ホームルーム3
「それでは、一番の候補者来てください」
一番が立ち上がると、何人かの生徒の目が見開かれた。
床や机は小学校のものから、普通の高校で使われる木とパイプで作られたいたってシンプルな机に変えられたが、一番は椅子を引いて立ち上がっても一切の音を立てなかった。無音。殺しを行うものには必須のスキルだが、あの椅子を引いて音を出さないとは、やはり只者ではないな。
「どうぞ」
一番は足音を立てずに教卓まで来ると、手錠を俺に手渡した。声は感情のない目同様無機質なものだった。
手錠は手首を関節でも外してすり抜けたのか、無傷で閉じられたままだった。俺は受け取り、教卓の中にしまう。
「今武器を持ってくるから待っていてください」
巨大冷蔵庫のような金庫を開け、一と書かれたゴルフバックを取り出し、教卓の上に置く。
「中身を確認してもらいます」
ゴルフバックを開けていくと手元に視線が注がれた。どんな武器を使うのか興味津々と言った感じだ。
プロになれば武器にこだわるようになる。はじめはナイフや拳銃を愛用するもんだが、自分のレベルが上がってくると、より自身の戦い方にあった武器を選ぶようになる。俺の特殊警防もそうだな。護衛として守る立場になり、目立つ武器や、充填の必要な銃を選ばなくなった。
そもそもトップクラスの技量を持つ裏の世界の住人が拳銃を愛用するはずないか。撃って当たれば致命傷だが、狙いを定めてトリガーを引くまでのわずか十分の一秒ほどの時間で躱されてしまうからな。
ゴルフバックを開け終え、俺は中から資料で見て戦慄した武器、直刀を取り出した。
漆黒の鞘と漆黒の鍔に漆黒の柄。闇夜に溶けてしまいそうな漆黒の刀だ。刀身の長さは三尺(九十センチ)以上あり、大太刀に指定される部類のものだろう。重量も相当ありそうだ。ここまで長大なのに、反りは一切なく、どうやって抜くのか疑問に思ってしまう。これで持ち主が二メートル近い大男ならまだ握る姿が想像できるが、一番は資料では、身長百七十センチしかない。どうやって抜くかも、どうやってその体格で扱うかも想像出来なかった。
「……これで間違いないか?」
「はい」
刀を手渡すと、表情一つ変えずに頷いた。
一番は男子生徒の中では最も背の低い百七十センチで、前髪と襟足が少し長めの黒髪の少年だ。グレーのブレーザーを着崩す事無く身に纏い、しっかりと赤いネクタイも締めていた。薄いフレームの眼鏡もあいまってか、優等生に見える。いや、本当に優等生なんだろう。裏の世界の優等生。それは殺す力が高いものを指すんだから。歳は俺より十歳若い十八歳だが、明らかに俺よりも落ち着いた雰囲気をかもし出している。
「それじゃあ、偽名を発表します。皆さんも一緒に頭に入れてください。名前は『一神』です。一つの神と書いて一神」
「分かりました。私は今から一神として生きます」
仰々しい返事だな。
「ありがとうございます。それじゃあ刀をしまい席に戻ってください」
一神が音もなく戻るのを確認する。
「それじゃあ、二番の人来てください」
「はいはいはーい」
ガラガラと音を立て、椅子から立ち上がった。
「いやー。うちの長から、自分の番が来るまで喋るなって言われてたから、息苦しくて辛かったよー」
語尾を伸ばしながら二番は楽しそうに笑い駆け寄ってきた。
その足取りは重力を感じさせないほど軽かった。
二番は金髪の少女だ。肩に掛かるほどのストレートの髪の前髪部分だけを、眉の上でぎざぎざに切りそろえた髪型だ。年齢は十七歳。背は百六一センチで、女性としては高めのほうなんだろうが、手首も細く、一見か弱そうだ。制服は男子と同じ配色のブレザーにスカートだが、丈をこれでもかと言うほど短くしている。
男子のネクタイに替わり、女子はリボンを付けることになっていたのだが、付けずにシャツのボタンをあけ胸元を曝け出していた。でかいな。ちなみに資料には胸のサイズは乗っていない。
「ほい。これ手錠だよー。何これ、百鬼先生の趣味? 拘束プレイとか好きなの? あっ学校だから、校則プレイかなー」
笑いながら手錠を渡してくる。手錠は一神同様無傷だった。
「ヘアピン付けてれば開けられたんだけど、今日は付けてなかったから抜けさせてもらったよー」
「……手錠はヒルイさんの案で用意しました。俺はいたってノーマルなんでそんな趣味はありません」
