Record No.011 東北調略作戦(2)
守達が光速道を抜けると福島支部の隊員達が整列して待っていた。
「どうも大牟田隊長、二年ぶりですな」
白髪頭で線は細いが、逞しい体付きをした中年男が一歩出て守に握手を求めて来た。
「久しぶりです、若松管理官」
守も握手をしながら挨拶を返す。
「戦場以外で顔を合わせるとは思っていなかったよ」
少し皮肉めいた感じで若松は言った。
「私もです」
守も腹黒い笑顔を浮かべる。
「こんな所で立ち話も何ですし、歩きましょう」
そう言って若松は歩き出した。
「そうですね」
守も賛同し後に続いた。
「そちらが大牟田隊の天才殿ですかな?」
廊下を歩きながら若松が神楽坂を振り返って言った。
「いえ、私など」
いつもの強気な感じではなく、可愛らしく顔を赤くして神楽坂は謙遜する。
「そんな謙遜を。あの大牟田隊長が認めた女傑と評判ですぞ」
はははと温和そう顔で若松は笑う。
「もうこちらは雪が降っているんですね」
話を逸らすように守が窓から見える景色を見ながら言った。
「ああ。いつもより早く降りましてな」
若松は外を見て返事をする。
「この雪に相当苦しめられました」
守は苦い記憶を思い出した。
二年前の白虎軍との大戦で黒帝軍はこの天然の要塞を落とせなかったのだ。
「まあ、夏は丸裸ですがな。黒帝軍にもそれで負けましたし」
冬に落とせなかった黒帝軍は一旦引き、春と夏に集中してこの要塞を攻め落した。
「それでも若松管理官の知略は見事なものでした」
若松は白虎軍の中でも会津の神軍師と言われた人物だ。
雪も理由ではあるが、福島を落とした後も東北を制圧するのに時間が掛かったのは若松の戦略が大きな一因と言える。
「若松管理官」
神楽坂と同じぐらいの歳だと思われる男性隊員が若松に駆け寄って来た。
「何だべ。今、応対中だぞ」
標準語で話していた若松は少し方言を出し隊員を叱る。
「失礼しました」
叱られた隊員は守達へ謝罪した。
「それでどうした」
「はい。……」
守達を警戒してだろう、隊員は用件の部分を聞こえないように耳打ちで若松に伝えた。
「わかった。すぐに行く」
「かしこまりました」
若松の返事を聞いた隊員は足早にその場を去って行った。
「大牟田隊長、申し訳ないが」
「おかまいなく。失礼ですが、勝手に見させて頂きます」
「遠慮なく見てください。おい、お部屋にご案内しろ」
神楽坂の隣に立っていた男性隊員に若松は言った。
「お任せください」
男性隊員は軽く頭を下げて返事をする。
「では、また後ほど」
「わざわざお出迎えありがとうございました」
若松の会釈に守も会釈で返す。
「私は本宮と申します。まずはお部屋にご案内します」
本宮は秋葉原に似た雰囲気で歳も近そうに見えた。
無愛想とまではいかないが、淡々とした口調で本宮は話す。
「頼みます」
守は先を歩き出していた本宮の背中へ言葉を掛けて歩き出した。
「左が大牟田隊長、右が神楽坂隊員のお部屋です」
部屋の前で立ち止まり二本松がそれぞれを手で指して案内する。
「では、確認がありますので少し部屋でお待ちください」
本宮は言い終わると、返事を聞く前に歩き出していた。
「やっぱり歓迎はされていないな」
二人だけになったのを確認して守は呟く。
「そうですね」
神楽坂は真顔で返事をした。
「若松管理官もそうだが、本宮隊員も隙がなさそうだ」
守は素直に関心してニヤつく。
「褒めてどうするんですか」
いつもの強気に戻った神楽坂が厳しい言葉を投げかける。
「ははは」
守は苦笑いを浮かべ誤魔化した。
「緊張感が感じられないんですが」
「さあ、少し休むかな。お前もゆっくりしとけ」
神楽坂の鋭い視線から逃げるように守は部屋へ入る。
「隊長達大丈夫かな」
「達じゃなくて、愛しのカグちゃんでしょ」
装備を点検しながら呟いた渋谷を、上野がニヤつきながら指摘した。
「隊長も心配してるわ」
少しムスッとした渋谷が上野にデコピンを喰らわせる。
「痛いな~」
文句を言い上野は額を擦る。
「神軍師の企みが心配です」
落ち着いた態度で神田が言った。
「俺、あのおっさん苦手だわ」
渋谷がべーと舌を出し悪口を叩く。
