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二話:主人は招く

「山奥とは聞いてたけど、ずいぶん遠いんだな」

 あれから一週間。僕らは車に揺られながら、ひたすらに山の中を進んでいた。向かう先は、依頼人、漆島(うるしま)理子氏の家。

 運転手は小織(こおり)さんだ。家事全般からヴァイオリンまでなんでもこなすこの人は、運転まで出来るらしい。しかも、結構上手い。

 ……これだけ能力があれば、働き口なんていくらでもあっただろうに、なんで氷鉋(ひがの)家のメイドを選んだんだろう?

「あ、兎」

 唐突にクロが指差した。

 車酔いを起こしてしまうため、今は本を読んでいない。

「え? どこ?」

「そっち。木の脇に足跡があるでしょ?」

 僕はあたふたと、慌てて眼鏡を取り出す。

 しかし、急いでかけたとはいえ、車の外にずっと同じ景色が広がっているはずもなく。

「あー……。遅かったか」

「残念ね」

 いたわっているようには全然聞こえないが、こういう奴だ。

「眼鏡なんてかけてたの?」

「たまにな。授業中とかだけ」

 ゲームのやりすぎでかなり視力が落ちてしまった。当分は自粛しないとな。

 だがまあ、しかし、そう悲観することもない。なんていったって、最近は眼鏡男子がはやっているそうじゃないか!

「……変な夢は見ない方がいいわよ」

 ほっといてくれ。

「まだかしら……中々暇だわ。かといって本を読んだら酔うし」

「もうすぐですよ。あ、ほら、見えてきました」

 小織さんの示した方向を、僕は窓に頭をくっつける様にして覗き込む。

「え?」

「赤い屋根が見えるでしょう? それですよ」

 いやいやいや。確かに赤い屋根は見える。眼鏡をかけているので間違いない。でも、あれは家というより。

「館!?」

 そう、依頼人宅はどう見ても、どう考えても館だった。

 安易に家と呼ぶのは、はばかられる。

 氷鉋邸だって大きいが、この館はそれを遥かに凄いでいた。

 この館に漆島さんとお手伝いさん二人の三人暮らし? なんと贅沢な。

 漆島の名も伊達じゃないということらしい。

「っ!?」

 僕が漆島さんの館にため息をついた、その時だった。

 小織さんが急ブレーキを踏む。衝撃で僕は前につんのめる。とっさにクロの方へ腕を伸ばしたが、間に合ったかはわからない。

 冬道であまりスピードは出していなかったのが幸いだった。

「どうしたんですか?」

「すみません、道路脇から突然――」

 鹿でも飛び出してきたんだろうか?

 フロントガラスへ顔を戻した僕は、事態を理解する。小織さんの次の言葉を待つまでもなかった。

 単純なことだ。これでは誰だって急ブレーキを踏んでしまう。

 ――車の前には、腕を広げて仁王立ちする人の姿があったのだから。


 *


 その人物は、運転席に向かって歩いてきた。僕やクロと同い年くらいだろうか。短い髪。真っ白な雪の中で、迷彩柄のジャケットが目を引いた。

「ちょっとお訊ねしたいんですが」

 その声で、相手が女の子だとわかった。服装や髪型のせいで、外見だけでは男と見間違えてしまう。

「この辺に漆島って人の家があるらしいんですが、知りませんか?」

「……」

 小織さんが少し言い辛そうに赤い屋根を指差す。

「あの赤い屋根の建物です。私たちも今行くところなんですが……」

 その言葉を聞くやいなや、女の子はぐりんと凄い勢いで横に顔を向けた。横――僕らから見れば前方に位置する、赤色の車まで。

「親父!」

 車の中の人物が、慌てた様に外へ出てくる。大柄な中年の男性だった。親父、と呼びかけたところを見ると、あの子の父親だろうか。

 女の子が怒りながら、漆島さんの館を指差すと、参ったというように頭を抱えた。

 男性は小織さんに頭を下げる。

「すみません、酷い方向音痴でして……。これから漆島の家に行くところといいましたね? 招待客の方ですか?」

「はい、小織といいます。後ろの方々は――」

「そうでしたか! 私は理子の兄で、漆島晶一うるしま・しょういちといいます」

 小織さんの言葉を最後まで聞かないうちに、男性はぱっと顔を輝かせて、そう言った。

 漆島?

