Record No.016 淡路合同訓練(2)
「俺、淡路島に来たの初めてです」
上野は温泉から見える海を見て興奮していた。
「風呂ではしゃぐな」
パンっと、守は上野の尻を叩いて注意する。
「痛いっすよ~」
上野は尻をさすりながら湯に浸かっていく。
守達は演習前に洲本温泉へ療養に来ていた。
「俺は仕事だけだな。家族旅行で来る直前に戦争が始まったから」
秋葉原が夜空を見上げらながら言った。
「僕も来たことないです。昔は日本のどこに行くのも自由だったんですよね?」
新橋のように今の日本以外を知らない世代は珍しくない。
「日本どころか外国だって行けたさ」
渋谷が目を輝かせながら手を広げて言った。
「そうか~異人とかもいたんですよね」
それを聞き新橋は羨ましそうな顔をする。
「異人なら黒帝軍にもいるぞ」
「え、そうなんですか?」
守の言葉に新橋は目を輝かせて訊く。
「ああ。ほとんどの異人は東京で保護されているが、数人は特例で軍に所属している」
「どこの隊にいるんですか?」
「今は大阪支部に所属しているはずだが」
「お前は探究心の塊だな」
子供のように興奮している新橋に神田は微笑む。
「だって異人ですよ。本や映像でしか見たことないから楽しみで」
新橋はニヤニヤしながら空を見上げる。
「どうせだったらブロンド美人に会いたいな」
「愛しのカグちゃんはいいんですか?」
渋谷を上野がからかう。
「カグちゃんはカグチャン。ブロンド美人はブロンド美人だよ」
「うわ~最低な男だ」
「ほっとけ」
「お前らに緊張感はないんだろうな」
演習とはいえ、大軍を相手にするとは思えない隊員達に守は思わず笑ってしまう。
「こいつらはこれでいいんじゃないんですか」
秋葉原も横で笑った。
「あ、カグちゃ~ん」
ちょうど風呂上りが一緒になった神楽坂を見て渋谷が抱きつこうと飛びつく。
「鬱陶しい」
神楽坂は容赦なく頭から床に渋谷を叩きつけた。
『うわ』
上野と新橋が声を揃えて顔を引きつらせる。
「ひどいよカグちゃん」
大袈裟にヨロヨロとしながら渋谷が神楽坂を見上げて言った。
「ブロンド美人が好きなんでしょう?」
軽蔑の視線を向け、神楽坂は渋谷を見下す。
「愛しているのはカグちゃんだけだよ」
女神に懇願する信者のように渋谷は神楽坂に拝みながら言う。
「ふん」
激怒していた割に神楽坂は可愛らしく去って行く。
「カグちゃ~ん」
女々しく叫ぶ渋谷の声が旅館の廊下に響いた。
「冷たくされるのを楽しんでいるように感じるのは気のせいか?」
守が秋葉原に訊く。
「愛情の感じ方は個人の自由かと」
守と秋葉原は溜息をつきながら部屋に戻った。
「ふぁ~」
上野が朝日を浴びながら気持ち良さそうに欠伸する。
「いい天気ですね」
新橋が隣で背を伸ばしながら言う。
「ほら、さっさとしろ。もう迎えが来ているぞ」
のんびりとしている二人を秋葉原が急かす。
「久しぶりだな守」
青い瞳をしたイケメンで、長身のイギリス人男性が守に話し掛けてきた。
「サウス、元気そうだな」
守は笑顔で握手に応える。
サウスは最初は保護されていたが、特例として守の三年遅れで入隊していた。
「初めまして。新橋三級兵であります」
興奮した新橋がサウスに敬礼をする。
「ああ、よろしく」
思わずサウスは一、二歩後ろに下がった。
「すまんな。日本人以外に会ったことがないものでな」
「気にするな。外国人は絶滅危惧種みたいなもんだから仕方ないさ」
謝る守にサウスは笑って言った。
「さあ車に乗ってくれ」
サウスに言われ守達は中型バスに乗り込んだ。
「隊長とサウス特級兵はいつからお知り合いなんですか?」
車が走りだして数分経って神楽坂は話しだした。
「守と出会ったのは留学生として日本に来たばかりの頃だよ」
「俺が受講していた教授がサウスの知人でな」
「隊長ってどんな大学生だったんですか?」
上野が面白がってサウスに訊く。
「守は成績優秀で女子にもモテモテだったよ」
「サウス」
楽しそうに話すサウスを守は黙らせようとした。
