三回戦第二試合 一神対四家
教師の枕元から零はゆっくりと立ち上がった。
ダガーについた血を払い、ブレーザの裏にしまうと、おもむろに腰に手を回しベルトを外しだした。
外したベルトを腕に巻きつけるときつく締め上げ、刺さったナイフを引き抜いた。
痛みを感じた様子もなく引き抜くと、ナイフを床に投げ捨てる。
「……零」
私は零を呼びかけ近づいていく。
「あん?」
声に反応し振り向くと、私に鋭い視線を送ってくる。
「零は無痛症ですか?」
「……いいや」
少し考えると、手櫛で髪を掻き乱し、上げた前髪を下ろす。
痛みを感じない様子から無痛症と判断したがどうやら違うようだ。それならば答えは別か。
「モルヒネか何か薬物を摂取しているのですか?」
「……五十点だな。どうした気になるのか?」
気になるわけではない。聞ければ幸い、その程度の問題だ。
もしも無痛症であるならば決勝戦で当たった時に致命傷と判定する段階が変わってくるだけの話だ。
社長からの任務を達成する確率を高めるために言っただけであり、もし聞かされなくとも一撃で絶命させればいい。
私の質問に零は今五十点と答えた。それならば何が正解で何がはずれなのか。モルヒネではない他の鎮痛作用を持った薬物を使っているのか?
零の特徴は瞳孔の広がりと筋力の増加、痛みの欠如が見て取れた。その作用がどちらもある薬物ならば何があったか考える。
私は社長に教えられた薬物の知識を思い出す。そして零の症状に一致するものを思い出した。
「エンドルフィンの過剰抽出による中毒症状ですか」
「……良く知っているな」
これは百点に近い回答だったようだ。
エンドルフィンは脳内麻薬であり、効果はモルヒネ同様に痛みの中和を行う物質だ。しかし実際には脳内から発生する分量では刺された痛みを中和するような力はない。それならば考えられるのは過剰放出によるものだろう。
そして力の上昇と瞳孔の拡大。あれはアドレナリンの過剰分泌によるものだろう。通常人間はアドレナリンの分泌を自信の力では完全には行えない。それを零はエンドルフィンの過剰抽出状態を起こし、脳の制御機能を麻痺させ力を出していると言うところか。
「特異体質なのですか?」
「……」
零は押し黙り私の目を覗き込んでくる。
「親父にPTA が騒ぎ立ててるような訓練をさせられているうちに、体がぶっ壊れ続けたら次第に脳味噌まで壊れちまったんだよ」
「体に問題はないのですか?」
体で精製される脳内麻薬といえど 麻薬は麻薬。血管の破裂や、腎機能の低下があるはずだ。
「……」
零は押し黙り、私の目を覗き込んでくる。
「問題はあるな ……」
「なら、なぜ治療しない? 零の力があれば、脳内麻薬になど頼らなくても十分この世界で生きていけるはずです」
「お前には分からないだろうな。なあ、一神。お前はなんのために戦う?」
「それが任務だからです」
「じゃあ、なぜこの死屍柴ヒルイの後継者争いに参加したんだ?」
「それが任務だからです」
この質問にも同じ答えを返す。
私の答えに零はフッと笑った。
「やっぱりお前には分からねえだろうな」
私にはなぜ零がそう言ったのかも分からなかった。何か答えが来るかと思い、待っていたが答えは返っては来なかった。
それならこれ以上待つ必要はない。
零が脳内麻薬を精製しているのが分かっただけで対処は可能だ。
自身の頭で、零との戦闘をシュミレートし導き出す。勝率六十パーセントと言うところか。
私が零との戦闘をシュミーレートしていると、壁がゴゴゴっと音を立てながら開いていった。十大組織長が揃ったと言うことか。
音につられ私含め候補者が視線を移すと、開かれた壁の先には十大組織長と狩谷氏と生きる伝説とまで言われる死屍柴ヒルイ氏が鎮座していた。それぞれの組織長の顔を確認していくと、我が黒百合の長、橘社長が私に笑みを送った。
社長問題ありません。私はこの任務を真っ当致します。
私が社長から上座に鎮座するヒルイ氏に視線を移すと、ヒルイ氏も笑みを送ってきた。その瞬間私の手がじっとりと濡れたのが分かった。緊張・恐怖・威圧。久しく覚えていなかった感情を呼び戻されたのが分かった。
これが死屍柴ヒルイ。社長が唯一首を取ることが出来なかった人間か。
「どういう事ですか? なぜうちの五郎丸が倒れ……審判である百鬼さんが死んでいるのでしょうか?」
十大組織でも新参者である門脇氏が言った。
「百鬼は俺が殺った」
零は答えると前に進み、狩谷氏の前で立ち止まった。
「三月と八王寺の二人を殺したのは、コスモス情報調査局の百鬼でした。そして、百鬼が五郎丸をも手にかけたので俺が処分しました。問題はありますか?」
「……ご主人様、問題はありますか?」
狩谷氏は振り返りヒルイ氏に答えを求める。
「いいや。零は自分の使命を全うしただけの事、問題はないじゃろう」




