ホームルーム2
「……はぁ」
正直気が重かった。なぜ俺が運営をやらなければならないんだ。ため息を付きながら俺は校舎を歩いた。歩くたびに腰に付けた鍵の束がジャラジャラと音を鳴らした。
今回後継者選びの会場として選ばれたのは二十数年前に廃校になった、廃村の小学校だ。付近五キロ圏内に人の住む民家はなく、数年前にヒルイさんが買い取り、別荘代わりに使っているらしい。学校の改築も行われており、隣に併設された円形の体育館は、全十五部屋の高級ホテルの一室のように作り変えられているらしい。
校舎もそうだ。二階建ての小さな学校だというのに、床は綺麗なフローリングに変わっていて、廊下や教室のいたるところには監視カメラが設置されていた。これも全て明日の試練のためになんだろう。
俺は校舎の一番奥の六年一組と書かれた部屋を目指した。
教室の前まで来た俺は、腰の鍵の束を手に取り、マニュアルに書かれたここからの流れを思い出しながら扉を開けた。
今、教室の中には、アイマスクと手錠をかけられた十一人の候補者が椅子に座らせられている。まずは全員のアイマスクを外しながら手錠を外して歩く。そうしたら次は全員のこの試練期間中のコードネームを与え、武器を手渡していく。
頭の中で反芻しながら教室に入り、未来の死屍柴ヒルイ達を向くと、衝撃を受けた。
アイマスクを付けた高校の制服姿の十一人が大人しく椅子に座っていたが、何人かの机の上には手錠が乗せられていた。そして中には引き千切ったのか、ひしゃげた手錠を乗せている者もいた。
「……」
流石は未来の死屍柴ヒルイと言ったところだろう。そもそも本物の手錠だぞ。素手で破れるようなものじゃないというのに。
俺は不良学校に赴任してしまった担任教師のように、怯えた表情を見せつつ、黒板の前の教卓に立った。正確に言えば黒板ではなく、六面の大型スクリーンだけれどな。これ一つで幾らするんだか……。
教室の広さは元の学校時代のままだが、室内には机が十一席あるだけだった。一列三人の列が四つあり、最後の列だけ二人になっている。
そしてこの教室には普通の学校にはまずないような設備が一つあった。それは特大の耐火金庫だ。イメージとしては業務用の冷蔵庫のような見た目だ。
「皆さんおはようございます。今から手錠を外して周りますので、外された方はアイマスクを外してください。とまあ、これはマニュアルに書かれていたことなんですが……皆さんの大半は手錠を外していますね。手錠を外している方はそのままアイマスクを外してください。まだの方、引き千切り手首に残っている方は机の上に手を乗せてください」
俺の言葉を聞き、十一人全員が一斉にアイマスクを外した。
こんなの抜けるのは余裕だと言わんばかりのにやけた笑みや、甘く見るなと言った鼻に付く笑みをする者から、別段何も感じていないといった目をそれぞれが俺に向けてきた。
「……皆さん大丈夫そうですね」
「当たり前だろうが。こんなちゃちいおもちゃじゃなく、俺を止めたいなら猛獣用の鎖でも持てこいよ。まあ、それも引き千切ってやるけどな」
十一人の中で一際背の高いやつが言ってきた。俺は覚えた候補者の情報を思い出した。あいつは……あの組織のやつか。
「そうですね」
反論はせずに俺は同意し、本題に入ることにした。
「皆さんも今回の後継者選びの説明を色々受けてきたと思いますが、もう一度説明させていただきます。まず、第一に皆さんは所属の組織名、そして本名又は通り名を名乗る事を禁じます。ここではこちらが決めた名字のみ名乗っていただきます」
禁止事項の説明をすると、坊主頭の候補生が垂直に手を伸ばした。これは……。
「……手をあげている君、どうぞ」
「はい」
大きく通る声で返事をすると、坊主頭は立ち上がった。
「それは裏で手を組むことがないようにでしょうか? そして、その決められた名字はいつ教えていただけるのでしょうか?」
