Record No.010 東北調略作戦(1)
「お世話になりました」
守は挨拶をし頭を下げた。
「世話になったのはこちらだよ。君達がいなければこの支部は堕ちていた」
穏やかな笑顔を浮かべ、富士宮は右手を差し出す。
「いえ、大したことはしていません」
守も右手を出し、握手を交わした。
「また会おう」
「はい。では、失礼します」
守は別れを告げ、隊員達の待つ光速道の入り口へ歩み寄って行く。
「やっと東京へ戻れますね」
安心した顔で新橋が言った。
「戻っても大変そうだけど」
渋谷は溜息まじりに口にする。
「まあ戻って考えればいい」
守もいろいろ思う所はあったが、話を終わらせ隊員達を先へ促す。
「第三特務部隊、敬礼」
守の号令で第三特務部隊の面々が静岡支部の隊員達へと感謝の敬礼をした。
「待っているからな」
見送りに来ていた早稲田に上野が拳を向ける。
「そっちこそ死ぬなよ」
早稲田が笑顔でいいながら自分の拳を当て返す。
「大牟田隊長」
隊員達の後に続こうとしたとき、女性隊員が守を呼び止めた。
その声が聞こえた方へと守は振り返る。
「これを」
女性隊員は認識ナンバーが刻まれたタグを守に手渡した。
「これは清水二級兵の」
守が手にしていたのは清水のタグだった。
「彼は大牟田隊長に憧れていました」
涙を堪えながら女性隊員は話す。
「君は?」
「沼津二級兵です。彼とは婚約していました」
「なら、これは君が持っていなさい」
守はタグを沼津に返そうとした。
「いえ、是非大牟田隊長にお持ち頂きたいのです」
そう言って沼津は守の手を押し返す。
「わかった」
強い想いを感じ取った守は胸ポケットにタグをしまった。
「いつか彼の分まで大牟田隊長と共に戦いたいです」
涙をさっと拭って、沼津は握手を求める。
「ああ」
守は力強い握手を返した。
「総司令官、よろしいですか?」
赤い竜が右肩に織り込まれた軍服の男が通信画面に映し出される。
画面の男は守と同世代ぐらいで、ボクサーのようにしまった肉体をしていた。
「どげんした小倉」
総司令官と呼ばれた男は威厳ある声で問い返す。
「名古屋支部が反乱を起こしたそうです」
「そうか」
「ですが一部隊に遅れを取り、今は第三師団と第六師団と交戦しているらしいです」
「なら鎮圧は時間の問題だな」
「総司令官、何故大阪を攻めなかったんですか?」
軽く興奮気味に小倉が問い掛ける。
「天神が何か企んでいるようだったからな」
「天神代表が?」
「俺は中州さんを失脚させたあいつを信用しとらん」
「ですが、あれは中州代表が黒帝軍と内通を図ったのが原因では?」
「天神の策略に決まっとる」
「攻さん、口が過ぎるとですよ」
慌てた小倉はつい普段の口調で話してしまう。
攻と呼ばれた男は守の実兄で、九竜軍機動隊(十二部隊)を統べる総司令官だ。
守より大柄で、無精ひげを生やしたワイルドな風貌をしている。
どちらかと言えば、京橋と兄弟のような風貌だ。
他の軍からは赤竜と呼ばれ恐れられていた。
「翔は心配症(翔)だな」
「ダジャレを言っている場合ですか。誰に通信を傍受されているかわからないのに」
「ははは」
「それと、さっき言った一部隊ですが」
「守の部隊やろ」
「知ってたんですか?」
「これでも総司令官やけんな」
「さすが兄弟というか、一人で千人を退けたとか」
小倉は凄さの余り呆れた声を出す。
「あいつは俺より才能があったからな」
小倉の顔を見て攻はまた笑う。
「何をのん気な。また戦場で会うかもしれないのに」
「会ったら会っただ」
「本当にもう。会っても知りませんよ」
「そのときは斬るさ」
笑顔からすっと真顔になり攻は言った。
「攻さん」
それを聞いて小倉も真顔になる。
「あいつも俺も前の大戦で覚悟を決めたからな」
「そんなこと俺がさせませんよ」
小倉の言葉は強い決意を感じさせた。
「お前、あいつに勝ったことあるのか?」
お茶を口に含みながら攻は訊く。
「ほぼ全敗ですけど、戦います」
ちょっとムッとした顔で小倉は言い返す。
