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戦国都道府県  作者: 傘音 ツヅル
第一部〜始まりの英雄 黒雷編〜
2/55

Record No.002 近未来戦国(2)

「皆、お疲れ様」


 秋葉原が飲み会の音頭ををとった。


『カンパ~イ』


 男達の野太い声が交わされる。


 海水を特殊加工することによってアルコール(ビールに近い酒)やジュース等、市民の不満を軽減するものは作成されていた。


「だけどさ、隊長は化物だよな」


 上野がグラス片手に早稲田に言う。


「ブーストであの動きは無理だろ」


 早稲田はありえないという顔で首を振った。


 上野と早稲田は闘士で、守より身長は高いがさしの勝負で勝ったことはない。


「入隊試験での記録は未だに抜かれていないらしいよ」


 渋谷がグラスを見つめながら話す。


 渋谷は中肉中背で容姿が良く、軍トップクラスの狙撃の腕を持つ銃士だ。


「愛しのカグちゃんは誘わなかったんですか?」


 神田が茶化して訊いて来た。


 神田は上野たちと同期の機士(機士の割にマッチョ)で、安定した仕事ぶりに守の信頼は厚い。


「本日もバッサリ斬られたよ」


頬を肩肘に乗せ、渋谷は息を吐いた。


「あいつは攻略困難だと思いますけど」


 神楽坂と同期の新橋は呟く。


 新橋は神楽坂より少し大きいぐらいの小柄な体格な機士で、神田のサポートを任されている。


「学生の頃から変わらないのか?」


 上野が質問する。


「いや、お兄さんが五年前の大戦で亡くなる前は違ったんですけど」


「俺と同期で優秀な男だったよ。後にも先にも隊長に息を合わせられたのはあいつだけだったな」


 懐かしむ顔をしながら秋葉原が思い出す。


「兄弟揃って天才なんですね」


 新橋が感心する。


「黒炎の陣をやっていたのも、そのときなんですよね?」


 上野が秋葉原に訊く。


 当時を知る渋谷以外は興味津々で前のめりになる。


「ああ。だが、大戦の際に失敗してからは隊長は作戦を封じてしまった」


 秋葉原は昔を思い出し、少し暗い表情になった。


「神楽坂は訓練生の頃から隊に入れたらやりたいって言っていました」


 新橋は神楽坂の想いを代弁する。


「隊長も俺も知っている。直接言わなくても、あいつが直談判するときの顔に書いてあるからな」


「何か想像出来る」


 上野がおちゃらけた笑顔で言う。


「こうやって目をつりあげてな」


 それに乗っかって早稲田が神楽坂の顔まねをする。


「ははは。似てる」


 それを見て神田が腹を抱えて笑う。


「そんな顔しているの見られたら殴られますね」


 新橋がおっかないという感じで肩を縮こませる。


『ははは』


 一同が納得して、また大笑いした。


「あなた、お酒飲む?」


 日向ひなたが料理をしながら守に訊く。


 遠征前に守は自宅に戻っていた。


「ああ、もらうよ」


 膝に乗せた美桜と遊びながら守は返事をする。


「こら美桜みお、パパは疲れているんだからね」

「だって、パパに会えるの久しぶりなんだもん」


 日向に注意され美桜は頬っぺたを膨らませた。

 その天使のような我が子に、守はデレっとしてしまう。


「俺は大丈夫だよ」

「だって」


 守の言葉を聞き、美桜が日向に勝ち誇った顔をする。


「何だとこのっ」


 生意気な娘の脇腹をコチョコチョしてお仕置きをした。


「きゃはははっ」


 美桜の笑い声が部屋に響く。


「ははは」


 そんな母娘を見て守は微笑んだ。


 境界警備、訓練、武力弾圧作戦、様々な軍の活動で自宅に戻ることはあまりないので、こういう家族団欒が守にとってはかけがえのない時間だった。


「今度は長いの?」

「ああ。九州への偵察任務と内乱を治めつつ、下関までの拠点をいくつか回るからな」

「気をつけてね」


 日向は守を優しく抱きしめる。


「ママ痛いよ」


 間に挟まれた美桜が窮屈な状況に文句を言う。




「あんた元気なの?」

「私は元気よ。母さんこそ大丈夫?」


 寮の自室で神楽坂は空中に映し出されたモニターに向かっていた。


「ならいいけど」


 そうは言っても、神楽坂の母は心配そうだ。


「明日から遠征だから切るわよ」

「ちょっと待ちなさい。話はまだ」

「またね」


 母の言葉を遮って神楽坂は通信を切った。


「ふーーー」


 心配する母に悪いと思いつつ、溜息が出てしまう。


 神楽坂は亡き兄と中学の入学式で撮った写真を見つめる。


「ねえ、どうしたら隊長は認めてくれるのかな?」


 憧れの人に届かない想いをひとり言で呟いてしまう。


「女だから?」


 ピ、ピピ、ピピ、通信の知らせが鳴り、神楽坂は画面をタッチした。


「はい、神楽坂です」


 通話は液晶がオフになっていて音声のみになっている。


「もしもし、だ~れでしょう?」


 通話先の相手はあきらかに酒が入って上機嫌だ。


「用がないなら切りますよ」


