第二回戦 一神対九門2
傷口は鋭利な刃物で切り裂いたのだろうが、切り口は滑らかで、手で押さえれば今にも閉じそうだった。
吹き出した血は飛び散り、壁にまで赤い染みを作り出していた。相当深く切り裂いたんだろう。
そしてこの顔。目と口を限界まで開き、絶望していた。
自分の技量をはるかに超える相手に初めて遭遇したかのように。
この死体はまるで犯人の技量を指し示す絵画のような芸術品だった。数百年も美術館に飾られ、芸術に疎い人間でも思わず息を漏らすような名作に引けを取らない美しさを三月君と言う作品は持っていた。
ああ、こんな美しい作品早々お目にかかれない。
僕はもっと近くで見たくなり、三月君の死体に近づいた。
「九門。それ以上近寄るな。この死体は運び屋が回収しに来るまで、この場に置いておく」
「そうですか……」
残念だった。この作品をもっと近くで見たかった。死と言うスパイスと、血と言うソースをかけられた極上のフレンチのようなこの死体を。この胸と首を裂いたのはどんな武器で、誰がやったんだろうか。やはり彼女の作品なのか?
ああ、見たい。もっと、もっと、最高の芸術品を眺めていたい。今日の戦いで見ることが出来るだろうか?
「あぁ。美しい」
「九門! ちょっと黙れ」
僕が恍惚の笑みを浮かべ吐息を漏らすと、百鬼先生は殺気を含んだ目を僕に向けてきた。
「失礼しまし……うん? 先生それはなんですか?」
謝りながら美しい芸術品を眺めていると、腰の所の異変に気づいた。
「それ?」
芸術品に視線を移す。
「何のことだ?」
百鬼先生は気づいていないようなので、僕はそこを指差す。
「……これは……ッ!」
それに気づいた百鬼先生は、廊下に出る。
「一神、五朗丸、零中に入れ。他の生徒は寝ている四家を起こしてくれ」
百鬼先生の指示を受け、中に三人が入ってきた。
「男だけ呼んで何の話だよ」
耳をほじりながら五朗丸君が聞いてくる。
「ああ。これを見てくれないか?」
百鬼先生は三月君のブレザーの前を開けるとウエストを指差した。
「何って……ベルトとホックが外れているだけじゃねえか」
三月君の異変、それはベルトとズボンのホックが外され、ファスナーが半分開いていたことだ。ブレザーが邪魔し見えにくかったが、隅々まで観察していた僕はそのことに気づけた。
「チッ! わからねえのか? なんでベルト外しているのかよ」
理解の遅い五朗丸君に零君は苛立ちを見せながら答えた。
「はぁ? 知らねえよ。便所行く時か着替える時か女とやるとき位しか外さねえからな」
「その最後だよ」
「はぁ? なんでそんな事がわかんだよ」
まだ、理解していないようで、頭を掻き毟り、答えを求めるような目を零君に送る。
「お前は周りが敵の状態で、夜誰かが訪ねてきて部屋に入れるか?」
「入れるわけねえだろ。誰が殺しに来るかわかんねえんだからな。それで返り討ちにして、私闘を禁じるを破ったとか言われても嫌だからな」
自分が殺されるという考えはないようだ。
「そうだよ。普通は入れねえんだよ。けど、相手が知っているやつだったらどうだ? 普段から抱くような関係だったやつならな」
「あぁ。だからベルト外して、いつでもやれるようにしていたら……殺られたってわけか。まあ、八王寺に十字に二ノ宮。俺なら知り合いじゃなくても入れちまうな」
そう言うとにやけた笑みを浮かべる。
「入れちまうってもちろん部屋にだぞ」
「……屑が」
零君が吐き捨てるように言う。
つまり女性が部屋にやって来て、服を脱ぎだした所を襲われた。そして、ここで条件が一つ追加される。犯人は刃物を持っていることだ。つまり、二ノ宮さんか四家さんか八王寺さんの三人に搾られるな。いや、八王寺さんの可能性は低いかもしれない。あそこまで大きな武器を隠し持って部屋に入るのは難しい。まあ、不可能ではないでしょうが。
「じゃあ、犯人は女子の誰かって事か? どうすんだ? 拷問でもして吐かせるか?」
五朗丸君の発言に、百鬼先生は「いや」と答える。
「何もしない。五朗丸忘れたのか? 君達は死屍柴ヒルイの後継者候補だ。候補者複数人に襲われて死んだならともかく、一対一で殺りあって負けたという事は、三月が弱かっただけの話だ。今求められているのは圧倒的な力。この殺人犯にはそれがある。探し出して罰を与える必要はない。もちろんこれは俺個人の発言ではなく、狩谷さんの発言だ」
狩谷氏は死屍柴ヒルイ氏の従者であり、何十年もヒルイ氏の片腕を勤めた男だ。裏世界でも最上位の技能の持ち主で、十年前にヒルイ氏と二人で西の精鋭二十人を相手取った逸話は酔った長から何度も聞かされている。
その時に右腕と肺の片方を失い、二年もの歳月を病院のベットの上で過ごしたらしいが、今では復帰し最前線で活躍している。名実共に裏世界の顔役の一人だ。