小学校の道場時代から小倉は守にほとんど勝ったことはなかった。
「仕方ない奴だな。なら早い者勝ちだ」
「まったく。本当に守と兄弟なんですか」
軽い口調に戻った攻に小倉はまた呆れた声を出す。
「第三特務隊、只今帰還致しました」
光速道の前で待っていた京橋と表参道に、守と隊員達は敬礼をした。
「ご苦労だった。とりあえず休め」
バンバンと守の肩を叩き京橋はいつものように豪快に笑う。
「痛っ」
京橋の剛力に守は思わず声を出してしまった。
「おい、馬鹿者」
その様子に溜息をつきながら表参道が割って入ってくる。
「誰が馬鹿者だ」
京橋がそれにフンと言わんばかりの顔をした。
「何度も言うがお前以外に誰がいる」
スッと京橋をどかし守の前に表参道は立つ。
「いろいろすまなかったな」
「いえ。軍人ですから」
「悪いが後で俺の部屋に来てくれ」
「ええ、かまいませんが。何かあったのですか?」
表参道が師団長室に呼ぶのが珍しかったので、守は理由を訊いた。
「詳しくは後で話す」
気まずい顔をした表参道は説明をせず立ち去り始める。
「そうだ、京橋総司令官殿も忘れずお願いします」
ふと思い出したように振り返った表参道は皮肉を込めて敬語で話した。
「了解しました」
京橋も感じ取ったのか敬語で返す。
「隊長」
会話が終わるのを待っていた秋葉原が守に声を掛ける。
「ああ、すまない。各自、装備を整理したら自室で休んでくれ。後は秋葉原に任せる」
そう秋葉原に命令し、守は持っていた装備を上野に預けた。
「了解しました。よし、行くぞ」
『了解』
秋葉原の号令で隊員達は特務隊のロッカールームへと向かった。
「大牟田です」
隊長室で着替えた守は第三師団長室に来ていた。
「入ってくれ」
表参道は部屋の前の無線で答え自動ドアを開く。
「失礼します」
返事を確認して守は中へ入った。
「疲れているのにすまんな」
作業を中断し表参道はデスクから立ち上がる。
「いえ、気になさらないでください」
「遠慮せず言ってやれ」
先に来ていた京橋はドカンと一人掛けのソファーに座っていた。
「お前はもう少し遠慮しろ」
「うるさい」
気心知れた面々に互いに遠慮がない。
「大牟田も座れ」
それを立って見ていた守を表参道が促す。
「はい」
守は京橋と向かい合う形で座った。
「それでだ」
表参道も間のソファーに腰を落とす。
「戻ったばかりで悪いんだが」
「何でしょう?」
「東北へ出向いて欲しい」
「東北ですか?」
「ああ」
「任務内容はなんですか?」
「潜入調査だ」
「どういうことだ?」
黙って聞いていた京橋が口を挟む。
「表向きは京橋の使いとして行って欲しいんだ」
「俺の使い?」
「そうだ」
「東北の反乱の噂を確かめる為ですか?」
「ああ」
「こいつの命を何だと思っているんだ」
京橋が声を荒げる。
「俺だってすまないと思っている。だが、信頼出来、腕もあるのは大牟田ぐらいだ」
珍しく表参道も大きな声を出し京橋を黙らせた。
「やってくれるか?」
「断る理由も権限もありませんよ」
「いつも苦労を掛けてすまない」
表参道は深々と頭を下げた。
「気にしないでください」
「お前はお人好し過ぎるぞ」
今度は守の態度に京橋は怒り始める。
「それが自分ですから」
熱い感情を剥き出しにする先輩を守は可愛く感じてしまう。
「それで一人というのも変だからな。誰か一人選抜して行ってくれ」
「わかりました」
「出来る限り確かな情報を手に入れてくれ」
「任せてください」
「何で俺は連れて行ってくれないんですか~」
いじけた態度で渋谷は守にブツブツ文句を言う。
「表向きは戦闘に行くわけじゃないからですよ」
守ではなく、神楽坂が厳しい口調で答える。
「ったく。秋葉原、留守は頼む」
「了解。隊長もお気をつけて」
「ああ。神楽坂、準備はいいか?」
「問題ありません」
神楽坂が返事をした。
「じゃあ行くか」
守は荷物を持ち歩き出す。
「カグちゃん、お土産よろしく」
「旅行じゃありません」
「冗談だよ」
神楽坂は渋谷を無視して守の後に続いた。




