
「緊急防御」
知立の命令でレジスタンス兵達は手持ちの小型シールドを展開した。
「ぐ」
「がは」
「あああ」
だが、防御も空しくあっという間にレジスタンス兵達は沈黙した。
「すごい。これが第三特務部隊」
清水は一連の流れに呆然としてしまう。
「神田は医療棟を警護、俺と上野は内部、清水君達は外の一帯を制圧確認だ」
『了解』
全員が戦いが終わったと思った瞬間、死体の山から高速の物体が飛び出てきた。
「危ない」
守と物体の間に清水が立ちはだかる。
ブシャーと清水の胸から血が噴き出す。
物体はブーストで加速した知立だった。
「くそ」
守を仕留め損なった知立は刀を清水に刺したまま立ち去って行った。
「清水君、しっかりしろ」
膝からゆっくり崩れ落ちていく清水を守はしっかりと受け止める。
「お、お怪我は……あ、ありませんか?」
血を吐きながら清水は笑顔で守の安否を確認した。
「君のおかげで無事だ」
「よ……良かった。あなたは……黒帝軍、いえ……この国に必要な方です」
「馬鹿を言え、君みたいな優しい人間こそ必要だろうが」
「はは……」
守の言葉に嬉しそうに涙を浮かべながら清水は息絶えた。
「馬鹿者が」
守は刀を抜き、大量の血がつくのを構わず清水を抱き締めた。