Record No.018 淡路合同訓練(4)
「くそ。相手はたったの七人だぞ」
堺が手と足を貧乏揺すりしながら苛立った声を出す。
「総指令が感情的になられては兵が不安になります」
後ろに立って控えている向日が堺を宥めようと声を掛ける。
「うるさい。大牟田に三日連続でやられておいて偉そうなことを言うな」
「……」
向日は堺の指摘に何も弁解せず黙って下がった。
「ふん」
「隊長、今日も正面突破ですか?」
上野がワクワクした顔で守に訊いてきた。
「いや、作戦変更だ」
「え~」
「え~じゃないよ。同じ作戦ばかりじゃ訓練にならないだろうが」
駄々をこねる上野を神田が呆れながら注意する。
「それでどんな作戦でお考えですか?」
気を取り直して秋葉原が確認した。
「まず、渋谷、上野、神田で正面を攻める」
『了解』
ベテラン三人は落ち着いた態度で返事をした。
「神楽坂、新橋」
『はい』
神楽坂は平然としていたが、呼ばれると思っていなかった新橋は声が裏返る。
「お前達は敵本陣の南から侵入し、司令部を占拠しろ」
『了解』
今度は新橋も落ち着いて返事をした。
「自陣の守備は俺と秋葉原だ」
「了解」
「俺と秋葉原は指示を出さない。それぞれ現場の状況判断に任せる」
『え?』
さすがにこれにはベテラン隊員達も驚いた。
「何だ、お前達自信がないのか?」
守はわざと挑発めいた態度で問い掛ける。
「俺達を誰だと思っているんですか。大牟田守に選ばれた天才ですよ」
一瞬は固まったものの、すぐに渋谷が軽い調子で応えた。
「期待しているよ」
守は軽く微笑んで言った。
「隊長、少し神楽坂と作戦を考えたいのですが」
作戦会議が終わったのを確認して新橋が守に伺いを立てる。
「いいぞ」
「ありがとうございます。神楽坂、こっちで」
許しを得た新橋は神楽坂をテントの外に促す。
「わかった」
「なぜ二人を組ませたのですか?」
二人が出たのを確認した神田が率直に疑問をぶつけた。
「お互いの足りない部分を補えると思っただけだが」
「カグちゃんは十分なレベルだと思いますけど」
親バカな父親のように渋谷が守に意見する。
「確かに戦闘はな。だが、戦争はそれだけでは勝てんだろ」
ちょっとおちゃらけた渋谷に守は真面目に答えを返す。
「面白いコンビになるかもしれませんね」
秋葉原が微笑みながら守に賛同した。
「カグちゃんと名コンビなのは俺だよ」
「お前は黙って援護していろ」
ブーブー言っている渋谷に秋葉原は盛大な溜息をついて呆れた。
「それで?」
食事用テントのベンチに座ってすぐに神楽坂がぶっきら棒に新橋に訊いてきた。
「ええとね。実は考えていたフォーメンションがあって」
新橋は気が強い神楽坂に押され気味ながらも、グラナを使い説明を始める。
「君のずば抜けた反応速度と僕の特製ガッドを使えばやれると思うんだ」
「それで?」
さっきとは違い、興味が出てきた神楽坂は声を少し弾ませて先を促す。
「じゃあ、具体的に説明するね」
気難しい同期の変化に嬉しくなった新橋はテンション高めに話し始めた。
「大牟田がどう攻めてくるか楽しみやな」
「ご自身の立場を忘れないでください」
純粋に合同訓練を楽しみに笑う摂津を高石が嗜める。
「お前は本当にうるさいなぁ」
摂津がはいはいという感じで言う。
「自分の部下が三日連続でやられているのに呑気ですね」
高石は呆れてゆっくりと長い溜息をつく。
「堺はプライドが高いからな。大戦を前にいい経験だろう」
摂津がすっと表情を変え、険しい顔つきになる。
「やはり九竜が動くと?」
「九竜もだが、四神の動きも油断は出来ん」
「確かに四神も代表が変わって、自衛から侵攻に方針が変わったとは聞いていますが」
「資源不足で大軍で攻めることは難しくなったからな」
四国や九州になかなか攻め込めないのは膨大な資源が必要になる為だった。
「お、そろそろ時間や」
また気の抜けた顔に戻った摂津がモニターに視線を戻す。
「しかし、思い切った作戦をお考えになられましたね」
神田や新橋がいないので、秋葉原が自陣のオペレーションを務めていた。
「実戦で俺やお前が戦闘不能になることはあってもおかしくないからな」
「大丈夫ですかね」
そうだとは思ったが、秋葉原は心配でたまらない。
「神田は指揮能力があるし、新橋もいざとなったらやれる男さ」
「それはそうですが」
「こちら神楽坂、新橋。敵陣地後方に待機完了」
秋葉原の心配をよそに神楽坂達は順調に作戦を進行していた。
「さすがカグちゃん。じゃ、俺達も突撃開始しま~す」
神楽坂の報告を聞いて、渋谷が呑気な口調で話す。
