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三話:人々は揃う

「おじゃまします」

「あ、えっと、靴は……」

 理子さんはくすくす笑った。

「そのままでいいのよ。雪はそこのマットで払ってね」

 家の中に入ると、外のものとは全く違う暖気に包み込まれて、一瞬にして眼鏡がくもった。僕は眼鏡を外して、元通りケースに戻す。

 絵のたくさんかかった、長い廊下だった。絵はそれぞれ一定の間隔を保って置かれており、窓の端に被さるときは、その部分だけ枠ごと絵を切り取ってでさえ、その法則は頑に守られている。

 歩いていると、じわじわと耳や指の先が温まってきた。外側だけが早く温まるので、痺れるような、変な感じだ。この感覚は嫌いじゃない。

「今日は来てくれて本当にありがとう」

「いいえ。こちらこそ私をお招きくださってありがとうございます」

 もちろん、ここでいう『招く』とは、パーティーに呼んだ事そのものではない。クロは、依頼という言葉を招待と置き換えた。

 軽々しく依頼などという単語を持ち出して、他の人に感付かれてしまっては元も子もない。幸い、理子さんはすぐに気付いてくれた。

 クロの言葉に複雑な表情で頷き、そして小声で続ける。

 僕ら以外に聞かれてしまうことを考慮してのことだろう。晶一さんと真恢(まひろ)は、二人して大声でまた喧嘩しているので、聞かれる心配はない。

「ええ。――でも本当は、脅迫状の送り主があの中にいないことを証明してほしいの。やっぱり兄妹だもの。お金に固執するような人たちだとも思えないし……」

 その言葉を聞いたクロは、訝しげに少しだけ眉根を寄せた。

「……ご兄妹の調査を依頼されたのに、疑うどころか信じているようにさえ見えます。依頼に至った要因は何ですか?」

「脅迫状の送り主を自分なりに考えると、どうしても彼らの疑いが濃くなってしまうのよ。そもそも私はあんまり人と関わる事がないから、疑わしい人も少ないしね……。仕事上の人々にしたって、ここの住所を知っている人がまず、ほとんどいないはずなのよ。もうほとんど我が家のようなものだけど、ここはあくまでも仕事場だから、親しい人以外には教えていないから。それと、柚子とすずの薦めも大きいかな」

 理子さんは苦笑する。脅迫状なんて嫌なものをずっと送られ続けていれば、疑心暗鬼になるのも仕方がないだろう。たとえそれが、家族を疑う結果になってしまっても。責められるべきなのは犯人ただ一人だ。

「お願いね、探偵さん」

「全力を尽くします」

 相変わらず言い方は素っ気ない。

 でも、それはおそらく、理子さんからの依頼を満たすための最良の方法を考えているからだろう。

 そして丁度、廊下は終わりに差し掛かる。

 玄関と同じ、両開きの扉。柚子さんと涼さんがそれぞれドアの取っ手を握った。

 この館の扉に両開きが多いから双子を雇った、なんてことはあるわけがないが、綺麗に左右対称になったその光景は、この館の雰囲気に妙に似つかわしい。

 二人に引っ張られ、歓待の軋みをあげながら、扉はゆっくりと開かれる。

「当家自慢の大広間よ。とはいえ、ここは元々は別荘だったから、本物の館には負けるけどね」

 理子さんが楽しそうに微笑んだ。

 僕の目線はただ、その大広間に釘付けになっていた。

 テレビの中やホテルでしか見たことのない、細長いテーブル。

 この大広間にも、部屋をぐるりと取り巻くように大量の絵がかけられていて、いくつかの絵の手前に置いてある花瓶は、ご丁寧に絵とまったく同じになるようにアレンジされていた。

