Record No.008 静岡攻防戦(2)
「カグちゃん、俺と二人だけど我慢してね」
「集中してください」
的確な射撃で敵を仕留めつつ軽口を叩く渋谷を神楽坂が冷たくあしらう。
二人は正門の高見台から門を攻めるレジスタンスを狙撃していた。
「こういうときはリラックスだよ」
「あなたはいつもですけどね」
変わらず緊張感が感じられない渋谷に棘がある言葉を放つ。
「長期戦になるから適度に肩の力抜かないと」
ケンカ腰の神楽坂を余裕の笑みで渋谷はかわす。
「やってみます」
言葉とは裏腹に正確で殺意の篭った射撃で神楽坂は敵を仕留めていく。
「まあ、気楽にね」
その態度を可愛らしく感じた渋谷は苦笑い混じりで微笑んだ。
「オラ、オラ、オラ」
上野は鉄のグローブで敵を殴り倒していく。
「今日の俺は機嫌が悪いぞ」
ボクシングが得意な上野は要領良くブーストで加速してレジスタンスを蹴散らす。
「さすが特務部隊ですね」
守の隣で清水が呟いた。
「全員があんな暑苦しくないからな」
射撃で上野を援護しつつ守は清水が誤解してそうなので訂正する。
「大牟田隊長の電光石火の剣術も見たかったです」
「ちょっと名古屋で張り切りすぎたもんでな」
守は名古屋での戦いでのダメージがまだ残っていたので、援護に回っていた。
「皆、上野二級兵を援護しろ」
『おーーー』
部隊長である清水の号令で兵士は士気が上がる。
「清水君もなかなか腕がいいじゃないか」
「いえいえ、これしか得意なものがないだけですから」
謙遜しているが、実戦経験が少ない割りには冷静に敵を仕留めていた。
「もう少し脇を締めると体がぶれないから連続して撃てるぞ」
そう清水にアドバイスしつつ守はド、ド、ドンと連射で敵を撃ち抜く。
「わかりました」
素直に従い助言通りに清水は狙撃をする。
「そうだ、いいぞ」
教え通りにこなす清水を守は我が子にするように褒めた。
「くー戦いたいわー」
病室から地下のシェルターに移動した早稲田は簡易ベッドの上でごねていた。
「お前は怪我人だろうが」
そんな早稲田に秋葉原は呆れる。
「不甲斐ないです」
さっきまでの明るい表情から早稲田は急に暗い顔になった。
「お前には何度も助けてもらったからな。今回は俺に守らせろ」
秋葉原は穏やかな顔をして早稲田の肩に手を置いた。
「秋葉原さん」
その温かい笑顔に思わず早稲田は涙目になりそうになる。
「秋葉原さん、南門から敵が侵入したようで医療棟が取り囲まれました」
外の偵察へ行っていた新橋が戻って来た。
「わかった。ここの警備兵と一緒に窓から迎撃するぞ」
「了解です」
「早稲田、大人しくしていろよ」
「わかっていますよ。二人こそ無事に戻って来てください」
『了解』
早稲田の激励に二人は笑顔で階段を駆け上がって行った。
「チッ、まずいな」
レジスタンスに押され気味な状況に渋谷は軽く舌打ちをした。
「どこから湧いてくるんですか」
倒しても次々に現れるレジスタンスの援軍に神楽坂は渋谷に八つ当たりする。
「俺に怒らないでよ」
それに渋谷は子供みたいに拗ねた。
「これは何か手を打たないとね」
物陰に隠れ渋谷と神楽坂は一旦休憩しつつ作戦を練る。
「やっぱり指揮官を落とすのが効率的だと思いますけど」
神楽坂が正攻法な案を出してきた。
「そうだよね~」
渋谷も賛同する。
「ただ、それらしき野郎がすごく遠くにいらっしゃること」
少し身を乗り出し取り外したスコープで敵を観察しながら愚痴をこぼす。
「あれを試したらどうですか?」
「あれか」
神楽坂の提案に渋谷は考え込んだ。
「よし、カグちゃんやってみよう」
子供番組みたいなノリで渋谷は笑う。
「……」
神楽坂は何も言わず冷たい視線を渋谷に向ける。
「だって俺は肩が本調子じゃないから……」
苦笑いしつつ渋谷は言い訳した。
「でも、私じゃあれは使いこなせないです」
神楽坂が珍しく弱気な顔になる。
「カグちゃんなら大丈夫だって」
笑いながら渋谷は神楽坂の背中をポンポンと叩く。
「どさくさに紛れて触らないでください」
いつもの神楽坂に戻り、キッと渋谷を睨んだ。
「怖いな~もう」
目力の鋭さに渋谷は降参という感じで手を上げる。
「わかりました。コツを教えてください」
気を取り直した神楽坂はゴソゴソと鞄から狙撃用の道具を取り出す。
