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戦国都道府県  作者: 傘音 ツヅル
第一部〜始まりの英雄 黒雷編〜
34/55

Record No.034 超速の壁(4)

「脇が甘い」


 守は言葉と同時に、神楽坂の左脇を訓練用の模擬刀で叩いた。


「ぐっ……はい」


 神楽坂は思わず出る声を必死に抑えて返事をする。


「予測し、誘導しろ。相手の動きを読むんじゃない。相手を動かせ」

「はいっ」


 守の熱が篭った指導に神楽坂も気合いの入った声で返す。


 ここ数日、守は神楽坂に付きっきりで組み手訓練をしていた。


「何か二人とも楽しそうなのは気のせいですかね」


 モニターで訓練を見ながら上野がニヤニヤした顔で渋谷に言った。


「うるさいよ」


 ちょっと機嫌悪い感じで渋谷が上野の頭を小突く。


「それはそうだろう。隊長は弟子みたいな神楽坂の成長が嬉しいだろうし、神楽坂は憧れの隊長にこんな付きっきりで訓練してもらえるんだからな」


 腕組みをした秋葉原もニヤニヤした顔で言った。


「お前もうるさいよ」


 子供みたいに不貞腐れて渋谷は部屋を出て行った。


「あ~あ、すねちゃった。二人とも意地悪いなぁ」


 そう言いながら、新橋も笑っていた。


「それで、神楽坂の動きはどうなんだ?」


 真剣な顔つきになり、秋葉原が新橋に訊く。


「データ上は隊長の動きにも対応出来ていますし、ブースト(高速状態での)の最高速度や耐久時間も向上しています」


「そうか」


 秋葉原は顎に右手を当て、何かを考え込む。


「何か気になることでもあるんですか?」


 そんな秋葉原を見て、新橋が訊いた。


「早く成長はして欲しいが、焦らないか心配でな」

「あいつは自分に厳しいですからね」


 秋葉原と新橋は少し心配な眼差しを神楽坂に向けながら言った。


「これから超速のトレーニングをやる」

「超速ですか?」


 今まで高速までしか解除を許されていなかったので、神楽坂は思わず訊きなおす。


「そうだ。俺がいいと言うまで解除するな」

「いや、でも」

「自信がないなら、やめるか?」

「いえ、やります」


 守の挑発的な言葉に、ついカッとなって神楽坂は答える。


「よし、まずは高速の状態で組み手をやるぞ」


 軽く口元に笑みを含みながら守は言った。


「はい」


 神楽坂は認められたことと挑戦できる喜びで、嬉しさを隠し切れない顔で返事をした。




「そろそろいいか」


 ある程度ブーストに体が慣れてきたところで、守は組み手を中断した。


「大丈夫です」


 神楽坂は念入りに体の具合を確認して答えた。


「じゃあ、いくぞ」


 守は間合いを遠めに取り直して構える。


「いつでもいけます」


 神楽坂もスッと構えた。


「はっ」


 短く掛け声を出し、小声でブーストを起動させた守は音も無く姿を消す。


「しゃっ」


 ほぼ同時にブーストを起動させた神楽坂は後ろを振り向き蹴りを繰り出した。


 シュッという風切り音を鳴らす蹴りが、守の顔面すれすれを通り過ぎる。


「まだまだ」


 すぐさま守が、連続で神楽坂へと蹴りを出す。


「くっ」


 腕をクロスさせ防御したが、神楽坂はかなりの距離を飛ばされてしまうが、空中で後ろ回転しながら着地し態勢を整え直した。


「しゅっ、しゅっ、しゅっ」


 さらに追い討ちをかけるように守が右、左、ボディとパンチを神楽坂に浴びせる。


 神楽坂は全てギリギリでかわし、少し屈んだ隙を衝いて右肘で守の首を狙った。


「甘い」


 見透かしていたように守はさらに屈んで攻撃をかわす。


「がはっ」


 振り向き様に放った守のボディブローが神楽坂の腹部に決まった。


「休憩だ」


 半ば気絶している神楽坂に言って守は部屋を出て行く。


「カグちゃん」


 入り口近くで見ていた渋谷が、守の横を通り過ぎて神楽坂へと駆け寄る。


「カグちゃんつかまって」

「大丈夫です」

「つべこべ言わずつかまれ」


 強がる神楽坂を強引に背中に抱えて、渋谷は救護室に向かった。




「うっ……」

「カグちゃん、まだ寝てて」

「私……」

「横になったらすぐに気を失ったんだよ」


 神楽坂は救護室のベッドに横になっていて、渋谷はパイプ椅子に座っていた。


「もう行かないと」

「ダメだって」


 起き上がろうとする神楽坂を渋谷はベッドに押し戻す。


「時間を無駄にしたくないんです」


 神楽坂は渋谷の両手をどけてベッドを出て立ち上がった。


「体を壊したらどうするんだよ」


 渋谷がいつもと違う真剣な顔で立ち塞がる。


「戦場ではそんな理由は通用しません」


 神楽坂も強い眼差しで渋谷に詰め寄る。


「わかったよ。でも、無理と思ったら何が何でも俺は止めるから」

「はい」




「もういいのか?」


 戻って来た神楽坂に気付いた守は、刀での素振りを止めて訊いた。


「大丈夫です。お待たせてしてすみません」


 肩の力を抜き、静かに神楽坂は構えた。


「わかった」


 さっきとは違う静かな殺気を纏う神楽坂を見て、守は目を閉じて集中力を高める。


「てりゃっ」


 守が目を開けた瞬間、神楽坂が勢いよく飛び掛った。


 余裕でかわしたかと思ったが、守の右頬に神楽坂の拳が掠る。


「ふっ」


 どこか嬉しそうに守は二ヤッとし、神楽坂の背中に蹴りを喰らわせた。


「せりゃっ」


 素早く寝転がりながら態勢を整えた神楽坂は、すぐさま右足で前蹴りを出す。


 追い討ちをかけようとしていた守はもろに蹴りを喰らってしまった。


「ぐっ」


 さすがの守も顔をしかめる。


「おっ、マジで?」


 訓練とはいえ、守がまともに攻撃を喰らう姿に上野は驚きで椅子から立ち上がった。


「超速をものにし始めたな」


 秋葉原は冷静な口調で言った。


「そうだ、その感覚を忘れるな」


 あっという間に平然とした顔になり、守は途切れることなく攻撃を続けた。


「……」


 神楽坂は今までに無いくらい落ち着いた動きで守の攻撃を捌いていく。


「いけ、カグちゃん」


 渋谷は拳を握りしめながら二人の戦いを見つめる。


「これならどうだ」


 スピードを上げつつ、守は攻撃のコンビネーションを複雑にしていく。


「くっ」


 顔をしかめたものの、神楽坂は守の動きに反応する。


『はぁーーー』


 どんどん二人は速度を上げていく。


「もうガッドでも動きを捉えられません」


 呆然と見つめる新橋の視線の先では、雷光のような輝きを放つ二人がぶつかり合っていた。

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