Record No.003 近未来戦国(3)
「五年前に平定した中国地方の視察、各地の内乱鎮圧、九州侵攻が今回の遠征任務でございます」
秘書の定番という容姿の女が、若手政治家という感じの男に説明しながら報告書を手渡す。
男はパラパラっと中身を確認すると、高そうなテーブルへ雑に報告書を放り投げた。
「まったく、九州人というのはしぶといものだ」
黒革の椅子の肘掛に肘をつき男は溜息を漏らす。
「永田先生、そろそろ軍へ出向かれるお時間です」
「もうそんな時間か」
秘書に促され永田はゆっくりと立ち上がった。
「赤坂君、議会への手回しはちゃんと頼むよ」
「心得ております」
永田の横柄な態度にも赤坂は従順な姿勢で返す。
「ならいいが」
フンと鼻息をさせながら永田は歩き出した。
「永田君、おはよう」
永田が部屋から出ると、ちょうど出くわした男に挨拶された。
「黒帝閣下、おはようございます」
赤坂に対する態度とは打って変わって、永田は深く頭を下げる。
「今日は軍の方かい?」
全身の贅肉をタプタプと揺らしながら黒帝が話す。
「はい。遠征へ出発する第三師団に激励をしに参ります」
永田は体格の良い体をピンと伸ばして答える。
「君は軍出身だったな」
「はい。退役したのはもう十年前ですが」
「まだまだ現役でいけるだろう」
はははと笑いながら、黒帝は永田の肩を叩いた。
「いえいえ、私は戦場には不向きだったので」
(このクソじじい。あんな命懸けの場所なんか二度と行くか)
永田は愛想笑いをしながら心内で悪態をつく。
「では頑張りたまえ」
最後までバカうるさい声で笑い、黒帝は去って行った。
十五年前の黒帝軍設立時、国民党の代表が王の地位につき、それから四年毎に選挙で国民党の代表になった者が黒帝として実権を握った。
ちなみに今の黒帝は、二期連続で当選している。
「せいぜい今の地位を楽しんどけ。すぐに黒帝は私の物だ」
永田は汚いものを払いのけるようにスーツを正した。
「守、久しぶりだな」
会議室に入ろうとしたときに、ガテン系の親方みたいな男が、守の背中をバーンと叩きながら声を掛けてきた。
「痛っ、何するんですか」
守はしかめ面で文句を言う。
「美桜ちゃんは元気か?」
京橋は守の言葉を無視して話を続けた。
「おかげさまで元気です」
「日向ちゃんは相変わらず綺麗か?」
「ええ綺麗ですよ」
京橋のマイペースさに呆れつつ返事をする。
「お前みたいな朴念仁に何でかな~」
「もうミーティング始まりますよ」
守は京橋を置いて歩き出す。
「大学の頃から変わらんな」
「先輩もですね」
京橋は守の三つ上の大学の先輩で、兄の攻とは剣道の全国で幾度となく雌雄を決した強者だ。
こんな感じだが、守の部隊が所属する黒帝軍最強の特務隊総司令というエリートでもある。
「京橋、大牟田に迷惑掛けてないで席につけ」
眼鏡をかけた長身の男が京橋に注意する。
「誰が迷惑を掛けていると言うんだ表参道」
「貴様だ」
表参道は容赦なく京橋を叱る。
「師団長、お時間です」
隣に立つ側近が、表参道に小声で耳打ちした。
「そうだな」
表参道は肉体派ではないが、京橋と同期で最年少で師団長になった切れ者だ。
「今回は関東から我々第三師団に第三特務隊(守の部隊)を加えた軍が参加する。任務内容は名古屋支部で第四師団と合流し反乱を鎮圧。その後、九州遠征となる」
「ま~た反乱が増えてきたな」
京橋が溜息雑じりに呟く。
「九竜軍(九州地方連合軍の通称)がスパイを送りこんで援助しているという情報が入っています」
第三師団参謀の三越が、会話に入ってくる。
「九竜軍……」
守はボソッとひとり言を口にした。
「大牟田、何か知っているのではないか?」
三越が鋭く守を睨む。
昔から同期である守を三越は敵対視していた。
「どういう意味だ?」
守より先に、京橋が問い返す。
「いえ、地元にツテがないか確認したかっただけですよ」
「そんなものがあれば隠さず言う奴だ」
「一応です、一応」
京橋は噴火した山のように真っ赤になっていたが、三越は余裕の笑みを浮かべていた。
「京橋、冷静に話せ。三越、余計な物言いはするな」
「申し訳ありません」
さすがの三越も表参道に叱責されバツが悪い顔になる。
「ふん」
京橋はまだ何か言いたげだが、黙って腕組みをした。
「では、具体的な編成だが……」
表参道は仕切り直して会議を再開した。
「あんな奴の言葉なんぞ気にするなよ」
会議が終わって廊下を歩いていたら、京橋が守に話し掛けてきた。
「自分は別に気にしてませんよ。入隊してから何度も言われていますから」
守の実家は、福岡県大牟田市という熊本との県境にある田舎だった。
そんなこともあり、軍の中で内通を疑う者も少なからずいた。
「お前が攻と、どんな想いで刀を交えたか知らんくせに」