「そうです。組織の中には横の繋がりが強い所もあります。それを防ぐために、組織名の発表を名乗る事を禁じます。もちろん自分の組織名も、知っている相手がいてもその相手の組織名を言うことも禁じます。次に名前の報告は今からするので安心してください」
「分かりました」
礼儀正しくお辞儀をし、坊主頭は席に付いた。
「次に進めさせていただきます。第二に、候補者間の定められた場合外の私闘を禁じます」
この言葉で多くの生徒の目の色が変わった。つまり、定められた場合は戦って良いと言うことだ。
「最後に第三。と、その前に俺の説明をさせてもらいます。俺はコスモス情報調査局護衛部の人間です。今回の候補者選びの進行兼運営役の百鬼といいます。ちなみにこれは偽名です。まあ、分かりやすく言うと俺は皆さんを引率する教師だと思ってください。それと、俺には後継者選びの権限は何もないので、取り入っても無駄です。あと、俺に危害を加えることも禁止されているので、ムカついても殺さないように」
イメトレではここで一笑い起きるはずだったが、誰もくすりとも笑わなかった。
「……第三に俺の指示に従ってもらいます。俺が止まれといったら止まってもらいます。今述べた、一から三まで守れない者がいれば、その時点で退校していただきます」
制服姿の十一人は返事はしなかったが、反論はないようだった。
「……良いようですね。それではここから、今日の説明をさせていただきます。まずはそれぞれの名前を任命させていただきます。その名前は漢数字の一から十までと、追加の零を頭に付けた名になっています。これはヒルイさんが受け取った皆さんの経歴から導き出した番号になります。つまり、一が現段階でもっとも死屍柴ヒルイに近く、零が最も遠いといえます。しかしこれはあくまでも経歴だけで判断しただけのものであり、班分けするためのものでしかありませんので、零であろうと悲観しないで下さい。今、座ってもらっている席の、左列の前から一、二、三、二列目の手前から、四、五、六の順になります」
この言葉を合図に何人かが辺りを見回したり、一番左手前に座る、眼鏡をかけた男に視線を送った。
こいつが一番? そんな目を大半の生徒がしていた。
俺も名簿の写真を見てこいつがそんなに凄いのかと思ったが、経歴を見て唖然とした。他の後継者から抜きん出た経歴だった。
一番に視線を移し俺もまじまじ見ると、視線に気づいたのか一番も俺を見てきた。その目には何の感情もなく、俺は思わず怯み視線を逸らした。ああいう目の人間が一番やバイ。十年以上はこの裏の世界で生きてくれば嫌でも分かる。
気圧されたと思われるのは、引率者としてマズイので――不良校で教師がびびっていたら舐められ、学級崩壊に繋がるからな――それぞれに視線を移す事で誤魔化し、話の続きをした。
「……それでは、今から左手前の生徒から順に教卓まで来てもらいます。その際手錠も持ってきてください。処分しますので。ここまで来たら、俺がそこの金庫からそれぞれの武器と、収納用のゴルフバックを渡します。そうしたら、偽名を伝えます。その後、席に戻り、次の生徒がやってくるって流れになっています。ここまでで質問はありますか?」
「はい」
また坊主頭の男が手を上げた。
「どうぞ」
気分はもう新任の教師だな。
「なぜ私共は学校に来て、制服を身に付けているのですか?」
これは狩谷さんに必ず質問されるだろうといわれていた事だ。それなので俺は用意された答えを口にした。
「死屍柴ヒルイさんが今回の舞台にこの廃校を選んだ時点で、雰囲気を出すために制服にしようといっていました。ちなみに長さや太さ、インナーやらは各々の十大組織長が考えました。また、みんなの名乗る偽名はヒルイさんが考えたものです」
それぞれに視線を移しながら言い終えると、俺は坊主頭を見た。
「よろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
礼儀正しく坊主頭は言った。
ちなみに狩谷さんから聞かされた話によると、ヒルイさんが無類の制服好きだかららしいが、それは黙っておこう。ショックを受けるのは俺だけで十分だ。