第三回戦 零対百鬼2
百鬼が二本のナイフを投擲する。二本同時に弾けないと瞬時に判断し横に飛びそのナイフをかわす。
と、百鬼は俺の着地のタイミングでもう一本のナイフを投げてきた。
「チッ!」
舌打ちしながら俺は迫り来るナイフに握ったナイフを飛ばし軌道を変える。
強い。実戦経験の数はそんなに多いとは言えないが、それでも間違いなく今まで実践で戦った人間の中でも最上位の敵だった。
下手したら親父と互角かもしれないな。俺は無意識にかき出した額の汗を袖で拭う。
「お前の強さは感嘆に値するぞ。さすがは狩谷さんの推薦者だ。お前ならきっとヒルイさんの二代目を継いで、この裏世界の楔であり防壁になれるはずだ。そのために俺は力を貸すぞ。お前の片腕としてな」
「あんたが片腕になるくらいなら俺は隻腕で十分だよ」
両手をブレザーの背中側に回しナイフを二本取る。俺のナイフは計十本。このままじゃ弾切れになるな。どこかで隙を作り出し勝負を決めるしかない。
「お前は何も分かっていないな。ヒルイさんのような超越者には様々な災いが降りかかってくるんだ。その全てを処理させ、お手を煩わせてはいけない。その為には優秀な従者と言う名の片腕が必要なんだよ。狩谷さん叱り……俺のような存在がな」
俺のような存在。その言葉ではっきりと分かった。こいつの正体が。いや、はじめから気づいてしかるべきだったんだ。
百鬼はまたナイフを取り出した。
グリップはカーボン製の薄刃のナイフを。俺のダガーとは違い、投擲には向かないような片刃の……戦闘には向かないような……ペーパーナイフを。
「お前さ……梔子だろ?」
名前を呼ぶと、百鬼は笑みを消し観察するかのように俺を見てきた。
「よくわかったな」
「切れすぎるペーパーナイフを使っている馬鹿はそうそう居ないからな」
切れすぎるペーパーナイフは死屍柴ヒルイの従者の証。死屍柴ヒルイの片腕狩谷の獲物。
「……馬鹿だと?」
怒りの色を露にする。
「俺を馬鹿呼ばわりするのは構わない……けれど、俺の憧れである狩谷さんまでも馬鹿にすると言うのなら……狩谷さんの推薦者といえど……腕の一本や二本奪い取るぞ」
百鬼の俺を見る目が変わった。
さっきまでは厳しく接する教師のようなどこか俺を心配するような目をしていたと言うのに、今は親の敵を見るような敵意と殺意に渦巻いた目をしていた。
「腕の一本や二本か。じゃあ俺はあんたの命を一つだけ貰おうか」
「餓鬼が思い上がるなよ。お前がどれだけ優秀だろうが……俺に勝てると思ってるのか? ヒルイさんの跡を継ぎ、才能を磨かれ鍛えられた二年後三年後ならいざ知らず、二年間ヒルイさんと死線を潜り抜けてきた俺に、今のお前程度が勝てると?」
「勝てると思うぞ。お前が梔子だって言うんなら……俺は確実にお前を殺す」
俺はダガーを上に投げ、髪を掻き揚げる。目つきの悪い目が強調されて好きではねえが、これで視界がすっきりとした。ダガーをキャッチし、人差し指と中指を立てて握り直す。
「お前……」
梔子が目を見開き俺を見つめる。
怒りが消え、顔には驚きだけが表れる。
似ているんだろうな、髪を上げた俺は親父そっくりらしいからな。
「梔子……八年前にお前が死屍柴ヒルイの従者を辞めさせられた時、何をしでかしたか覚えているか?」
「……ッ! 覚えているさ。忘れられるはずないだろう。俺は狩谷さんよりも優秀だった筈なのに辞めさせられるのは納得がいかずに……ヒルイさんに認めて貰うために……西の殺し屋の首を百以上も取ってきたんだぞ! それなのに俺は従者に戻るどころか、ヒルイさんに顔が変形するほどの力で殴られ、東日本から追い出された! なぜだ? 俺の何が間違っていたというんだ!」
「間違いしか犯してないんだよ。十年前に死屍柴ヒルイが西の精鋭二十人を返り討ちにし、西との戦争はそこで一段落したんだよ。それをどっかの馬鹿が西の殺し屋を殺し捲くったせいで火種は燃焼し……戦争の日々が戻ってきた。従者が腕を一本失ってでも勝ち取った平和をお前が乱した。だから殴られたんだよ」
「俺は……間違ってない! 死屍柴ヒルイは東日本の楔であり防壁だ! そしてその従者は片腕だ。ヒルイさんの腕になるならば強さが必要なんだ。圧倒的な強さが、何もかもを蹂躙できるほどの強さが! 俺にはそれがある。だからこそ、俺はヒルイさんの片腕に相応しいんだ!」
そう叫ぶ梔子の眼は澄んでいて、嘘偽りがないことが分かった。
あぁ、イライラするな。こいつは本気でそう思い行動した。
一切迷いがなかったんだろうな。顔の形が変わるほどの力で殴られてなお、自分の間違いに気づいてねえ。
盲信者は無知な馬鹿よりもずっとたちが悪いな。
「お前はもう喋るな。もういい。お前には先が見えてねえ」
「先?」
ポツリと呟くように聞き返す。どうやら何も分かってねえようだな。
「死屍柴ヒルイが何のために戦うかがお前には分かってねえ。だからお前は追い出されたんだよ」
「……俺は追い出されてなんかない。俺は……俺は……ヒルイさんのために西日本を調べに行っていただけだ!」
現実から目を背けやがって。どんだけ馬鹿なんだよ!




