第二回戦 五朗丸対零
無人の教室で俺はハンマーを肩に担ぎながら零の野郎がやってくるのを待った。
机も何もかも撤去された教室は思ったよりも広く感じるな。これなら思う存分暴れまわれそうだ。
俺が、まだかまだかと零がやってくるのを待っていると、教室の扉がガラガラガラと開けられた。来た。
「よう。待っていたぜ」
歯をむき出しに笑みを溢す。
「お前が教室を出て一分も経ってねえよ」
斧を担ぎながら煩わしそうに言ってくる。
いいね。どこにも怯えた様子を見せていないじゃねえか。
俺に会った人間のとる行動は怯えるか力だけの馬鹿だと思い侮るかのどちらかだったが、零の反応はそのどちらでもない。もしかしたら、こいつとだったら楽しめるんじゃねえのか?
俺はまた歯を見せ笑った。生まれて初めて出会う全力を出せるかもしれない相手に向けて。
『第二回戦第三試合目開始!』
スピーカーからセンコーの声がすると、零が首を左右に傾け骨を鳴らした。
「さて、さっさと終らせるか」
教室の中央で向かい合うと、零は言った。
「おいおい、そんな勿体ねえ事言うなよ。もし俺とやりあえるんなら……長く戦おうぜ!」
俺は話しながらハンマーを振るった。重さ四十キロの鉄の塊を。
「やりあえる?」
零は聞き返しながら、振り下ろされたハンマーをバックステップでかわす。
ハンマーが床に叩きつけられ、木片が飛ぶ。このまま床を突き破るんじゃねえかと思ったが、中に鉄板が敷かれていているので大丈夫そうだな。
一撃目をかわせるやつは今までも何人かいたが、これならどうだ? 俺はハンマーを片手持ちでわき腹目掛け振るった。当たれば内臓が潰れる一撃だ!
さあどうすると思うと、零はまた後ろに飛びハンマーをさらりとかわした。
そんな零を見て俺は急激に冷めた。こいつもか。
俺が裏の世界に入ったのは一年前のことだ。
それまでの俺は多少のやんちゃをするだけのただの悪がきだった。暴走族やギャングやチンピラやヤクザやらと喧嘩をして、力試しをする毎日だった。
いつものように暴走族に因縁を吹っかけて、何十人も手加減しながらぶん殴り、全員を地面に寝かしつけて一人夜空を眺めていた時、門脇に声を掛けられ、俺は裏の世界の存在を知った。
力が全ての世界で、殺しても誰も咎めないから全力で戦えると聞かされ、俺は喜んでこの世界に飛び込んだ。
この世界になら、俺と互角に戦えるような化け物がいるんじゃねえかと思ってな。
けれど、この一年間を振り返っても俺と互角の化け物どころか、全力を出すに値するやつすらいなかった。そりゃそうか。俺は化け物で、他のやつらはみんな人間。
達人だろうが達した人でしかない。人間が化け物に勝てるはずねえんだからな。
けれど……俺はこの候補者争いに淡い期待を持っていた。裏世界のトップである死屍柴ヒルイとか言うじじいの後継者を決めるこの戦いなら、まだ見ぬ強敵が現れるんじゃねえかと思ってな。
特に昨日、教室で会った七星と零の二人は俺が本気を出すに値するんじゃねえのかと思っていた。
七星の鍛え抜かれた体は、表の世界でも裏の世界でも早々お目に掛かれるようなものじゃなかったから期待できたし、零はひょろ長く、力があるようには見えなかったが、纏っている気配って言うか、オーラって言うのか、こいつは強いって俺は肌で感じ取っていた。
武器を見せるときも、細い体格のどこに力があるのか分からないが、重量のありそうな斧を片手で握っていたから、俺はこいつと当たるのが楽しみでしょうがなかった。
けれど、戦いだして俺がハンマーを二発振ってみてどうだ? こいつは後ろに避けた。俺の攻撃にビビッて、背後の確認もせずにだ。
二発目をかわした零の背中が教室の壁にぶつかった。これで後ろにはもう逃げられない。
「お前もつまんねえ相手だったよ!」
一メートル近いリーチで握った一メートル五十センチのハンマーを横凪に振るった。さあ、もう避ける事は出来ねえ。肋骨を砕かれて死ね。
心の中で零の野郎に別れを言うと、零は一歩前に出て、ハンマーの鎚頭から逃れ、ハンマーの鉄製の柄を斧の鉄製の柄で受け止めた。
「マジか!」
思わず声をあげてしまった。鎚頭ではないとはいえ、鉄パイプの何十倍も強度のある柄を受け止めた?
同じ鉄同士だからといって、重量も倍以上ありそうで、何よりも俺の腕力の加わった一撃を。両腕でとは言え、細腕で受け止めたって言うのか?
「五朗丸……お前つまんねえやつだな」
受け止めながら目つきの悪りい目を向けると、零は俺のハンマーを払いのけ、腹に前蹴りを入れた。
「ぐっ」
腹にバイクが突っ込んできたときのような衝撃が走り、俺は二、三歩後退した。
すげえ。
すげえ。
片手でとは言え俺のハンマーを弾き、蹴り一発で俺を後退させた? それも、余裕を見せながら。
「お前すげえよ!」
こんなやつは初めてだ。こいつになら……俺の本気を見せてやれる。