 小織さんが僅かに驚く。僕もだ。

 とはいえ、僕らの他には兄妹、姉妹しか招かれていないはずだから、漆島さんの館に用があると聞いた時点で、兄妹であると気づいても良かったかもしれない。

 依頼人の兄――脅迫状の送り主と疑われている人物の、一人。

「気さくな人、って感じの印象だけどな。どう思う? クロ」

 見かけで人は判断できないということは、今までの事件で嫌と言うほど思い知らされているのだけれど。

「……シロ」

「ん?」

 何故か下の方から声がする。

 あ。忘れてた。

 振り向くと、僕に思い切り頭を押さえつけられて、窮屈そうにしているクロがいた。

「……急ブレーキで危ないかなーと」

 慌てて手を離し、距離を取る。クロは無言だった。――無言だが、視線が針のようだ。

 なるほど。確かに、目は口ほどにものを言うらしい。

「悪い悪い。……すいません」

 なんだか最近、どんどん僕の立場が弱くなっているような気がするのは気のせいだろうか。

「どう思う? も何も、外なんか全然見えなかったわよ」

 文句を言いつつ、クロは窓の方を向いた。丁度、小織さんとの話を終えた晶一さんが、自分の車に戻っていくところだ。

 クロは猫のように目を細めて、じっとその様子を見つめる。視覚から得た情報を、記憶へと記録する。

「かなり体格がいいわね……。雪の分を差し引いても180くらい……。がっしりしてるけど、太っているわけじゃない。筋肉質? ジャケットの分があるし、後ろからだから正確には言えないけれど、何か格闘技の心得がありそう。それも、現役レベルで」

「へえ……」

 晶一さんについて、それだけのことをクロは一瞬で見抜いてみせた。やはり、ホームズとワトスンでは目が違う。 

「小織さんに言ったのよ」

「ぐっ」

 結構根に持つタイプなんだよなあ、こいつ。


 *


 ――もし。

 僕が超能力者でこの後の事を予知できたなら。そうしたら、僕はこの館には入らなかったかもしれない。或いはそれでも入ることを選んだのかもしれないが――。

 僕はここに入ってはいけなかった、というのが正しかったんだろうと思う。

 

 *


 車を降りると、痺れるような寒気が体を刺す。痛みを伴う寒波。刺す、という表現はあながち比喩というわけでもない。

 先に車を降りていた晶一さんが、笑顔で僕らに再び礼を言った。

「いやあ、ホントにありがとうございます。いつまでも迷っているところでしたよ。おや? そちらの方々は……」

「まったく、そそっかしいんだよ親父は。さっき道を教えてもらった時に、えーと……小織さんが紹介してくれようとしたのに、さえぎって自己紹介なんか始めちゃってさ」

 晶一さんの娘さんらしい女の子が、不機嫌そうにそう言った。そういえば、この子の名前も教えてもらっていない。

氷鉋黒羽ひがの・くれはです」

「あ、立森司狼たちもり・しろうです」

「俺は漆島真恢うるしま・まひろ。呼び捨てでいいよ。14だけど、同い年?」

 クロが簡潔に頷いて返事をすると、真恢は嬉しそうに破顔した。そういう表情は晶一さんにちょっと似てるかもしれない。

 雪の厚く降り積もった中にある、一筋の雪掻きされた道を辿っていくと、館の入り口に出た。

「間近で見ると一層凄いな……」

 ホワイトハウス?

