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死屍柴ヒルイの後継者  作者: 也麻田麻也
第二回戦 第二試合
54/153

第二回戦 八王寺対十字7

「……桔梗さん?」

 僕の様子がおかしくなっていたからか、お姉ちゃんが訝しげな目で見てきた。


 お姉ちゃんの声だ。お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。

「……お姉ちゃん」


 搾り出すように、僕は声を出した。


「……ッ! いまさらそんな呼び方しないで貰えますか。私の妹は山百合の子達であり、退学したあなたではありませんよ!」


 ああ、お姉ちゃんの声だ。

 そうだ。

 こんな所でトラウマに負けている場合じゃないんだ。僕にはまだお姉ちゃんが残されているんだ。この命を懸けてでも守らなければならない相手が。僕の最愛の姉が。


 右目を見開き、息を大きく吸い込み、僕は目の前に現れた幻覚に強く念じた。消えてよ。僕にはやらなきゃならない事があるんだから。

「……ゴメンネ。ちょっと昔の事を思い出しちゃっていたよ。あはっ」


「そうですか。私はてっきり危ない薬でもやっているのかと思いましたよ」


「えー。薬なんか殺らないよ。そんな事しなくても、お……八王寺ちゃんをボコボコにすれば夢気分になれるからね。あはっ」

 口調を、心を十字に変え、僕は答えた。


 視界からママもお姉ちゃんの足枷も消えた。残っているのは僕の足枷だけだった。


「あなたに負けるほど、この三年間の訓練は楽なものではありませんでしたわ」

 お姉ちゃんは左足をやや引きずるようにして、鎌を下段で構える。これは切り上げるのか? それとも横に凪ぐのか?


「その三年で僕が更に強くなっているって考えないのかな? 差はますます開いちゃっているよ」

 僕は右目だけでおねえちゃんを見据える。もうアイスピックは手放してしまったので、武器はこのブーツしか残されていない。また最初のように額かこめかみを狙って蹴りつけて意識を失わせよう。


「ふっ。ふっ。ふっ」

 僕はまた軽く飛びリズムを刻む。トーントーントーン。

「ふっ。ふつ。ふっ――」


 僕はリズムを変え、上への軽いジャンプから、左右に飛び跳ねる。

 右に左に、お姉ちゃんの後ろに回りこむように、時には壁を走りぬけ、後ろを取るため、隙を作るために跳ね続ける。


 隙ができたらいつでも攻撃に移れるように心の準備をしながら壁に飛んだ瞬間、お姉ちゃんの反応が遅れた。

 ほんの一瞬だったけれど、動き回る僕に会わせようと体重が怪我した足にかかり、痛みに顔をしかめたせいで、僕を追う目の動きが遅れた。


 チャンスだ。


 僕は壁を蹴りつけ、お姉ちゃんに向かい飛ぶと、力加減をした右蹴りを、こめかみ目掛け繰り出す。気づいたお姉ちゃんが防ごうと鎌の柄をあげるが、僕の足はそれをすり抜けるようにガードするより先にお姉ちゃんのこめかみに当たった。


「ああっ」

 短い悲鳴を上げ、お姉ちゃんは横に吹き飛んだが、鎌を握ったまま器用に床を転がり、立ち上がった。


 失敗したな。普段の僕なら間違いなく今の動きで仕留めていただろうが、片目を失い遠近感がほんの数センチだけ狂ってしまい、仕留めきれなかった。

 当たったのはつま先だけで、更に力加減もしていたから、意識を奪うような威力はなかった。


「次の攻撃でその頭を粉々に砕いちゃうよ。あはっ」

 僕はまたその場で軽く飛びリズムを刻む。

 

 トーントーントーン。


「確かに早いですね。ふう」

 頭を振りながら僕を見据える。

「仕方ありませんね……。これをやると……長期戦は出来なくなるのですが、あなたの動きを捉えるためにはこれしかないようですね……」


「へえ。まだ何か隠している技あったんだ。じゃあ、それをさっさと使って、僕に破られて惨めに命乞いしようか。あはっ」

 チャンスだ。きっと今から使う技がお姉ちゃんの切り札なんだろう。僕がそれを破れば心が折れ……ギブアップをしてくれるはずだ。


「……何を笑っているんですか?」


「笑っている? ああ、ごめん……」

 笑っているのはお姉ちゃんを助けられるからだよ。この戦いの優勝はきっと黒百合の彼だろう。多分、僕でも勝てないかもしれない。そんな彼と戦わせずに済む。お姉ちゃんが死なないで済むから笑ったんだよ。

「勝ちが見えると笑っちゃうんだ。ほら、三年前のあの時もね」


「そうですか。じゃあ、もっと笑っていいですわ。そして……私に負け、笑顔を絶望に塗り替え……逝きなさいっ!」

 お姉ちゃんは大鎌の柄の中心を両手で握ると、ゆっくりと回しだした。新体操のバトンのように、パレードの旗のようにくるくると。

 回るたびに鎌の刃がブォンブォンと音を立ててくる。回る速度は遠心力でどんどんと速くなり、今では肉眼で刃を追えないほどだった。

 重量のありそうな武器を回しているお姉ちゃんの腕には相当な負担が掛かっているようで、歯を食い縛っていた。確かに真正面から攻撃は出来なくなった。


 けれど……。

「……それが切り札? 僕の武器を忘れたの? この鋼鉄のブーツと……スピードだよ」

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