「へー。そうなんだー。百鬼先生の目って二面性がありそうだから、てっきり変な趣味があると思って、仲良くできそうだなーって思っていたのに、残念だよー」
「……ありませんから」
と答え、教卓の中に手錠をしまう。
「それじゃあ武器を持ってきます」
やはりこいつは資料通りぶっ飛んでいるな。ヒルイさんの後継者を選ぶ場だというのに……本当の学校のように、楽しそうにしていられるなんて。いつ殺し合いが起きても可笑しくない場だというのに。
金庫から二の札のゴルフバックを取り出す。それはさっきの一神のものよりもはるかに軽かった。ゴルフバックを開け、中に納められた武器を取り出す。
「……ハサミ?」
一人の生徒が呟いた。
茶髪のサラサラヘアの少年はハサミと言ったが、手に取ったそれの重量はハサミを持つ時とは大違いだった。
直刀よりははるかに軽いが、大振りのナイフを持った時のような重量が手に伝わる。
写真だけではイメージ出来なかったが、これは断じてハサミなんかじゃない。楕円形のグリップの付いた両刃の細いナイフを鉄の杭で打ちつけ、ハサミの形状に似せた武器だ。刃渡りは二十センチほどだろう。こんな武器でどうやって戦うのか想像も付かないが、この少女はこの武器で二位に位置するほどの戦果を挙げている。はっきり言って化け物のような女だ。
「……これで間違いないか?」
「間違ってないよー。それがうちのチョッキンちゃんだよー。人を斬れる刺せる、その上前髪まで切れちゃう優れものー」
ハサミを手に取ると、前髪を器用に切り出した。こうやってギザギザの髪形を作り上げているのか。
「……君、教室で髪を斬るのは止めなさい」
「おっ、校則違反だったかなー。ごめんなさい」
笑いながら答えると、グリップの輪に指をかけ、くるくると回しだした。謝りはしたが反省はしていなさそうだ。
「分かればいいよ」
こいつの相手をする自信がなかった俺は、さっさと席に戻ってもらうことにした。
「それじゃあ君の名前を伝えます。『二ノ宮』。二にカタカナのノに宮殿の宮で二ノ宮」
「二ノ宮かー。じゃあみんなニノちゃんって呼んでねー」
「……」
俺を含め誰も返事はしなかった。そりゃそうだろう。これから殺し合うかも知れないのに、そんな友達感覚で呼べるはずもない。
「乗り悪いなー」
二ノ宮は笑って言うと、ゴルフバックを手に取り席に戻った。
「……次の生徒、三番お願いします」
「……」
三番の生徒は返事をせずに静かに立ち上がり教卓の上に手錠を置いた。手錠はひしゃげていて、そこから腕を引き抜いたんだろう。相当な怪力だ。三番の少年は身長百七十七センチの細身の体格だ。いや、写真では細身に見えたが、この距離で見るとよく鍛えられているのがわかった。極限まで引き絞った筋肉の鎧を纏っているという感じで、服を脱げば凄そうだ。
髪は黒髪の長髪を真ん中で別けていた。手首には黒いゴムがブレスレットのようにはめられており、お洒落じゃなければ髪をくくるために使うんだろう。顔立ちは整っているが、目だけは猛禽類のように鋭く、野性的な雰囲気を醸し出していた。顎を斜めに走った傷跡が、その雰囲気をよりいっそう強くしている。
二ノ宮が良く喋った分、この三番も何か話すだろうかと思い待っていたが、口を開く様子はなかった。
無口なんだろうか?
待っていてもしょうがないと思い、俺は金庫から三番のゴルフバックを取り出す。すると今までのものとは違い中でガチャガチャと音を立てた。
「……乱雑に運ぶな。傷が付く……」
三番の第一声は俺への注意だった。
「ごめんな」
謝り、俺はファスナーを開け、中から朱色の鞘に収められた日本刀を二本取り出す。別にギャグじゃない。二本とも同じ朱色の鞘に収められ、金の鍔と朱色の柄をした二尺ほどの高価そうな日本刀だ。全く同じものだろう。
俺が二本を差し出すと、三番は仏頂面のまま受け取り、片手に一本ずつ握った。やはり二刀流のようだな。
「君の名前は今から『三月』だ。三に月で三月。分かったかい?」
「……ああ」
返事をすると俺からゴルフバックを受け取り日本刀をしまった。全く同じ日本刀を。資料を見て三月の戦い方を一番見たいと俺は思っていた。刀と脇差なら用途の違いでどう戦うのか予想は付くが、全く同じ日本刀が二本。一本ずつで戦うのか、二刀流で戦うのか、興味があった。
無表情な三月とは裏腹に俺は微かに笑みを零し、この後の実践を楽しみに思いながら、次の四番に視線を移した。