Record No.007 静岡攻防戦(1)
「助けに行けずにすまなかった」
モニター画面には頭を下げる京橋が映っていた。
「先輩が悪いわけではありませんから」
守は京橋が気に病まないように否定する。
「早稲田の容態はどうだ?」
「何とか一命は取りとめました。復職出来るかは経過次第ですが」
「そうか」
名古屋支部の追撃を振り切った守達は浜松駐屯地で休息を取っていた。
「現状はどうなっていますか?」
「第三師団が大阪に光速道で飛んで、第六師団と合流して名古屋に向かった」
「そうですか。黒幕はわかりましたか?」
「本部は九竜軍に乗せられたと言っているが、俺は違うと思う」
「僕もそう思いました」
「もし、九竜軍なら大阪が動いていないのが解せない」
京橋は顎に手を当て話を続けた。
「本気なら大阪を攻め落とすか、同時に反乱を起こさせるかするはずだ」
「レジスタンスも中途半端な戦力でしたし」
「報告だと、最初からお前達単体が狙いだったようだしな」
「ええ。特務隊一つ落とすのに何でかはわかりませんが」
「お前の名は有名だが、倒すメリットがなあ」
「黒帝軍の長年の綻びが出始めたということでしょうか?」
「まあ、今まで従っていたのが不思議だ」
「あったとしても規模は小さかったですからね」
黒帝軍の弾圧に小規模な反乱は起こっていたが、県規模の反乱は今回が初めてだった。
「とりあえず、お前たちはしっかり体を休めて戻って来い」
いつもの豪快な笑いの京橋に戻る。
「わかりました。先輩も気をつけて下さい」
「心配無用だ。まだまだ腕は鈍ってないからな」
守の心配に京橋が力こぶを見せ、またも豪快に笑う。
「先輩を普通に考えた僕が馬鹿でした。失礼します」
ちょっと呆れた顔をしながら守は通信切断のタッチ画面に手を伸ばす。
「おい誰が普通じゃ」
京橋が喋っている途中だったが、通信を切断した。
「ったく、あの人は」
「隊長、よろしいですか?」
コンコンとドアをノックし、秋葉原が声を掛けてくる。
「ああ」
「失礼します」
「どうかしたか?」
「早稲田が意識を取り戻しました」
「そうか」
部下の無事がわかり守は安堵した。
「それで腕はどうだった?」
「後遺症は残らないとのことですが、リハビリに時間が必要のようです」
「わかった。後で俺も顔を出す。お前もゆっくり休め」
「ありがとうございます。では、これで」
「ご苦労さん」
一礼して秋葉原は部屋を出て行った。
「すまなかった」
朝の病室で守は早稲田に頭を下げていた。
「止めてください。あれは俺が間抜けだったからですよ」
「いや、俺がもっと用心していれば」
「責任の感じ過ぎです。というか完璧超人の傲慢ですよ」
「お前と上野の明るさにはいつも助けてもらってばかりだな」
早稲田の元気小僧みたいな笑顔に守も笑顔になる。
「こいつとセットですか」
ずっと早稲田に付き添っていた上野がわざと嫌面で言う。
「俺だって綺麗な看護師の女の子に看病して欲しいわ」
「そうか。じゃあ、お前はリンゴいらないな」
「そうは言ってないだろ」
上野が下げようとした皿から早稲田がひょいとリンゴを一つ取って口に放り込む。
「いいコンビだよ」
そんな二人を見て守は微笑んだ。
「それで早稲田、お前はしばらく静養も兼ねて静岡支部に世話になれ」
「え?」
「もう少し状態が落ち着いたら、静岡支部に俺達と移動して休め」
「どれくらいですか?」
守の言葉に早稲田は不安と納得いかない感情が混ざった顔をしている。
「時間は掛かるらしいが、リハビリすれば戻れるらしい」
病室を訪れる前、医者の説明を守自身も確認していた。
「わかりました」
早稲田は渋々という感じで承諾する。
「俺達はずっと待っているからな」
守はポンッと優しく早稲田の肩に手を添えて言った。
「はい」
いつもの笑顔ではなく、ちょっと早稲田は涙目になりながら返事をする。
「お、泣いてるのか?」
上野がわざと早稲田をからかった。
「うるさい」
早稲田は布団を頭から被って顔を隠す。
「ははは」
子供みたいにいじけた早稲田に守と上野は揃って笑った。
「こんなことを言うと不謹慎ですけど、大牟田隊長にお会い出来て嬉しいです」
ウォーターカーを運転する静岡支部の兵士が言った。
兵士は少し細く上野と同じぐらいの背格好で、素朴な顔立ちをしている。
「そんな喜ばれる人間じゃない」
照れもあり、守はちょっと無愛想になってしまう。
