Record No.019 淡路合同訓練(5)
「お前達、やったな」
ヘトヘトに歩く神楽坂達を上野が笑顔で迎える。
「ギリギリでしたけど」
神楽坂は勝ったのに不機嫌な顔をしていた。
「素直じゃない奴」
仏頂面の神楽坂に上野は溜息をつく。
「もっとバリアの発生速度を……」
ブツブツと新橋は独り言を口にしながら新橋は考えごとをしていた。
「お前も喜べよ」
上野は新橋にヘッドロッグをかける。
「く、苦しいです」
顔を真っ赤にしながら新橋が上野の手を叩く。
「ははは」
上野は新橋の必死の抗議を無視して大笑いする。
「私は先に戻ります」
神楽坂は阿呆くさいと言わんばかりの顔をして歩き出す。
「おい……コ、ラ、置い……てくなよ」
薄情な同期の背中に抗議する弱々しい声だけが響いた。
「コテンパンにやられたな」
怒りを通り越して顔を伏せている堺に摂津が大声で話し掛けてきた。
「結果を出せず申し訳ございません」
堺はスッと立ち上がり、一切の弁解をせず謝罪と敬礼をする。
「固い。お前はもっと遊び心を持て」
「は、はぁ」
苦笑いしながら返事をする堺の背中を摂津がバシバシと叩く。
「管理官、用件を忘れないでください」
いつものように高石が攝津を注意する。
「うるさいなあ。わかっとる」
摂津もお決まりのようにしかめっ面をして答えた。
「大牟田に頼んできたぞ」
「え?」
「管理官、言葉が足りな過ぎです」
「これから説明するわ。堺、トーナメントでリベンジしろ」
「トーナメントですか?」
「そうだ」
「管理官、まだ足りません」
疑問だらけの堺の気持ちを代弁するように高石が再び注意する。
「予選を通過した十名で一対一の個人戦だ」
「個人戦ですか」
堺はあまり気乗りしない顔になる。
「いいか、予選を通過出来なかったら降級させるぞ」
さっきまでの冗談交じりの顔から摂津は真顔になって堺に言った。
「承知致しました」
堺も気を引き締め直し敬礼で応える。
「お前の部下は優秀だな。特に神楽坂さんは逸材だよ」
明日は休息日ということもあり、守はサウスと部屋で酒を飲んでいた。
「曲者だらけで疲れるがな」
言葉とは裏腹に部下を褒められた守は嬉しそうな顔で笑う。
「日向は元気かい?」
「ああ」
「美桜ちゃんは大きくなったんだろうな」
「誰に似たのか、お転婆過ぎるよ」
「日向に似たんだね」
「そうか?」
「一見大人しそうだけど、芯が強くて活発じゃないか」
「大学の頃はな」
母となる前の日向は確かに天真爛漫な女性だった。
「あー早く守とやりたい」
トーナメントが待ち遠しいサウスは背伸びしながら叫ぶ。
「誤解を招く言葉を大声で言うな。それと対戦できるかわからんぞ」
「俺以外に負けるつもりかい?」
サウスは自信に満ちた目で守を挑発する。
「まだ若い奴らにはやられんさ」
旧友の挑発に守も笑顔で答えた。
「俺も隊長と真剣勝負したかったな」
観覧席に座っている上野が悔しそうに大声を出す。
バトルロワイヤルで行われた予選で上野は負けていた。
「うるさい。静かに見ていろ」
珍しくイラついた神田が上野に注意する。
「自分も負けたくせに」
「うるさい」
「もう二人とも、試合始まりますよ」
同じく予選落ちした新橋が子供みたいにケンカする先輩達に注意した。
『一回戦第一試合、秋葉原一級兵対向日一級兵』
アナウスの声が流れ、巨大モニターに名前と写真画像が映し出される。
『うぉーーー』
観戦している隊員達の歓声が響く。
「秋葉原さんファイトーーー」
多くの声の中、新橋も尊敬する上官に声援を送る。
「あの京都版神楽坂が相手か」
上野が険しい顔で呟く。
「接近戦に持ち込まれる前に何とかしないと厳しいな」
神田も眉間に皺を寄せた顔で言った。
「反応速度は神楽坂と同等ですが、力と技のキレは数段上でした」
神楽坂と向日の戦闘を間近で観ていた新橋が分析する。
「隊長並じゃないか」