 洋風の外見が雪のせいで白くなって、余計にそう見える。

 小織さんが代表してインターホンを押した。こんなに大きな館でも、インターホンは普通なのだから、変な感じだ。

 ――なんだか、初めて氷鉋邸に行ったときみたいだな。

 あのときは、氷鉋という字が読めなくて、20分ほどうろうろと迷ってたんだっけ。

 そうやって回想に浸っているうちに、インターホンから返事があった。

「氷鉋、立森、小織です」

「かしこまりました。今お開けいたします」

 数秒後、門の奥から鍵を開ける音がして、観音開きの扉が開いた。

「いらっしゃい、探偵さん。どうぞ上がって」

 中から出てきたのは、シンプルな紅いドレスに身を包んだ女性だった。僅かにカールしている薄茶の髪の毛がドレスの色に映えている。

 年齢は30から40くらいだろうか。なんとなく所帯じみたところがない、自由奔放な雰囲気は、見ようによっては20代にも見せてしまう。

 もしかしてこの人が……。

 それに応えるように、女性は僕らに微笑む。

「私が漆島理子よ」

 クロが代表して、前に出て挨拶をする。

「氷鉋です」

 パーティーということで、僕らも一応は正装だ。僕は無難に制服のようなブレザー姿で、クロはいつものように、黒い色で決めている。

 僕はちらりと迷彩柄のジャケットを羽織った真恢を見た。真恢は漆島一族だからいいんだろうか……。

「奥様! 私たちがお開けしましたのに……」

 ぱたぱたと、奥から誰かが走り寄って来る音がする。

「いいのよ、近かったから。――紹介するわ、探偵さん。うちでメイドをやってもらってる、柚子とすずよ」

「ようこそいらっしゃいました」

 その綺麗にタイミングの合わさった言葉は、二人分。

 少し袖の膨らんだ、裾の長いエプロンドレスが目を引く。髪は後ろで邪魔にならないようにまとめてあり、正確な長さはわからないが、ほどけば結構長いんじゃないかと思う。

 扉を開けたのは、二人のメイドさんだった。――外見の、まったく同じ。

 依頼人の他にお手伝いさんが二人いると聞いていたけれど、まさか双子だったとは。

「小波と申します。何か不自由がありましたら、お申し付けください」

 柚子さんと涼さんは僕らに向かって一礼する。

 隅々まで揃えられた動作だ。しかし、ここまでぴったりと息が合っているのは、訓練によるものというよりは、双子という生来の要素によるものなんだろう。

 同じ人間が二人いるのではないかという錯覚。二人を見分けるのは至難の業だ。

「左が姉の柚子で、右が妹の涼。そうよね?」

 小波さんは頷いた。

 ええと、右にいる、今こめかみを軽く擦るような動作をしたのが、柚子さんで……。ん? 反対か。涼さんだ。

 メイドという職業柄、服装や髪型も同一なので、余計に見分けづらい。

 僕がじっと二人を見比べてみても、共通点は山ほど見つかりこそすれ、違っているところはまるで見つけられない。

「漆島さんはいつも、どうやって見分けているんですか?」

「そうねえ、私は……やっぱり秘密にしておきましょう。ここにいる間に考えてみて」

 理子さんはいたずらっぽい微笑みを浮べて、僕とクロにそう言った。

「二人は本当にそっくりだから、長い間一緒にいる私でも、たまに間違うくらいなの。探偵さんがどうやって見分けるのか、興味あるわ」

 クールそうに見えて、クロは中々に負けず嫌いだ。この手の挑戦を受けないはずがない。

 理子さんの言葉を快諾しながらも、双眸は既に、観察と分析を始めていた。

「さあ、こんなところで立ち話もなんだから、入って入って。寒いでしょう」

 実を言うとかなり寒かった。赤くなったむき出しの耳は、寒波にそのまま千切れてしまいそうで、僕らは素直にお言葉に甘えることにした。

「おじゃまします」

 かくて僕らは、雪山に佇む銀色の館に、自ら足を踏み入れることとなる。

大変間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

徐々に時間が取れつつありますので、更新頑張ります。

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