Record No.032 超速の壁(2)
「では、始めます」
細身の小柄で、白衣を着た管理職らしい中年男性が立体モニターを操作しながら説明を始めた。
中年男性のネームプレートには八女という名前が書かれている。
「・・・・・・」
薬院は何も言わず、真顔で八女を見ていた。
「ご存知かと思いますが、黒帝軍を始め現在の軍隊は、自衛隊が使用していた機器を改造し、戦闘を行なっています」
八女は一呼吸し、話を再開する。
「また、特殊加工した素材の軍服により、身体の保護をしつつ、長時間の活動を可能にしています」
「具体的なデータは?」
少し苛立った顔で薬院が訊く。
「は、はい。えー、特務隊には入隊条件があるのですが」
緊張のせいで、言葉をつまらせながら八女は話す。
我慢がきかなくなった薬院は、シルバーのテーブルを怒鳴りながら右拳で叩いた。
「は、はい。ナノマシンを体内に注入することで、脳を解放し、肉体を強化することが可能になっています」
さらに体をビクつかせながら八女は答える。
「それで?」
険しい顔つきのまま、薬院は先を促した。
「これまでの実戦テストで採取した彼らのDNAから解析はしているのですが・・・・・・」
「ナノマシンの開発は出来ていないわけか」
「サンプル(献体)があれば、かなり研究は進むのですが。申し訳ございません」
「わかった。その件は、私が何とかする」
「それで、体術の方なんですが」
薬院の様子を伺いながら八女が話し出した。
「どうだった?」
「武術の心得がある者達に映像を見せた所、常人ではまず無理ということです」
「特務隊独自の体術。それを体得出来てこそ入隊が認められる。選ばれし者の技というやつか」
「アンドロイドに動きを真似させたのですが、結果はあの様でして」
「まあ良い。可能な限りデータを収集しろ」
「かしこまりました」
「隊長は?」
シャワー上がりで、頭にバスタオルをかぶった渋谷が神田に訊いた。
「訓練しています」
グラナのシステムチェックをしながら、神田が返事をする。
「一人で?」
「いえ、神楽坂と」
「また?ここに来て毎日だよな」
そう言い、渋谷はベッドに腰掛けた。
「神楽坂には上の段階に上がってもらわないと、この先厳しいからな」
装備の点検をしていた秋葉原が答える。
「俺は反対だね」
「隊長だって同じさ。だが、この数ヶ月でそうも言ってられなくなったからな」
「それでも反対だね」
渋谷は頭ではわかっていたが、もどかしい苛立ちを隠せないでいた。
「違う、こう体を回転するときにだな」
守は言葉で説明しながら、自分が動いて神楽坂に手本を見せていた。
「はい」
髪か汗でべっしょりと濡れ、ヘトヘトになりながらも、毅然と神楽坂は返事をする。
「少し休むか」
「まだやれます」
「俺が休みたいんだよ」
青いベンチに腰を落とした守は、ポンっとタオルを神楽坂に向けて投げた。
「わかりました」
正直キツかったので、神楽坂は素直に守の隣に座った。
「神楽坂」
「はい」
「どうして黒帝軍に入った?」
何となく察しはついていたので、守は敢えて理由を訊くことはしていなかった。
「兄から聞いていたと思いますが、私の父はあの隕石落下の際、アメリカ出張へ行っていて亡くなりました」
「ああ。聞いている」
「高校を卒業して、兄は訓練生として黒帝軍へ入隊しました」
守は何も言わず、神楽坂の言葉を待つ。
「入隊して数年経ち、隊長の部隊へ配属された兄はとても嬉しそうでした」
守が最年少で特務隊の隊長になったとき、秋葉原や渋谷と一緒に配属されたのだった。
「そんな兄が命を懸けて共に戦った人が、どんな人なのか気になったんです」
「そうか」
「でも、今は自分の意志で戦っています」
神楽坂はギュッと握りしめた右拳を見つめて言った。
「俺は前にも言ったが、家族の為に入隊した。その気持ちは今も変わらない。だから、早く戦争を終わらせようと戦っている。一人の人間がやれることなんてたかが知れているがな」
「天神様、小倉のギルドにいる黒帝軍はいかがなさいますか?」
がっしりとした体型の男が、手を後ろに組んだ体勢で訊いた。
「ああ、大牟田の弟か」
細身で色白の男が、高級ステーキ(稀少品)を優雅な手つきで食べながら返事をする。
「はい。あと、黒帝の永田が何か企てているようでして」
「ギルドを助ける義理もないが、黒帝の好き勝手させるわけにもいくまい」
「では、適当な部隊を手配します」
「いや、小倉を行かせろ」
「副司令をですか?総司令が許可すると思えませんが」
「竜長命令だと言えば逆らえまい」
「かしこまりました」
「フフフ。幼馴染が殺し合う。柳川、面白くなりそうだな。しっかりと映像を記録しておくよう伝えておけ」
「ハッ。仰せのままに」
そう言って笑う天神に、柳川は返事をしながら軽蔑の視線を向けた。




