Record No.013 東北調略作戦(4)
「それでどうされるんですか?」
「考えはあるんだが」
神楽坂が部屋を出て行った後で、守は秋葉原と通信していた。
「何か問題でも?」
「いや、問題というわけでもないんだが」
「神楽坂ですか」
守の渋い顔を見て秋葉原が言い当てる。
「あいつは怒るだろうなと思ってな」
「怒るでしょうね」
秋葉原はフフっと笑った。
「それでお前に頼みがある」
「何でも言ってください」
緩んだ顔を引き締め秋葉原は返事をした。
「神軍師が動いたらしかです」
小倉がデスクに座る攻の前に立ち報告する。
「白虎の狸爺め、相変わらずコソコソと」
攻はグラナを操作する手を止め呟く。
「どうも雪原を巻き込もうとしとるようですが」
「確かとか?」
「何度か雪原の幹部と密会をしとると情報が入ってきとります」
「さすがに黒帝軍も雪原と白虎が組んだら損失は大きいだろうな」
「それを感づいてか守が福島に視察に来とるらしかです」
「守が出向いたとなら狸爺も勝手は出来んやろ」
「あいつ一人で抑えられますかね」
小倉は攻の評価にちょっと拗ねた顔をする。
「あいつはバカ正直だが、意外と腹黒いからな」
「まあそうですね。昔から計算していないようで手回しは上手かったです」
「俺もよく利用されたな」
攻は昔を懐かしみ微笑む。
「それで我らは動かんとですか?」
「天神が中国遠征計画を議会に発案してきた」
「黒帝軍が内輪モメしている今が絶好の機会ではないとですか?」
思案している攻を見て小倉が問い掛ける。
「急ぎ過ぎな気がしてな」
「待っていて守が白虎を黙らせたら、それこそ機会を失いますよ」
「俺は守る戦いには賛成だが、攻め込む戦いには反対だ」
攻の固い信念を感じさせる瞳が小倉の口を閉ざした。
「何にせよ、守が狸爺を出し抜けるかだな」
「若松管理官、ちょっとよろしいですか?」
守は部屋の外のタッチパネルで呼び掛けた。
「大牟田隊長、どうかされましたかな?」
部屋に入って来た守に若松が訊く。
「実は若松管理官にお願いがありまして」
「何ですか?遠慮なくどうぞ」
作り笑いを浮かべ若松は先を促した。
「東北の管理官を集め会談を開いて頂きたいのです」
「会談ですか?」
「ええ。今回の視察の件も含めお話がありまして」
「承知しました。日程が決まり次第ご連絡します」
「ありがとうございます。では、これで」
用件が終わった守はすぐに部屋を出て行った。
若松はモニターを操作し本宮の部屋に通信を繋ぐ。
「はい、本宮です」
ずっと待機していたのだろう、すぐに本宮は応答した。
「面倒なことになった」
「どうされました?」
「大牟田が感づいた」
「申し訳ございません。私の処理が不十分でした」
「済んだことはいい」
厳しい面持ちで若松は言った。
「どういうつもりかは知らんが、覚悟を決めねばな」
「何があろうと管理官についていきます」
本宮は力強い顔と声で返事をする。
「お前のような部下を持てて私は幸せ者だよ」
「それで頼んだ件は大丈夫か?」
「はい。隊長に言われた通りに」
「面倒を掛けるな」
「いえ気にしないでください」
「あと、そっちは変わりないか?」
「異常ありません。ああ、京橋総司令が騒いでいました」
「まったく、あの人は」
頭を抱える守を見て秋葉原は笑う。
「あの狸爺めとずっと叫んでおられました」
「ほっとけ」
「隊長、本当に応援はいらないのですか?」
気を取り直して秋葉原が訊いてきた。
「大丈夫だ。そっちの事が上手く運べば無駄な争いは起きないだろう」
「わかりました」
「また連絡する」
「お気をつけて」
「本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
守は福島支部に集まった東北の管理官に向けて頭を下げる。
