Record No.035 ギルド防衛戦(1)
「三日後にギルドの大阪支部へ転送する許可が下りた」
薬院が支部長室の椅子に座った態勢で守に言った。
「わかった。恩に着る」
軽く頭を下げて守は薬院に背を向ける。
「妙な噂を耳にした」
「噂?」
薬院の言葉に守は足を止めた。
「黒帝軍のお偉いさんがお前を消したがっているとな」
薬院は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そうか」
「やっぱり知っていたか」
「確証はないが、伊達に軍人として生きてきたわけじゃない」
「なら言うことは無い。せいぜい気をつけろ」
「ああ」
「三日後にここを発つ。まずはギルドの大阪支部へ行き、そこから神戸支部へ行く」
部屋に戻った守は隊員達に予定を伝えていた。
「いきなり拘束ってことはないですよね?」
新橋が不安げに守に訊いた。
「摂津管理官なら心配ないだろう。淡路に合流は難しいかもしれないが、弁明の機会は得られるさ」
守は新橋や他の隊員達を安心させようと穏やかな口調で言った。
「私もそう思います。心配なのは東京に戻った後ですね」
秋葉原は守に賛同し、言葉を続けた。
「総司令官に連絡が取れれば」
新橋が溜息混じりに不安を吐き出す。
「あの人なら上手くやってくれているはずさ」
新橋の肩に手を置き、そう口にする守の顔は京橋への信頼を感じさせた。
「隊長がそう言うなら心配ないか」
上野は言いながら笑った。
「だから、心配せず出発まで訓練するぞ」
パンッと手を叩き、守は隊員達に促した。
「出発まで休養という選択肢は?」
渋谷がウィンクしながら守に問い掛ける。
「ない」
一刀両断という感じで守は渋谷に答えた。
「そうですよね~」
『ははははは』
いつものお気楽ムードに全員が笑った。
「世話になった」
守は見送りに来た薬院に握手を求めた。
「気にするな」
ぶっきらぼうな態度で薬院は応える。
「隊長、準備完了しました」
秋葉原がタイミングを見て守に報告した。
「わかった」
「ちょっと待て」
出発しようとした守を薬院が呼び止める。
「何だ?」
足を止め、守は薬院を見た。
「お前達に渡すものがある」
薬院の言葉を聞き、ギルドの職員達が黒のアタッシュケースを守達に差し出す。
「これは?」
受け取りながら守は薬院に訊いた。
「研究に付き合ってもらった礼だ」
「あなた方の特性に合わせた武器や強化パーツです」
そっと八女が説明を補足する。
「強化パーツ?」
上野が綺麗なクエスチョンマークを頭に浮かばせた。
「神楽坂様以外は武器の性能を向上させるものです。詳しくはデータを見て頂ければと」
八女は上野に丁寧に答える。
「私のは……別に普通の銃に見えますけど」
中を確認した神楽坂は八女を見ながら言った。
「基本はそうですが、あなたの多彩な攻撃スタイルに合わせて……」
【緊急】
【緊急】
【緊急】
八女が神楽坂に説明しようとした瞬間、ギルドにサイレンと機械の緊急コールが響いた。
「何事だ」
通信でセキュリティルームの部下に薬院が怒鳴る。
《ギルドの管理区域に侵入者です》
「どこの軍だ」
《識別信号がどこの軍とも一致しません》
「ならレジスタンスか」
《いえ、武装を見る限り違います》
「なら、誰がギルドを襲うと言うんだ」
苛立った薬院はギュッと拳を握りしめた。
「恐らく俺達をギルドごと潰す為に用意したんだろう」
何かを悟ったように守が薬院に言った。
「例のお偉いさんの差し金か?」
「そういうことだ」
「わざわざ識別不明の軍勢まで用意してか」
「裏金で創った私設の武装集団があると聞いたことがある」
「面倒な奴に目をつけられたもんだね、あんた」
「すまない。俺達でカタをつける」
「馬鹿言ってんじゃないよ」
守の肩をグッと掴んで薬院が言った。
「ギルドは中立だが、腰抜けじゃない」
「だが、戦闘すればタダじゃすまないぞ」
「相手は正体不明だ。いくらでも屁理屈で通せる。いや、通す」
「さっきまでの緊張感はどこにいった?」
おかしなテンションになっている薬院に守は呆れて言った。
「浅草司令、まもなくギルドの小倉支部が射程距離に入ります」
灰色の戦闘服を着た兵士が外国人のような体格でマッチョな男に報告した。
「おう」
浅草はワイルドに肉の塊を貪りながら返事をした。
「お前ら、暗闇で生き残りたいなら結果を出せ」
『うぉーーーーー』
浅草の檄に不気味な殺気を放つ兵士達が低く地鳴りのような雄叫びを上げる。
「あの方が望むのは大牟田守の首だ。命を捨ててでも獲って来い」
『うぉーーーーー』
兵士達が背筋に冷たさを感じさせる唸り声を上げた。
「ギルドと一緒に戦うことになるとはね」
武器を点検しながら渋谷が呟く。
守達はギルドの正門前で敵を待ち構えていた。
「どんどん黒帝軍から遠くなっている気がします」
新橋はガッドのシステムをチェックしながら言った。
「ぶつぶつ言っていても仕方ないでしょ」
冷静な口調で神楽坂が言い放つ。
「そうは言ってもね、カグちゃん」
「私が何があろうと、隊長と共に戦うだけです」
「あっぱれだよ、カグちゃん」
神楽坂の武士のような物言いに渋谷は思わず感心する。
「お前ら、ギルドからの道具はちゃんと使えるんだろうな」
緊張感のあるようなないような隊員達に秋葉原が釘を刺す。
「確認済みです」
神楽坂が動じる様子もなく答えた。
「だいじょ~ぶで~す」
渋谷もぶれず軽い口調で返事をする。
「真面目な話、ギルドの技術力は恐ろしいですね」
全員のシステムをチェックした神田が言った。
「そうですね。一ヶ月程度でここまでの物を作るなんて」
新橋も神田に同意した。
「それが十五年の間中立を保ってきた所以だろう」
バラバラに出される意見をまとめるように守が言った。
《大牟田、まもなく敵さんが来るぞ》
薬院から通信が入り、全員に緊張が走る。
「わかった」
《さっき言った通り、一時間稼いでくれ》
「逆にあちらさんが一時間も堪えられないかもね」
渋谷が二人の会話に入ってくる。
《ああ期待しているよ》
薬院は感情の篭っていない声で言った。
「絶対に生きて東京に帰るぞ」
『了解』
守の号令に、スッと全員が真剣モードに切り替えて返事をした。
 