「いえいえ、ご謙遜を」
守の態度に兵士は笑顔を崩さず話し続ける。
「君は」
「清水二級兵であります」
守の問いに、清水は食い気味に自己紹介をした。
「清水君。護送ありがとう」
清水を含め、二十人余りの一個小隊で静岡支部まで護送してくれていた。
「何をおっしゃいますか。こうやってお話し出来るなんて夢みたいです」
「そう言われると痒くなるな」
「ははは」
渋い顔をしながらも照れ隠しする守に清水は笑顔になる。
「静岡は田畑がしっかりと手入れされているようだな」
恥ずかしくなってきた守は外を見ながら話題を逸らした。
「ええ。支部の警備兵は師団兵の方と違って戦地へ赴くことが少ないので、支援だけでもと」
さっきまでの笑顔ではなく、清水は少し暗い顔になる。
「戦闘だけが戦いではない」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「当たり前のことを言ったまでだ」
「その当たり前が嬉しいのです」
「そうか」
支部の警備兵が農作兵士と揶揄さえていることを思い出し、守は口を閉ざした。
《間もなく静岡支部周辺です》
ナビの機械音声が到着を知らせる。
「残念、大牟田隊長との会話は楽しかったのですが」
真剣な顔から清水は笑顔に戻った。
「すまんな。話すのが上手くなくて」
「いえいえ。お話しして頂けただけで光栄でした」
「明日、身体検査をして問題なければ早稲田以外は本部へ帰還する」
静岡支部のミーティングルームを借りて今後の予定を守は隊員達に説明していた。
「名古屋制圧へは参加しないのですか?」
神楽坂が質問する。
「京橋総司令から帰還命令が出ているからな」
「そうですか」
「九州遠征はしばらく延期ということですか?」
今度は神田が質問してきた。
「そうなるな。いつ再開するかは名古屋の抵抗がどれくらい長引くかにもよるだろうが」
名古屋支部はレジスタンスを取り込み、しぶとく抵抗をしているらしい。
「大阪や中国方面は大丈夫でしょうか?」
続けて神田が訊いてくる。
「今の所は大丈夫だろう。黒帝軍に反旗したら九竜軍に取り込まれる可能性があるからな」
そう、どの県も好きで黒帝軍に従ったいるわけではない。
下手に兵力を動かせば、どこに侵略されるかわかないからだ。
「それよりも元白虎軍(東北地方の連合軍)の方が心配ですね」
秋葉原が腕を組み話す。
「あっちは制圧して二年足らずだからな」
まだまだ黒帝軍への不満も高く、小さい反乱活動が多い地域だ。
「どこがどう動こうが、俺達は黒帝軍を勝利へ導くだけですよ」
珍しく冷めた台詞を渋谷が吐く。
「それもそうだな。では、これで解散」
守は渋谷に賛同し、そのままミーティグを終わらせた。
「全員異常がなくて良かったですね」
身体検査を無事クリアし、部隊全員で早稲田の病室へ来ていた。
「お前はゆっくり休んどけ」
内心は寂しいが、それを出さないように上野は笑っている。
「ああ、この機会にのんびりするよ」
早稲田も笑って返す。
「よくあの出血で生きてましたよね」
新橋が思い返して、信じられないという顔をした。
「お前の応急処置が良かったからだよ」
早稲田はバシバシと新橋の背中を叩く。
「痛いな。本当に怪我人ですか」
「ははは。鍛え方が違うからな」
『ははは』
守達は完全にリラックスして話していた。
《緊急警報、緊急警報》
突然、静岡支部にサイレンが鳴り響いた。
「何事でしょう」
秋葉原がいち早く反応する。
《レジスタンス軍をレーダーで感知、各自持ち場へつけ》
「我々はどうしますか?」
秋葉原が守に命令を求めた。
「秋葉原、新橋は装備を整えた後に早稲田を警護、他は俺と静岡支部の支援だ」
『了解』
「富士宮支部長、どういう状況ですか?」
装備を整え、守達は支部の司令室を訪れた。
「レジスタンスが襲撃してきたのだ。今まで支部を攻めてくることはなかったのに」
「我々も加勢します」
「大牟田君の部隊が助力してくれのは心強い」
「では、どちらに」
「北の正門の加勢と西側の壁を破壊して侵入してきた敵の制圧をお願いできるか?」
「わかりました」
状況を把握した守はスッと隊員達に体を向けた。
「俺、上野、神田は西の制圧。渋谷、神楽坂は正門を狙撃で加勢しろ」
「了解」
「神田、お前はアーミーで出撃しろ」
「わかりました」
「いいか、戦場で死ぬなよ」
「了解」
守の言葉で全員の気合いが高まる。
「よし、第三特務隊出撃」