「よし、今日も勝つぞ」
『了解』
守の掛け声に全員が声を揃えた。
「敵、北側から三名突撃してきました。アーミーもいます」
堺に渋谷達の襲撃の知らせが届く。
「大牟田め、裏をかいたつもりだろうな」
堺はいつものように苛立たず、不敵な笑みを浮かべる。
「総司令の読みが正しければ、南側から本命が来ますね」
向日も落ち着いた態度で話す。
「この三日、正面突破だけだった。噂通りの男なら、今日は違う作戦で来るはずだ」
「では、私は本命を迎え撃つ準備をして来ます」
「今日こそ役に立ってくれよ」
「承知しています」
堺の嫌味に反論せず、向日は静かにテントを出て行った。
「神田、もっと速く動いてもいいぞ」
「了解」
渋谷に言われ神田はアーミーの回転速度を上げた。
「へいへいへい。撃たれたい奴いらっしゃい」
アーミーの背中に乗りながら、渋谷が敵兵に銃撃を命中させる。
「ぐは」
「うっ」
「だあ」
敵兵達は渋谷と神田の回転銃撃による電気ショックで次々に倒れていく。
「すげえ」
上野は格闘戦をしながら感心する。
「上野、お前は先に進んで神田達の援護に回れ」
神田が上野に指示を出す。
「ここは大丈夫か?」
「ああ。思ったより正面の敵が少ない。隊長の作戦が読まれているかもしれん」
「了解」
同期の言葉を信頼し、上野は走り出した。
「今日も俺は引き立て役かぁ」
銃撃しながら渋谷が呟く。
「渋谷さん、男は黙って仕事しましょう」
「りょーかい」
「神楽坂、渋谷さんのおかげで南側の兵も北側に移動した」
「わかった。行くわよ」
新橋に言われ、神楽坂は行動を開始した。
「敵襲だ」
突然現れた神楽坂達に敵兵達が慌てて守りを固める。
「はあーーー」
ブーストで加速した神楽坂は銃撃と近接攻撃で敵兵達を瞬く間に蹴散らした。
「お見事」
思わず新橋が感嘆の声を上げる。
「感心していないで行くわよ」
「ごめんごめん」
「撃てーーー」
二人が先へ進もうとした時、すさまじい数の銃撃音が響く。
「ふー。ギリギリセーフ」
神楽坂の前にガッドに似た小型ロボットがレーザーでシールドを展開していた。
「何だあれは?」
敵の部隊長は初めて見るロボットに驚いている。
「新橋特製シールドガッド、略してシーガッドです」
新橋は自慢げに説明した。
「ひねりないのね」
少し神楽坂が呆れて呟く。
「こういうのは覚えやすい方がいいだろ」
新橋はへこたれず言い返す。
「そうかもね」
「神楽坂、後ろから敵反応あり」
さっきまで反応がなかったのに、突然神楽坂達が通ってきた道から敵兵達が攻めてきた。
「てやーーー」
先陣を切ってきた向日が神楽坂に蹴りを放つ。
「だあ」
十メートル近く神楽坂が飛ばされ倒れた。
「神楽坂」
「あんたは他に集中して」
駆け寄ろうとした新橋を神楽坂が制止する。
「はあーーー」
間合いを詰めて来た向日に神楽坂がブーストで加速した拳を撃ち込んでいく。
「いい攻撃だけど、軽いわね」
向日は神楽坂の攻撃を余裕の態度で受け止める。
「はっ、はっ、はっ」
神楽坂はカッとなり連続で蹴りを繰り出した。
「だから軽いのよ」
またも神楽坂の攻撃を向日は完璧に受け止める。
「どうしたらいいんだ」
「おらおらおら」
円形シールドで身動きが取れないでいた新橋の視線に上野が飛び込んできた。
「上野さん」
「助けに来たぞ後輩諸君」
あっという間に北側にいた敵を制圧した上野が新橋の側に駆け寄る。
「上野さん、残りもお願いしていいですか?」
「任せろ。お前は神楽坂を助けて来い」
「ありがとうございます」
新橋は後方から来た敵を上野に任せ、神楽坂の援護に回った。
「神楽坂、あれを試そう」
走りながら新橋は神楽坂に無線で呼び掛ける。
「私一人で勝てるわよ」
「一人じゃ無理だ」
ムキになっている神楽坂の耳に新橋の怒鳴り声が響く。
「わかったわよ」
新橋の声に神楽坂は冷静さを取り戻す。
「シーガット、スパイダーフォーメンション」
シーガットが空中に散らばり、小さい蜘蛛の巣みたいなシールドを多数展開した。
「何をするつもり?」
初めて見る技術に向日は身構える。
「近接戦闘で勝てないなら、これでやるだけよ」
靴に装着させたシーガッドの効果で、神楽坂は空中を飛び跳ね銃撃を繰り出した。
「何この攻撃は」
ブーストでの加速と不規則な角度からの攻撃が向日を襲う。
「スーーー」
向日が倒れたのを確認すると、神楽坂はゆっくりと着地して息を吸った。
「やったな」
新橋が笑顔で神楽坂にハイタッチを求める。
「……」
仏頂面で嬉しさを隠しつつ、神楽坂も新橋の手に自分の手を重ねた。