「改めて見るとすごいね」
神楽坂の手には通常の銃身の二倍はある長さの銃が握られていた。
「セット完了」
補助台に銃身を乗せて神楽坂は身構えた。
「距離があるから少し高めに的を上げて」
渋谷が斜め後ろから神楽坂を見て助言する。
「はい」
緊張のせいで神楽坂は肩に力が入ってしまう。
「カグちゃん、深呼吸」
渋谷は浜名湖のときのようにゆっくり神楽坂に言い聞かせた。
「ふー」
素直に深呼吸した神楽坂は自分に心で言い聞かせながら引金に指を掛ける。
「風を肌で感じて、タイミングを待つんだ」
渋谷の言葉に従い、神楽坂は辛抱強く時を待った。
スッと風が止んだ瞬間、スパンと鋭い銃撃が敵の指揮官の脳天を貫いた。
「完璧」
渋谷がお見事というニュアンスを込めた言葉を言い放ち歓喜する。
「ふーーー」
当の神楽坂は大きく息を吐き、天を仰ぐように寝転んだ。
「やったよカグちゃん、敵が混乱し始めた」
「良かった」
渋谷の報告を聞いて神楽坂は安心した声を漏らす。
「今が好機だぞ、エレルギーを惜しまず一斉攻撃だ」
ここだと感じた静岡支部の指揮官が兵士達に号令を発した。
「正門のレジスタンスは陣形を乱して後退し始めました」
静岡支部の無線で守達の耳に神楽坂の功績が届く。
「やりますね神楽坂」
ストレス解消のように上野はレジスタンスを殴りながら笑う。
「さすが女性で唯一大牟田隊長が認めた方ですね」
清水が感心した顔で言った。
「あいつは才能があるからな」
「天才師弟というやつですか」
「俺は天才じゃないよ」
攻の顔を思い浮かべながら守は清水の言葉を否定した。
「隊長、嫌味にしか聞こえません」
渾身の一撃で五人いっぺんに吹き飛ばした上野が叫んだ。
「それは悪かったな」
フッと笑いつつ上野の背後を狙った敵を守は撃ち抜いた。
「天才じゃなくて化物でしたね」
「誰が化物だ」
そんなやり取りをしながらも二人は敵をなぎ倒していく。
「私達には皆さん化物です」
いつも笑顔の清水もさすがにその戦いぶりに顔を引きつらせる。
「単なる訓練馬鹿だよ」
部下達の戦いぶりに血が滾るのを抑えられず、守は黒刀を手に駆け出した。
「はぁーーー」
一気に上野の側まで敵を倒して到達した守は上野と背中合わせになる。
「そんな体でブースト出来るのは化物ですね」
上野がわかりやすく皮肉を口にする。
「お前と違って鍛え方が違うからな」
負けじと守も皮肉を返す。
「一気に蹴散らすぞ」
「了解」
守の言葉で二人は一斉に動き出した。
平速でも十分にレジスタンスを圧倒する動きで敵を蹴散らしていく。
「ふー」
一通り制圧したかと思ったとき、砲撃が二人を襲った。
「何だ」
二人は間一髪で避け、上野が驚きの声を上げる。
「何でレジスタンスがアーミーを持っているんだ」
壁の向こうから迷彩柄に塗装されたアーミーが現れた。
「さすがにやばいですね」
「そうだな」
ツーと二人の顔から冷や汗が滴り落ちる。
二人に迷彩アーミーが銃口を向けた瞬間、ドゴーンと爆音が鳴った。
近距離での爆音に二人は耳穴を塞ぐ。
爆音は迷彩アーミーへの砲撃だった。
「隊長ご無事ですか」
アーミーから神田が無線で呼び掛けてきた。
「おう、助かった」
「俺の安否も確認しろよ。ってか遅いぞ」
自分を無視した神田に上野は文句を言う。
「すみません隊長、整備に手間が掛かってしまって」
神田は上野の文句を右から左に受け流す。
「無視かよ」
「確認いるか?」
「もういいよ」
「ははは。神田ご苦労さん」
「いえ」
「大牟田君、そちらの状況はどうだ?」
守達が和んでいると、富士宮から緊迫した声の通信が入る。
「こちら大牟田。西側の制圧はほぼ完了しました」
「そうか。すまんが医療棟へ行ってくれるか」
「敵ですか?」
「ああ。南門を破って医療棟を包囲しているらしい」
「内部の人間の安否は?」
「秋葉原君が私の部下を指揮して何とか凌いでくれているが」
「了解しました。すぐに向かいます」
「頼む」
「上野、神田聞いていたな」
『もちろん』
二人は声を揃えて返事した。
「行くぞ」
『了解』
「大牟田隊長、私の部隊も半分加勢します」
「助かる」
守は走りながら礼を言う。
「礼を言うのはこちらです。おい、後は任せたぞ」
清水も走りながら答え、副官に後処理を任せて守達の後に続いた。