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死屍柴ヒルイの後継者  作者: 也麻田麻也
三回戦 零対八王寺
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第三回戦 零対梔子

 あぁ、イラツキが治まらない。


 こいつを見てるだけで、血圧が上がっていくのが分かる。心臓の脈動も早まり、瞳孔が広がっていく。あぁイライラする。こいつは……この世界の住人はなんでこんなにも俺をイラつかせるんだ。


 イラつきが怒りに変り、そして何でも良いからぶっ壊してやりたい破壊衝動に変わった瞬間……俺は急激に冷めた。


 ああ、来た。

 この感覚だ。


 沸騰した頭が急激に冷却され、今では冷水のように冷え切っていた。すると、俺は梔子に何も感じなくなった。


「おい。もういい。これ以上話すのは時間の無駄だ」


 俺はダガーを梔子に向かい投げる。呼び動作なしで手首のスナップと腕の振りだけで。


「……ッ!」

 驚きながらも梔子はペーパーナイフで払い落とす。虚を着いた攻撃だったが、さすがは梔子と言ったところだろうか。けれど、俺はこの一投で決めるつもりは微塵もなかった。俺の目的は梔子の動きを止めることだ。


 投擲されたナイフに梔子が反応した瞬間俺は駆け出した。向った先は倒れた五郎丸の元だ。

 五郎丸の側まで駆け抜け俺は梔子を見据えながら、五郎丸に話しかける。

「生きてるか?」


「……なん……とかな……」

 出血量も酷く、息も絶え絶えと言った感じだった。


「そうか。じゃあよ、お前にいい物を見せてやるよ」


「……いい……もの?」

 呼吸は荒く、言葉を聞き取るのが困難なほどだった。


「ああ、今からお前に見せるのは……俺の……化け物の全力だよ。だからよ……お前の武器を借りても良いか?」


「……ああ」


「サンキューな」

 俺は五郎丸の横に置かれたハンマーに手を伸ばす。腕にズシリと重量を感じる。重いな。だが、普段の俺なら持って自在に振り回すのは困難だろうが、今の状態なら可能だろう。


 俺は右手一本でハンマーの中ほどを握り、残った左手をブレザーの裏側に入れ、三本のダガーを取り出し、それぞれを指の間で握りこむ。

 まるで、拳から長い爪が生えたような状態だ。

「梔子……終わりにするか」


「終わり? それはどっちの終わりなんだ?」

 梔子は両手にペーパーナイフを握り締め、俺に射殺すような視線を向けてきた。


「すぐに分かる」


 俺の言葉を合図に梔子がペーパーナイフを投擲した。

 速い。

 速いが……払えない速度じゃない! 


 俺はハンマーを振り回しナイフを弾く。重量と硬度と今の状態の俺の腕力が合わさり、ハンマーが触れた瞬間、ナイフが粉々に砕け散った。ナイフは指先に触れ砕け散るシャボン玉のように脆かった。

 梔子は俺に駆けながらも、開いた手をジャケットに突っ込みナイフを二本取り出し、今度は二本同時に投擲してきた。狙った場所は胸と足だ。


 二本だろうが三本だろうが関係ない。

 俺はハンマーを叩き下ろし、二本同時に粉砕する。


 ここまでは梔子の読みどおりだろう。ハンマーを短く持ち、振りやすくはしたが、それでも四十キロの重量のある物体だ。簡単に追撃には移れないだろう。

 そう予想したはずだ。

 だから梔子は動きを止めずに突っ込んできた。視線は俺の左手に握られているダガーにだけ向けられていた。


 梔子は俺の右斜め下に潜り込み、脇腹目掛け鋭い突きを放ってくる。この位置からならばダガーの反撃も届かないそう考えたんだろう。そしてハンマーもすぐには振るえないだろう。


 梔子の読みは当たりだった。

 ハンマーを振るっても梔子の体に到着するのは俺の腹に刺さってからだし、ダガーも当たる位置ではない。


 けれど……俺は元からこのタイミングでダガーを投げる気はなかった。


 梔子は間違いなく強い。

 親父と互角の強さを持っているんだろうな。


 けれど……こいつは知らないんだろう。俺が……親父を超えているって事を。


 俺は体を屈めペーパーナイフを腕で受け止める。


 肉を貫く感触が腕に走るが、俺は構わずに梔子に体ごとぶつかる。

 梔子の重心がずれた瞬間、反転しながら梔子の顎目掛け三本のダガーを下から上に手首のスナップを使い投擲する。


 ほぼ真下からの攻撃ではあったが梔子は瞬時にナイフから手を離し、後ろに飛びながら頭を反らしダガーを避ける。顎先に三本の線を作りながらもダガーは的には当たらずに飛んで行き高い天井にぶつかりカキンと音を立てる。


「終わりだ!」

 俺は最後の投擲物であるハンマーを持てる力を使い、サイドスローで全力で投げつける。

 四十キロの物体が猛スピードで迫る。触れれば骨が砕け、体が爆散するような鉄の塊が。


 しかし、梔子はまるでリンボーダンスをしているかのように体を反らしハンマーを避けた。


 普通ならばよけられるような速度ではないと言うのに、さすがは元死屍柴ヒルイの従者なだけはあるな。

 俺が腕を刺されてまで作り出したこの改心の一撃を避けるなんて。予想通りの腕の持ち主だ。


 予想通りの腕しかない持ち主だ。


 梔子は上体を戻した瞬間、目と口を大きく広げた。

 驚愕したんだろう。


 そして、その開いた両目と口にダガーが深々と突き刺さる。


「かっ……あぁ――――」

 梔子の口から短い悲鳴が上がる。


 俺はハンマーを投げると同時に、天井に反射し落ちてきた三本のダガーを掴んで投擲をしていた。もしあの時梔子が俺の予想を大きく上回る行動を取っていたのならこの攻撃は防がれていただろう。


 けれど、あいつは俺の予想通りの強さだった。死屍柴ヒルイの従者である狩谷……俺の親父と同程度の強さしかなかったから、親父の出来なかった事をする為に育てられた俺には勝てなかった。


 俺と梔子の差は、何を見ていたかの違いだ。


 両目と口に刺さったナイフを引き抜き、俺は血の涙を流す梔子を見下ろし、梔子にだけ聴こえるよう小さな声で話しかける。


「梔子……お前に一つ言わせて貰う。お前は失格だ。死屍柴ヒルイの従者になるのは……お前じゃない。従者になるのは……俺だ。……異論はあるか?」


 梔子から返事はなかった。


 何の異議も申し立てては来なかった。


 当たり前の事か。


 死人に口なしって言うのだからな。

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