「いや~かの有名な大牟田殿に会えるとは光栄だべ」
贅肉たっぷりの体をした中年男が豪快に笑いながら言った。
「十和田さん、相変わらずお元気ですね」
左隣に座っていた眼鏡をかけた三十前半らしき男が皮肉を込めて言う。
「標準で話して、何を気取っているべ葛巻」
十和田もフンと鼻息を鳴らしてから言い返す。
十和田は青森支部、葛巻は盛岡支部の管理官だ。
「お前らは黙っていられんのか」
葛巻の前に座る四十歳前後で長身の男が呆れ顔で言う。
「能代(秋田支部管理官)さん、まあまあ」
左隣に座る細目で小柄な初老の女が宥める。
「庄内(山形支部管理官)さんはこいつらに甘いです」
能代は溜息まじりに庄内に言った。
「早く本題に入りましょう」
能代の右隣に座る平均的な体型をした若い男が仏頂面で言った。
「気仙沼(宮城支部管理官)、お前は愛想がないのう」
十和田が絡んでくる。
「お前はいいかげんにせんか。申し訳ない大牟田隊長」
十和田の右隣に座っていた若松が守に謝って脱線した会話を戻した。
「いえ、ユニークな方々で」
守は愛想笑いを浮かべる。
「では本題を」
若松が守に先を促した。
「単刀直入に申し上げます」
スッと真顔になって守は話し始める。
「皆様お気づきだと思いますが、視察の目的は東北方面に反乱の噂があったからです」
守の言葉に管理官達の視線が鋭くなる。
「それで調査はどうでしたか?」
余裕の態度で若松が訊いてきた。
「これを見てください」
守は冷静な態度で話を進めていく。
「私の部下が発見したデータですが、これによると東北全県で雪原に物資を援助していることになっています」
守はモニターに表示されたグラフや文書を手で指し示す。
「本部は東北を攻めますか?」
「若松さん」
威勢の良かった十和田が開き直る若松に戸惑う。
「大牟田隊長に下手な言い訳は通用せんよ」
落ち着いた態度で若松は言った。
「そうするのが楽ですが、今は厳しいです」
守も開き直った態度で返す。
「では、黙って帰られますか?」
「いえ、黙るのはあなた方です」
「何だと?」
さすがの若松も動揺を見せる。
「出来れば純粋な忠誠心で一緒に戦って欲しかったんですが」
残念という顔で守は言った。
「はっきり言わんか」
我慢出来ず十和田が怒鳴る。
「秋葉原」
「はい隊長」
守の呼び掛けに答えた秋葉原がモニターに現れた。
「皆様のお身内を人質として本部へ連行させて頂きました」
「何だと」
立ち上がり見つめる若松の視線の先には拘束された民間人達が映っている。
「ご理解頂けましたか?」
いつもとは違い、冷たい目で守は管理官達に言った。
「くそ」
若松はテーブルを拳で思いっきり叩き席に座った。
「何か言いたげだな」
管理官達がいなくなった部屋で神楽坂が守を鬼の形相で見ていた。
「いえ別に」
いつものように言葉とは違い、神楽坂は物申したいという顔をしている。
「遠慮せずに言え」
守は言われることはわかっていたが、あえて言わせた。
「では、言わせて頂きます」
神楽坂は前置きをして、一旦深呼吸する。
「がっかりしました」
その静かなトーンの声が逆に神楽坂の怒りの大きさを感じさせた。
「お前ならどうした?」
「私なら連行して処罰します」
「それで東北が反乱を起こしたら?」
「制圧します」
「じゃあ、お前は誰が死のうが戦うべきだったと?」
「そういうわけでは」
守の目に宿る決意の強さに神楽坂は怯む。
「正当化するつもりはない。だが、恥じるつもりもない」
守の迫力に神楽坂は押し黙った。
「俺は戦わなくていいなら、どんなに卑怯と言われてもかまわん」
「隊長……」
「これも立派な戦いだ」
守の言葉に神楽坂は確かな信念を感じ取る。
「頭を冷やしてきます」
深々と一礼して神楽坂は出て行った。
「ふー。俺だって……」
両腕で目を覆い、守はゆっくりと背を椅子にもたれ掛けさせた。