「僕たちだけじゃないですよ」
地方同士の戦争が始まって、守と同じく、家族や地元の友人などと争う人間は珍しくなかった。
「アホ黒帝のせいだ」
「ちょっと先輩」
辺りかまわず暴言を吐く京橋の口を守は慌てて塞ぐ。
「う、ふー、ぷはっ。バカ、苦しいだろ」
京橋は力いっぱいに開いた腕で守を振り払った。
「誰が聞いているか分からないんですよ」
「知ったことか」
京橋の真っ直ぐな性格は好きだが、言動には悩まされることが多い。
「しかし、五年前の大戦で中国地方に援軍を出したきり動きはなかったのにな」
京橋はスッと真顔になって話し出した。
「どうも代表交代がキッカケらしいです」
「頭が変わったのか?」
「ずっと代表を務めていた中州はあくまで九州を侵略させないことを第一にしていましたが、今の天神という男は天下統一すると宣言しているそうです」
「天下統一だ?大昔の戦国大名かよ」
京橋は呆れた顔をしている。
「天神に感化された若者が増えているらしく、それもあって動きが活発になりだしたのかと」
「今回の遠征は骨が折れそうだな」
京橋はやれやれという感じで肩を回す。
「そうですね」
「諸君、真の平和を勝ち取る為に尽力してくれていることに感謝する。無事の帰還を願う」
永田は内心とは真逆の迫真の演技で第三師団の面々に言葉を送っていた。
「そんなこと微塵も思っとらんくせに」
「先輩うるさいですよ」
また余計なことを口にする京橋に顔を動かさず守は注意する。
「事実だ事実」
「では、諸君の健闘を祈る」
京橋がブツブツ言っているのを注意していたら永田の挨拶が終わりを迎えていた。
「永田議員、ありがとうございました」
進行をしていた三越が大袈裟に拍手をする。
永田は満面の作り笑いで手を振りながら壇上を降りた。
「お、京橋じゃないか」
入り口脇に並んでいた京橋に気付いた永田が、声を掛けてきた。
「わざわざお出向きご苦労様です」
京橋は仏頂面で挨拶をする。
「お前は変わらないな」
「先輩は立派になられて」
「まあな」
京橋の隣にいる守にはバチバチと稲妻が走る様が見える気がした。
「大牟田、いつまでもこいつの側にいたら命がいくつあっても足りないぞ」
「ご心配ありがとうございます。自分の命だけは何とかしますから」
「ははは。お前も変わらないな」
ポン、ポンと守の肩を軽く叩いて永田は去って行った。
「あいつは大嫌いだ」
京橋は子供みたいなことを口にする。
「本当にいい歳して」
守は軽く溜息をつきながら呆れた。
「嫌いなものを嫌いと言って何が悪い」
「言葉にしないでください」
守は言っても無駄だと思いつつ、一応釘を刺しておく。
「では、予定通り出立する。解散」
三越の号令で一斉に兵士たちが動き出す。
「じゃあ、名古屋で」
守は軽く会釈して京橋の側から離れた。
「おう」
「予定が変更になった。我々は名古屋に着き次第、栄に向かう」
守は隊員達の前に立ち、任務内容を説明していた。
「栄ですか?」
「小規模のレジスタンスが決起したらしい。先行した第四師団の分隊に合流する。俺達はあくまで、第四師団と合流した本隊が到着するまでの時間稼ぎだ」
「別に本隊が来なくてもやれますけどね」
渋谷はいつもの調子で言った。
「皆、渋谷が捕まっても助けるなよ」
「隊長、ひどくないですか」
「お前は一度痛い目を見ろ」
『ははは』
二人のやり取りに一同は笑う。
「攻撃の陣形はどうするんですか?」
一人笑っていなかった神楽坂が、守に質問した。
「いつもの陣形でいく。俺と渋谷と神田の班、それ以外が秋葉原と共に後方支援だ」
「またですか」
神楽坂はあからさまに不満げな顔をしていた。
「よし、他にないな」
守は、神楽坂の言葉を聞き流して話を進める。
「では、光速道に入る」
燃料の資源が採取出来なくなった日本人は、離れた場所をつなぐ光速道というワープゲートを開発した。
「これ苦手なんだよな」
いつも元気な上野が珍しく渋い顔になる。
「何が?」
早稲田は単純に疑問を感じ訊いた。
「あれ(光の粒子に変換される瞬間)気持ち悪いんだよ」
「俺は、逆にスーッと気持ちよくなるけどな」
いつも気が合う二人だが、お互いに不思議な顔をしている。
「ほら、さっさと行くぞ」
ぐずぐずしている二人を秋葉原が急かす。
『うぃっす』
今度は息ぴったりに返事をして二人は列に戻った。
「黒帝軍特務部隊所属、大牟田特級兵以下七名。これより九州遠征任務へ出発する」
守は光速道の前に立つ表参道に形式の挨拶をする。
「我々もすぐに向かう。何とか凌いでくれ」
表参道は敬礼をしながら激励の言葉を送った。
「大牟田特級兵、光速道入ります」
「秋葉原一級兵、光速道入ります」
「渋谷一級兵……」
「上野……」
「神田……」
守に続いて隊員達も光速道へ入っていった。