「いいじゃないか。減るもんじゃないんだし」
「続けてください」
上野は守を無視して先を促した。
「何度か勝負したが守には格闘技全般で負け越しだ」
「大袈裟だ。五分五分だろう」
「そうだったか?」
守が珍しく認めるサウスを隊員達は尊敬の眼差しで見つめる。
「それと彼女が超絶美人だった」
「おい、馬鹿」
守は慌ててサウスの言葉を遮ろうとする。
「隊長も隅に置けませんなぁ~」
通路を挟んで隣に座っていた渋谷が守をからかう。
「どんな方だったんですか?」
小さめの声で神楽坂が会話に入ってきた。
「お前まで何を」
意外な伏兵に守は驚く。
「あれこそ大和撫子というやつだね」
サウスは面白がって話を続ける。
「どんな美人なのかな~」
渋谷がまたもからかう。
「お前は会ったことあるだろうが」
我慢出来ず守は渋谷に拳骨を喰らわせる。
「そうなんですか?」
新橋が渋谷に訊く。
「イテテテ。俺と同期数人で隊長の家にお邪魔したときにな」
「奥さんがちょうど出産されてお祝いがてらに伺ったんだ」
黙っていた秋葉原が情報を付け足す。
「俺の話はもういい」
恥ずかしさに耐えられず守は話を終わらせた。
「何驚いているのカグちゃん」
珍しく呆然としている神楽坂に渋谷が話し掛ける。
「いえ。てっきり闘士とばかりだと思っていたので」
神楽坂は正確で無駄のない動きで的を射抜くをサウスを見て答えた。
「ああ。サウスさんは黒帝軍で知立と肩を並べる腕前だからね」
「そうなんですね」
「射的のオリンピック代表に選ばれた実績を買われて入隊したらしいよ」
「オリンピックですか。教科書や資料でしか見たことないです」
「小さい頃に一度見たけど、ほとんど覚えてないな」
「せっかくなので、アドバイスもらって来ます」
「俺にアドバイス求めてきたことないのに」
自分を置いて行った神楽坂の後ろ姿に寂しく呟いた。
「大牟田隊長、是非ご指南ください」
「自分にもお願いします」
「自分も」
近畿地方の支部に所属する若手隊員達が守に我先と迫る。
「ちょ、ちょっと待て」
若手隊員の圧力にさすがの守もたじろいでしまう。
「まとめてやってしまえ」
いつの間にか守の隣に立っていた京橋が無責任な発言をする。
「何を言っているんですか。というか、帰らないと表参道さんに怒られますよ」
恒例みたいな横暴に守は飽きれつつ京橋を睨む。
「細かいことは気にするな。これ見たら帰るから」
あっけらんかんとした顔で京橋は守の言葉を流した。
「わかりましたよ」
守が了承したのを若手達が歓喜の声で叫びながら喜ぶ。
「あと、お前はブーストなしで素手のみな」
「本気で言っているんですか?」
「これぐらいがちょうどいいハンデだろう」
無茶難題に頭を抱える守を見て京橋は愉快そうに笑う。
「あれが黒雷の大牟田隊長か」
「名古屋で千人斬りしたんだよな」
「これから一人で百人組手するらしいぞ」
あっという間に各部門で訓練していた隊員達も集まって来ていた。
「よし、準備はいいな。訓練開始」
『うぉーーーーー』
京橋の掛け声を聞いた屈強な若手隊員達が襲い掛かって来る。
「ふーーー」
大きく息を吐き出し、守はゆっくりと歩き出す。
「てりゃ」
「はーーー」
守は次々に襲い掛かる相手を流れるようにかわして投げ倒していく。
「お前達何を遠慮している。どんどんやれ」
モニタールームから京橋が若手隊員達に檄を飛ばす。
『うぉーーーーー』
数分後、訓練場には守一人が立っていた。
「イテテテ」
「マジかよ」
「こっちはブースト使っているのに」
あちこちに倒れた若手隊員達が呻き声を上げつつ、驚きの言葉を口にする。
「相変わらず化物だな」
モニターで見ていたサウスが嬉しそうに笑う。
「さすが隊長です」
その隣でモニターに映る守へ神楽坂が熱い視線を送る。
「守も罪な男だね」
神楽坂の視線に気付いたサウスがからかう。
「いや、私はただ、あの、その」
からかわれた神楽坂は顔を真っ赤にして挙動不審な態度で逃げて行った。
「ははは」
しばらくの間、サウスは笑いが止まらなかった。