「それは大戦のときに狙撃を邪魔されたからだろ」
作業の手を止めず秋葉原が痛い所を突いた。
「せこいんだよ。俺が天才だからって」
『ははは』
子供みたいにいじけた渋谷を見て全員が一斉に笑った。
「でも、本当に大丈夫でしょうか」
新橋が不安な顔で秋葉原に訊く。
「隊長なら心配ないだろう」
落ち着いた態度で秋葉原は言った。
「そうそう。黒帝軍の完璧超人は最強だよ」
いつもの口調で渋谷が話す。
「確かに」
『ははは』
今度は真面目に納得した新橋を見て、皆が一斉に吹き出した。
「隊長、よろしいですか」
神楽坂がモニター越しに呼び掛ける。
「いいぞ」
事前に福島支部から送られた資料に目を通しながら守は返事をした。
「失礼します」
「どうした?」
資料をデスクに置いて守は振り返る。
「隊長はどう思われたのかと」
「反乱の可能性か?」
「は、はい」
隠さず話す守に神楽坂はちょっと戸惑った。
「大丈夫だ。監視はされているが、盗聴はされていないようだ」
神楽坂の心配がわかった守は前置きしてから本題に入った。
「何か隠してるとは感じたが、神軍師相手では確証は難しいかもな」
「噂には聞いたことはありますが、そんなに切れ者なんですか?」
白虎軍との大戦は入隊する前だったので、神楽坂は知らない。
「ああ。知立と五分の勝負をしたほどだ」
「もしかして知立が唯一負けたというのは」
「そうだ。福島での戦いだよ」
黒帝軍一の軍師だった知立が負けたのは他にいなかった。
「そんな相手によく勝てましたね」
「山形にスパイを送ってな。挟み撃ちした」
言葉にはしなかったが、神楽坂は卑怯だと顔に出ていた。
「よっぽど悔しかったんだろうな。知立が交渉して寝返らせた」
それを感じ取った守は説明する。
「正直好きとは言えません」
神楽坂の顔は完全にご立腹になっていた。
「それのおかげで犠牲は少なくすんだ」
守は静かに諭すように言った。
「理解はしています」
神楽坂は、つい感情的になって声が大きくなってしまう。
「お前も大戦を体験すればわかるさ」
守は穏やかな笑みを浮かべる。
神楽坂や新橋は実戦経験はあるものの、大戦ほどの長期戦は未経験だった。
「それだけか?」
空気を変える為に守は訊いた。
「いえ、何で私を連れて来られたのかと思いまして」
冷静になった神楽坂はいつもの口調で答える。
「一つは女で経験が少ないお前なら、警戒を緩められるかと思ったのと」
一瞬言いたげな顔になった神楽坂を見て、守は一瞬だけ口を止めた。
「相手がだ。俺はお前を評価しているつもりだが」
守が一瞬するどい目になったのを神楽坂は嬉しく感じたらしく、軽くニヤついている。
「あとは、戦闘能力もあって、器士並みの調査能力があるお前が適任だと思ったからだ」
「いや、そんな……」
さっきまでの怒り顔とは打って変わって、神楽坂は真っ赤になってモジモジして謙遜した。
「でだ」
短く咳払いをして守は話しを進める。
「は、はい」
神楽坂は慌てて返事をした。
「俺が適当に相手をしている間に探って来てくれ」
「私がですか?」
神楽坂は動揺して聞き返す。
「不安か?」
守は心配することはないだろうという顔をしていた。
「いえ、やらせてください」
背筋を正し、神楽坂は力強く返事をする。
「頼んだ」
立ち上がり、守は神楽坂の肩をポンと叩いた。
「はい」
神楽坂の守を見る目は嬉しさでキラキラと輝いていた。
「大牟田達はどうだ?」
「やはり、我らの企みを探りに来たのではと」
管理官室で、若松と本宮は話していた。
「具体的な作戦を探りたかったが」
さすがに盗聴は言い訳がきかないので、監視カメラで動きづらくするだけにしておいた。
「かっからすい奴らだ」
若松は忌々しいという感じで呟く。
「どうしますか?」
「大牟田はお前が封じろ」
「連れの女はどうしますか?」
「私がモニターでチェックしておく」
「管理官がですか?」
若松自らが動くことに本宮は驚く。
「大牟田が選んだ部下だからな。むしろ女の方が注意すべきだろう」
「わかりました」
「大牟田もなかなか喰えない奴だからな」
あまり納得いかない顔をしている本宮に、若松は言い聞かせるように言った。




