第二回戦 八王寺対十字5
「お姉ちゃん、本当に黒百合に行っちゃうの?」
「ええ。その為に日々努力をしてきたんですもの」
「いっちゃ嫌だよ」
僕はお姉ちゃんの胸に飛び込み泣いた。
「大丈夫。少し先に黒百合に行くだけよ。きっと桔梗ちゃんも実力を見込まれて黒百合に来られるからね」
お姉ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
その時、僕の脳裏に家を出て行くパパの後姿が浮かんだ。行かせちゃダメだ。お姉ちゃんを行かせたら……帰ってこないかもしれない。
僕はお姉ちゃんの部屋を後にし、シスターササカワの部屋を訪ねた。そしてそこで、翌日のスカウトの前で戦う相手を僕にしてくださいと進言した。
お姉ちゃんに次ぐ技量を評価していたシスターササカワは分かりましたと了承してくれた。
翌日、僕はお姉ちゃんと斬りあった。お姉ちゃんを連れて行かせないために、スカウトを帰らせるために、全力で。
お姉ちゃんの攻撃をすべてかわし、肉を切らないように服だけを裂いて、そして組み倒した。けれどお姉ちゃんはそれでもナイフを手に取り戦おうとした。もう斬りたくない。もう戦いたくない。そう思った僕は辛いけれど、お姉ちゃんの両肩を外した。
そこでやっとストップが掛かった。
僕の思惑通りにお姉ちゃんにスカウトの話は行かなかった。
その代わり、僕にスカウトが殺到した。その話を僕は丁寧いに断わった。もちろんお姉ちゃんと離れたくないからだ。
だから、自分はまだまだ弱いので、黒百合で働くのはまだ早いと言いスカウトを断わった。これでずっとおねえちゃんと一緒にいれると思い、僕は押さえきれない笑みを零しながらお姉ちゃんを見た。
けれど、笑う僕とは反面、お姉ちゃんの目には……絶望が宿っていた。
お姉ちゃん? どうしてそんな目をしているので?
その目は……家に閉じ込められた頃の僕の目に似ていた。生きながらにして生気を失ったあの頃の僕と。
その時、僕の足元からじゃらっという音が聞こえた気がした。
しかしそこには何もなかった。
幻聴だろう。鎖に囚われた僕の心が聞かせた音だろう。
僕が良かれと思いやったことで、お姉ちゃんを傷つけてしまった。
お姉ちゃんに絶望を与えてしまった。
お姉ちゃんの心を僕が殺してしまった。
僕の心を殺したパパのように。
次は本当にお姉ちゃん殺してしまうんじゃないのか? ママを殺したパパのように。
僕はそう考え枕に顔をうずめながら泣いた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。お姉ちゃんを失いたくない。お姉ちゃんを守りたい。その為には……僕がいちゃダメなんだ。
僕は部屋を抜け出し、お姉ちゃんの部屋に窓から侵入した。
お姉ちゃんはそんな僕を怯えと敵意が入り混じった目で見てきた。その目は……逃げようと言ったママの目にそっくりだった。
そんな目で見ないでお姉ちゃん。僕はなんと言おうか必死に考え……「さようなら、お姉ちゃん」と涙に堪えながら笑みを作り、別れの言葉を口にした。
そして僕は山百合学園の高い高い塀を乗り越え、外の世界に飛び出した。
それから年齢を偽りバイトもしたし、家出少女の集まるという部屋を訪ねもした。そこには僕のように社会に絶望した子から、ただの親への反抗で家を飛び出してきた子が多数いた。居心地は良くはなかったが、衣食住には困らない生活を続けられた。
暮らし始めて一月ほどたったある日、家出少女の友達と外をぶらぶらしている時に、売春をやらないかとホスト風の男達に声をかけられた。
僕がやらないと言うとその男達は僕と友達を羽交い絞めにしてきた。武器は持っていないが、こんな男二秒あれば倒せるなと思った時、僕を抑えた男が耳元で言った。
「おっさんと一緒に風呂に入って気持ちいいことするだけで、金が手に入るんだぞ」と。
僕の耳にまたじゃらんと鎖の音がした。
狭い浴室で、足枷を嵌めてシャワーを浴びていたあの日の情景が浮かび上がった。
すると僕の足に足枷が現れた。
重いよ。
体の自由が利かないよ。外さなきゃ。この鎖を外さなきゃ。
次の瞬間、僕は羽交い絞めする男の顔を掴み、頚椎を捻じ切っていた。これで足枷を外すことが出来ると思った瞬間、足枷がすっと消えた。
そして気づいた。しまった。殺してしまった。
首が九十度以上曲がった男を見て、友達が絶叫を上げかけたとき、シルバーアクセを身に纏った一人のホスト風の男が、友達の首筋に当身を食らわせ意識を奪った。
「おい、多分生きてるから、柳の爺さんの病院に竹とこのお譲ちゃんを連れて行ってやれ」
ホスト風の男はそう言うと僕に向き直った。
「お譲ちゃんいい腕っすね。プロ? アマチュア?」
これが僕と鏡ちゃん……マーダエージェンシー社長、鏡谷将星との出会いだった。
それから僕は鏡ちゃんの元でスカウトした人材のごたごたの処理を手伝わされた。山百合で殺しの依頼をこなしていた僕からすれば、簡単な仕事だった。
鏡ちゃんは僕の身の上話をすべて聞き、慰めるのでも励ますのでもなく、ただ、俺にはわかんないっすねと答えてくれた。
お姉ちゃんほどではないけれど、僕にとって鏡ちゃんは大事な人になり、マーダエージェンシーは居心地のいい場所になった。