 そしてとにかく、広い。

 僕は自分の狭い部屋が何個入るだろう、と考えて虚しくなった。

「うわー、やっぱ広いな、おばさんのところは」

 それまで晶一さんと口喧嘩をしていた真恢が、感心した声をあげる。

 そのまま部屋を見渡していた僕は、ふと、それと目があった。

「!?」

 にやりとした笑みを貼り付けた顔で見つめ返してきたのは、僕と同じくらいの大きさの人形。スーツ姿が妙に不自然だ。

 しかしその朗らかな顔や、白いひげはどうみても――。

「サ、サンタさん?」

「ふふ、可愛いでしょ。うちではクリスマスの後はスーツに着替えて、私の誕生日まで飾っておくのよ」

 怖いです。

「あら、皆来たのね」

 そのとき、部屋の奥から女性の声がした。

 入ってきた女性は、全身を黒い色でコーディネートしていた。歳は20代後半くらいだろうか? 目元が少し、理子さんや晶一さんに似ているかもしれない。

「妹の漆島智(うるしま・とも)です。よろしくね」

 智さんは同じく黒ずくめのクロを見つけると、気が合いそうね、と微笑んだ。

 僕らはぺこりと頭を下げて、軽く自己紹介をする。

「皆集まったみたいね」

 僕は、周りを見回す。

 依頼人、漆島理子さん。

 その兄、漆島晶一さん。

 晶一さんの娘、漆島真恢。

 理子さんの妹、漆島智さん。

 そして双子のメイド、小波柚子さんと、涼さん。

 全員、集まった。この中に、はたして脅迫状の犯人はいるのだろうか。



 理子さんの誕生日パーティーは、おおむね順調に進行した。

 もちろん、色んな人と談笑しつつも、情報収集は抜かりなかった。依頼のことは忘れていない。クロは人と関わるのが苦手だと言っている割に、話術は中々巧みだ。

「何か見当はついたか?」

「帰ってからももうちょっと調査が必要ね」

「帰ってからも?」

「元からそういう計画になってるのよ。今日はとりあえず対面。この情報量が少ない場ですぐ犯人を見極められたら、私の背後には神がいるわね」

 クロの言い分によると、理子さんを脅迫することによるメリットが見当たらないそうだ。

 あえて挙げるとするならば、理子さんが言っていたとおり、現漆島当主の遺産絡みだが、晶一さんも智さんも金銭面で悩んでいる様子はない。それに、直接的な力によって強制的に理子さんが遺産争いから排除されたとして、そのときに困るのは晶一さんと智さんなのだ。遺産争いという状況下で誰かが事件に巻き込まれようものなら、残った者に疑いがかかることは間違いない。

 仮に遺産とはなんの関係もない、怨嗟での脅迫だったとして、同じ理由で今理子さんを脅迫することは得策ではない。要するに、利点どころかデメリットしか浮かばないのだ。

 どうしてこのタイミングで犯人は脅迫状を送ったのか。

 それじゃあ、この場にいる人物以外の犯行なのか? それならば、この館についての情報はどこから得た?

「んー」

 僕なりに頭を絞ってみるが、答えが出るはずもなく。

 やめた。大人しくデザートでも食べていよう。

 食べ物は豪華で、美味しくて、僕が来るのは場違いだったんじゃないかと心配になる。

 もちろん、これだけの大人数。柚子さんと涼さんは忙しそうで、小織さんが手伝いに回っている。一応は客人ということで、柚子さんと涼さんは最初断ったが、「私もメイドをしていますので」という小織さんの言葉が効いたようだ。それでもまだ三人の動きは忙しないもので、僕らも少し手伝った方がいいかもしれない。

「そういえばクロ、柚子さんと涼さんの見分け方、わかったか?」

「ああ……。ざっと見た中で違うところといえば、片方の靴紐がほどけていることくらいかしら」

「そういうのは教えてやれよ」

 まったく、頭はいいくせに、一般常識から微妙にずれている。

「靴紐、ほどけてますよ」

「え? あ、本当。私は姉さんと違ってそそっかしくて……。奥様もきっと靴紐がほどけてたせいで見分けがついたのね」

 小波さんは、靴紐に目を落として、こめかみを下から上にこするような仕草をした。

 姉さんと違って、ということは涼さんだろうか。

 涼さん(推定)は紐を手に取り、素早く蝶々結びを作る。

 ――ん?

「どうかした?」

「あ、いえ……」

 なんだろう。何か違和感があった。

 とはいえ、それはかなり漠然とした、ほとんど直感に近いもので、その正体を突き詰めようとすればするほど、さっきの感覚は本当だったのかどうか怪しくなってくる。気のせいだったのだろう、と思うことにした。

「涼。手が止まってるわよ」

「あっ、ごめんなさい」

 てきぱきと手を動かしながら、小波さんが声をかけた。涼、と呼びかけたので、消去法で柚子さんだ。

「何か手伝えることはありませんか?」

 僕の申し出に、柚子さんはゆるりと首を振る。

「ありがとう。でも、お客様に手伝わせるわけにはいかないわ。そうだ、後でいいところに案内してあげる。氷鉋さんは本が好きみたいだし、きっと気に入ると思うわ」

 横で聞いていたクロが、ひょいと顔を上げた。本好きが気に入るということは、少なくとも本に関係する部屋だろう。書庫か何かだろうか。

「でも……」

「それに、仕事を邪魔しちゃいけないですもの」

 そういえば、理子さんが依頼に踏み切ったのは、柚子さんと涼さんの薦めもあったと言っていた。当然、事情は知っている。

 結局その場は、柚子さんの好意に甘えることになってしまった。

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