 口調で相手がわかった神楽坂は、容赦なく通話を切ろうとする。


「待ってよカグちゃん」

「何ですか渋谷さん」


 はぁっと盛大に溜息をつきながら神楽坂は用件を訊く。


「いやね、一人寂しいと思って」

「別に寂しくありません」

「家には帰らないの?」

「渋谷さんには関係ありません」

「お母さんは寂しいんじゃないの?」

「ちゃんと連絡は取っていますから」


 神楽坂の冷たい態度にめげず話す渋谷につい答えてしまう。


「でも、やっぱり会いたいと思うよ」

「もう切りますからね」

「つれないな」


 最後までおちゃらけた渋谷の声を容赦なく断ち切った。


「ホントにあの人は」


 呆れつつ神楽坂は思わず微笑んでしまう。


「いけない、スケジュールっと」


 気を取り戻して遠征予定の確認をし始めた。




「美桜ったら、はしゃいだからぐっすり眠っているわ」


 日向はなるべく物音を立てないように守の横に座る。


「そうか」


 守は立体映像のパネルを操作する手を止めた。


「遠征、気をつけてね」

「大丈夫だよ」


 ゆっくり言い聞かせるように話しながら日向を正面から抱きしめる。


「うん」

「いつも側にいれなくてごめんな」

「いいの。あのとき東京に残ってくれただけで」

「俺が残りたかったんだよ」

「でも、それであなたは地元に帰れなくなったから」


 すっと守から離れた日向は申し訳なさそうな顔をしている。


「日向と美桜がいれば幸せだって言っているだろ」


 守は手の平で日向の顔をぷにゅっとつぶした。


「もうっ、何するのよ」

「お前の悲しい顔は見たくないからな」

「ちょっといいかげんにしてよ」


 守が調子に乗っていると、日向はちょっと怒ってしまった。


「ごめん、ごめん」


 とても部下には見せられない笑顔で日向に謝る。


「守さん。愛してる」

「俺も愛してる」


 じっと見つめていた二人は、互いの唇をゆっくり重ねた。


「待ってるから」

「ああ。絶対に帰ってくるよ」


 もう一度、守は強く日向を抱きしめる。


「俺は戦場では死なない」

「うん」




「愛しのカグちゃんに夜這いはしないのか?」


 男性寮の屋上で佇む渋谷に秋葉原が缶に入った酒を二つ片手に訊いてくる。


「するつもりがないのわかってて訊くなよな」


 酒を受け取りながら渋谷は口を尖らせた。


「ははは」


 いつもと違って子供みたいな同期に、秋葉原は軽く笑う。


「あいつに頼まれたからな、妹の面倒をみてくれって」

「お前たちは幼馴染だったな」

「あれは腐れ縁と言うべきだ」


 渋谷は亡き友に親しみのこもった悪態をついた。


 いつものチャライ感じではない渋谷に、秋葉原も感慨深くなる。


「まさか、一番にあいつが死ぬとはな」

「あいつは馬鹿だ」


 渋谷は一気に酒を喉に流し込む。


「あんな可愛い妹を残して逝きやがって」

「そうだな」


 秋葉原は渋谷に穏やかな表情で相槌を打つ。


「なあ、隊長は何で隊に瞳ちゃんを入れたと思う?」


 同期と二人だけなので、昔の呼び方で渋谷は神楽坂のことを話した。


「さあな。俺たちと同じ理由だと思っていたけど」

「入隊を認めなければ良かったのに」

「気付いたときには軍に入ってたからな」

「何も言わないのは兄弟そっくりだよ」

「ああ」

「隊長は黒炎やりたいんだろうな」


 渋谷はうっすら目を閉じて言う。


「本音はそうだろう」


 秋葉原も静かに同意する。


「瞳ちゃんの才能は兄貴以上だよ」

「隊長も嫌というほど感じているはずだ」

「二人が噛み合ったら最強だろうな」

「だな」

「でも、俺はやらせない」


 渋谷は真剣な表情に戻った。


「隊長もわかっているさ」

「ああ」

「おいおい、そんなに一気に飲むなよ」

「おかわり」

「ねえよ」


 気持ち良く飲み切った同期のもう一声を、秋葉原はバッサリと切った。




「ふう」


 一度はベッドに入ったものの、寝付けず守はベランダで夜風に当たっていた。


 軍の手帳に入った写真を、二枚抜き取って見つめる。


 一枚は日向と美桜の写真、もう一枚は古くてボロボロになって顔がかすれていた。


「……」


 十五年前は自由に行き来出来た故郷に想いを馳せる。


攻兄おさむにい


 守はボロボロの写真にボソっと呟いた。


 日向には言っていなかったが、実は五年前に守は戦場で兄に会っていた。


「攻兄に憧れて始めた剣道が、こんな形で役に立つとは思っていなかったな」


 三つ上の兄は高校、大学と全国で個人一、二を争う剣士だった。

 それに負けじと、守も全国で名を轟かせた。

 今でも兄に対する憧れの気持ちは変わらない。

 だが、戦場で会えば敵となる。

 仲間を守る為には、たとえ家族でも、刃を交えるしかない。


「俺の前には来ないでくれよ」


 ちょうど現れた流れ星に、守は長い間目を瞑って祈った。

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