Record No.053 館山決戦(2)
「神楽坂さん」
「向日一級兵、お疲れ様です」
向日に呼び止められた神楽坂は振り返り、背筋を正して敬礼した。
「お疲れ様。そんないちいち階級で呼ばなくていいわよ」
相変わらずの柔らかい物腰で向日は話してきた。
「特務隊に異動されたとは聞いていましたけど、零隊だったんですね」
「そうなの。あなたや大牟田隊長との戦闘を見た総司令から直接口説かれちゃったの」
「そうだったんですね」
「本当はあなたの方が欲しかったみたいだけど。大牟田隊長のお気に入りみたいだから」
「いや、単純に向日さんの方が優秀だったからだと思います」
「補佐官としてはそうかもしれないけど、一戦闘員としては負けるわ」
「はぁ……」
受け答えに戸惑った神楽坂は苦笑いを浮かべながら返事をした。
「それで大牟田隊長の具合はどうなの?」
「かなり衰弱していたので、さすがの隊長でも今度の作戦の参加は無理だと思います」
「そう。大牟田隊長がいないのは正直かなりの痛手ね」
「……」
向日の言葉に神楽坂は無言になってしまった。
「でも、あなたと第三特務隊がいれば大丈夫よね?」
神楽坂の気持ちを読み取った向日は笑顔で問い掛ける。
「ええ、私達に任せてください」
決意を誓うように神楽坂は精一杯の強がりを見せた。
「期待しているわね。じゃあ、作戦で」
「はい。失礼します」
「そういえば、おいしいところ持っていったよな神田」
第三特務隊に用意された部屋で、道具の手入れをしながら渋谷が言った。
「何ですかおいしいところって」
神田は面倒くさそうな顔で訊き返す。
「俺達がボロボロになりながら隊長を助けて、敵にやられそうなピンチだっていうときに現れたことだよ」
「それはわかっていますよ。それが何でおいしいになるんですか」
「だっておいしいでしょ。カッコいいでしょ。モテるでしょ」
リズム良く言葉を並べて渋谷は言った。
「あなたはそれしかないんですか」
いつの間にか部屋に入って来ていた神楽坂が呆れた顔で立っていた。
「だってカグちゃん、ズルいじゃん。こいつズルいじゃん」
「子供みたいなこと言っていないで準備してください」
「ちゃんとしているよ。俺は神田がちゃんと新しい装備を用意出来るかチャックしてあげてただけだよ」
「私には邪魔していただけにしか見えませんでしたけど」
「ひどいなカグちゃん。なあ神田、俺のおかげで見落とししなかっただろ?」
「そうですね。自分がちゃんとしないといけないと思わせてくれましたから」
「おい、秋葉原。皆が俺に冷たいよ」
「こっちに絡んでくるなバカ。お前達、準備が済んだら早く休めよ。明日の作戦はかなり激しいものになるからな」
秋葉原は渋谷を振り払いながら隊員達に指示をした。
『了解』
渋谷以外の隊員達は真剣な顔で返事をした。
「カグちゃん、怪我は大丈夫?」
「戦闘に支障をきたすものは治療してもらったので大丈夫です」
「隊長がいないからな。お前の役割は大きいぞ」
秋葉原はジッと見つめて神楽坂に言った。
「わかっています」
神楽坂も真っ直ぐ見つめ返して答えた。
「おい、カグちゃんをこき使うんじゃないよ」
子供のような駄々をこねながら渋谷が秋葉原に抗議する。
「うるさい、バカ。さ、準備、準備」
パンパンと手を叩いて秋葉原が再度隊員達に指示をした。
「渋谷さん、ガッドのシステムチャック終わらせますよ」
「おい、新橋まで冷たくしないで」
「知りません。早くしてください」
『ハハハハハ』
一瞬緊張が走ったが、渋谷のひょうきんさに皆に笑顔が戻った。
「特務隊はいつ館山にやってくる?」
永田は赤坂に訊いた。
「潜り込ませている者の話では明日には奇襲を仕掛けるつもりのようです」
「そうか。まさか街ひとつが罠で、私の真の目的が自分達の本拠地だとは思っていないだろう。ハハハハハハハハ」
報告を聞いた永田は愉快そうに豪快な笑顔を見せた。
「それで大牟田はどうなった?」
「容態は安定したようですが、館山の作戦には参加出来ないようです」
「さすがの黒雷様もあの環境には勝てなかったわけだ」
そう言うと、また愉快そうに永田は笑った。
「今は特務隊がそばにいますが、作戦が始まったら暗殺も容易かと思われます」
「戦場で最強の男も、眠っていては戦うことは出来ないだろうからな」
「小倉、黒帝軍の様子はどげんなっている?」
攻は上半身裸で巨大な木刀を振りながら訊いた。
「密偵の報告では明日早朝には館山へ攻め込むつもりのようです」
「そうか」
「何か気になることでも?」
攻の仏頂面を見て小倉は訊いた。
「天神の命令で永田の護衛をしろと言われて来たが、永田の姿が見当たらん」
「館山の支部長は急用で外に出ているとだけしか。すぐに戻ると言っていましたが」
「どうだろうな」
「逃げたと?」
「いや、そもそも館山には来ていなかったのだろう」
「では、天神は我らをなぜ寄越したのですか?」
小倉は攻が危険を犯す理由がわからなかった。
「黒帝軍もろとも邪魔な俺達を消そうという目論みだろう。ふんっ」
攻は素振りを続けながら答えた。
「そこまでわかっているなら、なぜここに?」
「策略にはまったフリをして適当な頃合で退却する。永田が実権を握れば、特務隊にも亀裂が入って黒帝軍を潰しやすくなる。天神との因縁はまだ先の楽しみにとっておけばいい。あとは久しぶりに奴とやり合える」
「はぁ。良かったです。理由が策略だけでは総司令らしくありませんから」
いつもの戦い好きの攻の様子に小倉は呆れつつも安心した。