上野が顔をひきつらせながら驚きを口にした。
『試合開始十秒前』
アナウンスが告げると、巨大モニターに試合開始のカウントが表示される。
数字が0になった瞬間、ブザー音が訓練場に鳴り響いた。
秋葉原はレーダー妨害をしつつ、手ごろな大木に身を隠す。
「やっぱり秋葉原さんは冷静だな」
神田がセオリー通りに動く秋葉原に感心する。
「でも、あれを狙うのは難しいですよ」
平然と高速のブーストで移動する向日を見て新橋は不安になった。
「また速くなったな」
以前に手合わせをしたときよりもブーストを自在に操る向日に秋葉原は溜息をつく。
「見つけた」
微かに反射する銃の光りで秋葉原の位置を確認した向日が突進しながら銃撃する。
「期待以上だよ」
向日の化物じみた動きを予想していた秋葉原が数ヶ所の地面を狙撃した。
秋葉原の狙撃により隠されていた風船が破裂し辺りを白い煙幕が包む。
「くっ」
向日は咄嗟に巨大な岩に身を隠す。
しばらくして辺りが晴れたのを確認して身を乗り出した向日を銃撃が襲う。
「うぉーーー」
珍しく叫び声を出しながら秋葉原が向日に迫る。
「せい」
秋葉原の決死の特攻をあっさりとかわし、向日は秋葉原の銃を蹴り飛ばした。
「くっ」
秋葉原は体勢を崩しつつも距離を取る。
「あなたってそんなに大胆だったかしら」
「ユニークな隊員に囲まれてるもんでね」
「そのユニークさに負けた分をぶつけさせてもらうわ」
「はあ。こういう役回りも慣れてきたよ」
「じゃあ行くわよ」
黒帝軍トップクラスの打撃と蹴りが秋葉原に繰り出されていく。
「シュ、シュ、シュ」
数発こそ攻撃されたものの、秋葉原は流れるような動きで急所への攻撃をかわす。
「さすが大牟田隊副隊長さん」
「そりゃどうも」
平静を装ってはいたが、秋葉原はあまりの威力に右腕が痺れていた。
「素直に負けを認めるのも大事だと思うけど」
秋葉原の状態を見抜いた向日は降参を勧める。
「そうしたいのは山々だけどな。これでも少しは意地があるんだよ」
前蹴りで向日を弾き飛ばした秋葉原はシーガッドを数体展開させた。
「またこれなの」
見覚えのある光景に向日の苦い記憶が蘇る。
「うぉーーー」
スピードは神楽坂に負けるが、長身を活かした蹴りや銃撃で向日を秋葉原は翻弄した。
「……」
予想外の行動に向日は亀のように守りを固める。
「しゃっ」
シーガッドを利用した反動で秋葉原は強烈な回転蹴りを向日へと放つ。
「そう何度もやられないわよ」
誰もが勝負あったと思ったが、肩膝をつきながらも向日はしっかりとガードしていた。
「がぁっ」
着地した秋葉原は悶絶しながら足を抱えて倒れこむ。
観察していた審判用のガッドが秋葉原に近寄りスキャンを始める。
『秋葉原一級兵続行不能の為、向日一級兵の勝利』
ガッドからの報告を確認しアナウンスが終了を告げた。
「今度は結果を出せたな」
わざわざ向日の控え室で待ち構えて堺が嫌味を言う。
「まあ何とか」
対等な関係に戻ったので、向日は敬語を使わず話す。
「同期として鼻が高いよ」
「そう」
「俺の戦いをじっくりと見物していろ」
「瞬殺されないようにね」
「ふん」
向日に嫌味を返された堺は、顔を真っ赤にして歩いていった。
「結果を出せませんでした。すみません」
ベッドに横たわり目を腕で覆ったまま秋葉原は守に謝罪した。
「残念だったが、いい戦いだった」
悔しがる姿を普段見せない秋葉原を守が静かに慰める。
「あいつのようにやれていますか?」
「お前はお前らしくやればいい」
「そうはいきません。俺はあいつの代理ですから」
「それは違う。あいつが生きていたとしても、俺はお前を副隊長にしていた」
「下手な嘘はやめてください」
秋葉原が真っ赤になった目で守を睨みつける。
「……。ゆっくり休めよ」
見たことがない秋葉原の顔にも動じず、守はゆっくりと部屋を出て行った。




