Record No.005 名古屋遠征(2)
「隊長、特に問題ありません」
ウォーターバイクを点検した神田と新橋が報告をする。
「では二人一組に分ける。早稲田と秋葉原、上野と渋谷、神楽坂と神田、俺と新橋。銃士が後部で追撃を阻止しろ」
「隊長が狙撃を?」
神楽坂は命令の内容が気になり確認した。
「カグちゃん、隊長は特級だよ」
「そうでした」
渋谷に言われ神楽坂は口を閉じる。
黒帝は、師団長などの幹部クラスの下に一級、二級、三級、訓練生の階級がある。
しかし、幹部と同格の権限を持つ特級を与えられている者がいた。
特級になるには、闘、銃、器士の全てで一級の実力を持ち、軍の選抜トーナメントで優勝することが必須だった。
「隊長は、銃士でも軍の記録保持者だからな」
秋葉原も情報を捕捉する。
「男ではな」
守は準備をしながら訂正した。
「よ、ナンバーワン」
渋谷がそう言って神楽坂をちゃかす。
「うるさい」
切迫した空気に、神楽坂は思わずタメ口で返す。
「武器の換装したらすぐに出発するぞ」
守が仕切り直して隊の気を引き締めた。
ズドーンと打ち抜かれ、追撃してきた敵が大木に衝突し大破する。
「敵消失」
神楽坂は静かに戦果を告げる。
「神楽坂、右に二機だ」
「了解」
神田の指示で、神楽坂は次々に敵を沈めていく。
「さすが」
渋谷は小気味いい口笛を吹きつつ、神楽坂の腕前を褒める。
「あなたも仕事してください」
上野は運転しながら、渋谷にツッコむ。
「任せときなさい」
渋谷は自分で索敵しつつ、正確に敵を狙撃していく。
「腕はいいのに」
上野は勿体ないと感じ、素直な感想を言った。
「無駄口叩いてないで仕事しろ」
そう注意してきた秋葉原は、淡々と敵を落としていく。
「へ~い」
渋谷は軽く流した感じで返事をした。
「緊張感というのがないのか」
「隊長の側で強くなれていますから」
守が呆れているのを新橋がフォローする。
「本当に頼もしいよ」
フッと微笑んだ守は、誰よりも正確で速い狙撃で敵を撃ち落とす。
「完璧超人だ」
新橋は誰にも聞こえないように呟く。
「おかしいな」
「隊長、何かありましたか?」
守の言葉に秋葉原が敏感に反応する。
「敵の攻撃が一定のリズムになっている」
守は、さっきから立ち代り入れ替わりで追撃されている気がした。
「持久戦狙いでしょうか?」
「わからんが、何か狙いがあるのは確かだろう」
「どうしますか?」
「仕方ない、ウォーターバイクを捨てていく」
守の命令で各々エンジンを止めて着地する。
「ここからはブーストで走って移動する」
全員が集合したのを確認して守は命令した。
「ブースト苦手なんだよな」
渋谷は駄々をこねる子供みたいな顔をしている。
「じゃあ、ここでお別れですね」
その様子を見た神楽坂が、冷たい視線と言葉を渋谷に向けた。
「そんなこと言わないでよカグちゃん」
「よし、じゃあ俺が先頭を行く。陣形はいつものやつだ」
守はいつものように流して次の命令を出す。
『了解』
「上野、新橋、交代だ」
洞窟の入り口で見張りをしている二人に秋葉原が声を掛ける。
「じゃ、お願いします」
「任せとけ」
早稲田が秋葉原に軽く敬礼をした上野に向けて言った。
「お前が言うと不安だ」
「うるさい。さっさと寝ろ」
「早く休め。夜が明けたらすぐに発つぞ。」
そんな二人に呆れつつ秋葉原が注意する。
「了解」
上野は早稲田とふざけ合うのを止め、先に行く新橋を追い掛けた。
「外はどうだった?」
上野達の足音に気付いた守が、外の様子を確認する。
「さすがにこの暗さではあきらめたようです」
守の問いに上野が返事をした。
「そうか、見張りご苦労さん。しっかり休め」
「はい」
新橋は二人のやり取りが終わったのを確認して、自分の寝袋に入った。
「隊長、起きていらっしゃいますか?」
起き上がらず、そのまま神楽坂は守に話し掛ける。
「どうした」
守は美桜が寝れないときのように、穏やかな声で返事をした。
「静岡まで辿り着けると思いますか?」
いつもと違い、神楽坂の声は微かに震えているように守は感じる。
「心配するな。俺がお前達を無事に連れて帰る」
「隊長」
守の声の力強さに神楽坂は安心した。
「ほら早く寝ろ」
「はい」
「く~朝は気持ち良いね」
渋谷が気持ちの良い朝日に背伸びをする。
「あなたはどこにいても変わりませんね」
冷静さを取り戻した神楽坂は、いつものドライ攻撃を繰り出す。
「それが取柄なもので」
「それだけですね」
「ほら行くぞ」
二人に秋葉原が先を促してくる。
「すみません」
渋谷を置いて神楽坂は走りだす。
「ちょっと~カグちゃん」
大袈裟に情けない声を出しつつ、渋谷も走り出した。
「敵の攻撃が止みましたね」
守のすぐ後ろを走る神田が警戒した声で話す。
「鳳来寺山付近で待ち伏せしている可能性があるな」
「そこで軍を展開していれば静岡までは手が回っていないと考えられますね」
「ああ。意地でも愛知からは出さないつもりだろう」
「どうして我々だけ孤立させたのでしょう?クーデターを起こすなら第三師団も名古屋で孤立させればよかったのでは?」
「九竜軍とは別に黒幕がいるのかもな」
「別にですか?」
「この遠征が我々を孤立させる罠だったのかもしれん」
「では、本部にも裏切り者がいるということですか」
「隊長、約一キロ先に一師団クラスの敵が展開しています」
ガットの偵察映像を見た新橋が知らせてきた。
「全員止まれ」
新橋の知らせを聞いて守は足を止める。
「一師団なら少なくとも千人はいますね」
殿を務めていた秋葉原も追いついてきた。
「どうしますか?」
「……」
秋葉原が訊いても守は迷っているのか、黙り込んでしまっている。
即決即行動の守が思案するのは珍しく、隊員達は少し不安になりつつ様子を伺う。
「神田、アーミー(特殊装備戦車)は操縦出来るな?」
「ええ。訓練はしています」
「敵から奪還して正面を突っ切る」
「確かにアーミーなら。ですが、警備は厳重ですよ」
「俺が陽動を仕掛けている間に潜入しろ」
「隊長お一人でですか?」
心配した神楽坂が質問する。
「陽動は奇抜なほどかく乱できるもんだ」
守はガシガシと、神楽坂の頭を荒っぽく頭を撫でた。
「ご武運を」
神楽坂は頬を赤く染め、一言だけ口にする。
「ああ。俺は戦場では死なない」
「こんな山まで来る必要あるのかね」
「さあな。師団長の命令だから仕方ないだろ」
山の麓に陣を敷いた名古屋師団の見張りが、油断して会話していた。
「う?おい誰か来るぞ」
兵士がゆっくり歩いてくる男に気付く。
「誰かって、馬鹿、あれは大牟田じゅないか」
もう一人が慌てて敵襲を知らせるブザーを鳴らした。
「よし、突入だ」
ブザーを聞いた秋葉原が号令を掛ける。
「敵は一人だ。囲んで確実に仕留めろ」
小隊長が兵士たちに激を飛ばす。
「速すぎて捉えられません」
守はブレードのスピードを、いつもの平速の上である高速に上げていた。
「あれが黒雷の異名を持つ男か」
小隊長は苦々しい顔で守の通り名を口にする。
「攻撃しつつ距離を取れ」
兵士達は銃での集中砲火を継続しつつ、後ろに下がっていく。
「ひゃあああ」
銃弾を避けて敵軍へ駆ける守の残像を見て、兵士が絶叫する。
「ぐ、化物め」
時間にして一秒にも満たない速さで敵は斬り倒された。
「休ませるな。黒雷だろうが人間だ」
続々と増援が駆けつけ、守に襲い掛かる。
「まだまだーーー」
守は怯むどころか、楽しむように敵に向かって駆け出した。
「敵は黒雷だ。千の兵を相手にしているつもりでかかれ」
指揮官の声が戦場に響く。
「やっぱり隊長は化物だな」
上野がニヘヘと笑う。
「あの人の側なら戦場でも笑っていられるよ」
早稲田も笑い返す。
「隊長のおかげで格納庫は手薄になっている。さっさと片付けるぞ」
秋葉原が隊員達の気を引き締める。
『了解』
「ゴーーー」
隊員達は秋葉原の号令と同時に格納庫へ突入した。
「敵だ」
格納庫を警備していた兵士が秋葉原達に気付き銃を向ける。
「遅いよ」
銃口が向く寸前で渋谷が敵を撃ち抜いた。
「神田、新橋、今の内にアーミーを奪還しろ」
『了解』
神田達は銃撃戦の間を掻い潜りアーミーに乗り込んだ。
「アーミーが動きだしたぞ」
「退却だ」
突然動きだしたアーミーを見て敵兵達は逃げていく。
「神田、新橋はアーミーで先行。他はアーミーを壁にしつつ援護だ。いいか、隊長を死なせるな」
『了解』
秋葉原の命令に全員が気合いの入った声で返した。