山吹組掃討作戦 三月6
「がはっ!」
息を漏らしながらスカーレットが後ろに飛ぶが、さすがは腕利きの殺し屋。転がりながらも受身を取り、日本刀を杖のようにつき立ち上がる。
「凄い力デスネ。その体からは予想できないほど強いデス」
「俺は二度死んでいるからな」
生きているのに死んでいるといった意味が分からないかったのか、スカーレットは理由を求めるような目を向けてくる。
「親父に拾われたあの時、俺は一度死に。お袋が殺されたときに俺は二度死んだ。泣き喚き心が死に、俺は筋肉が引き千切れるほど体を鍛え続けた。二度死んだ体だ。気遣う必用などどこにもないからな」
日本刀で俺はワイシャツを裂き、気遣わなくなった体を見せる。限界まで鍛え上げた傷跡だらけの体を見ると、スカーレットは目を見開いた。この八年間は地獄といってもいいような日々だった。小さなヤクザの組が十大組織に数えられるまでに至った激闘の日々がこの体には宿っていた。
「それが私とアナタノ違いなんデスネ」
同じ心が死んだもの同士だが、俺はこの腐った世界を変えるために立ち上がり、スカーレットはこの腐った世界に絶望し、自分を殺してくれる相手を求めた。
「ああ」
俺が返事をすると、スカーレットは笑みを見せ飛び掛ってきた。筋力差を補おうと空中で刀を振りかぶって。
俺はスカーレットに左の日本刀を槍投げの槍のように投げつける。振りかぶり防御の準備などしていないスカーレットの腹に日本刀は深々と突き刺さった。衝撃でスカーレットの手から日本刀が落ち、推進力が失われ俺のはるか前方で地面に着地する。倒れる事はなかったが地面に降り立つ衝撃で腹から血が吹き出る。
そんなスカーレットに俺は踏み込み、残った日本刀を振り下ろす。肩から胴にかけ大きな裂傷を作るとさっきまでとは比べ物にならない血が吹き出る。
「……終わりだ。逝け」
親父の下にと、心の中で付け足す。望みのかなったスカーレットは満足そうな笑みを浮かべたまま眠るように横に倒れていった。
父親の復讐を果たし、死場を求めた女は、同類の男に殺された。俺はまだ死ねないが……弱者が生きていける世界を作り終えたら……俺もこんな風に笑って死ねるんだろうか。
「……終了だ!」
倉庫に教師の声が響いた。
スカーレットの腹から日本刀を引き抜き、血を払いながら辺りを見ると、俺以外の候補者の戦いも終っているようだ。
「山吹組の全滅が確認出来ましたので、これで奇数班の試験は終了とさせていただきます。服や武器に血がついているとは思いますが、このまま偶数班の試験会場に移らさせていただきますので、そのままバスに乗り込んでください。一応タオルは用意しておりますので、どうしても気になる場合は、それで拭いてください」
教師の言葉を聞き、生き残った候補生は各々出口に向かい歩き出したが、一神だけは出口にではなく、俺に向ってきた。
「……なんだ」
「三月は両利きですか?」
「……それがどうした」
無表情の顔にガラス球のような感情の読めない目を付けた一神に俺は聞き返す。
「私の組織にも両利きの人間はいるが、三月ほど左右の腕の能力に差がない人間は初めて見たから、聞いてみただけです」
無感情な声で言ってくる。
「それを俺がここで教えると思うのか?」
「教えなくても別にいいです。けれど、私が聞かなければ、三月が言うことはまずない。つまり、私にとって聞くという行為は、返答を求めるのではなく、返答の可能性をあげるための行為でしかありません」
「……」
やりにくい相手だ。感情を押し殺しているのではなく、元から感情と言うものがないような物言いだ。
「お前はゴミ箱から残飯を漁って食ったことがあるか?」
どうせ説明しようが理解できないだろうと思い、俺は語った。
「ありません」
一神は即答した。質問の意図が分からずに、どういう事だと聞く事無く、ないとはっきり答えた。
「これ以上は言う気はない。後は勝手に想像するんだな」
きっとこいつには理解できないだろう。感情がなければ、きっと気づけないことだ。
両利きになるためには、利き腕ではない手を利き腕に近づけようと訓練する。けれど俺は元から利き腕などない人間だった。
餓鬼の時にろくに育てられずに実の親に施設に売られ、施設では空腹を満たす程度のパンと、多少のスープだけしか食わせてもらえなかった。そして、あのゴミためでは箸を使って食うような上品なものなどどこにもなかった。食い物ではなく、食い物だったものしかなかったからな。
親父に拾われるまで俺は利き腕などなかった。生まれながらの両利き、それが俺だ。だから右だろうが左だろうが刀が振るえるし、同レベルで扱うことが出来た。そんな俺に親父は二刀流を教えた。
片腕を落とされても戦い続けられる強さを与えるために、一本が脇差ではなく、両刀とも太刀という、この変わった戦い方を。
「一神! 三月! もう直ぐ清掃会社が入るから、さっさとバスに戻れ」
なかなか戻らない俺たちを不審に思ったのか、教師が倉庫に戻ってきた。
「分かりました」
一神は返事をすると、くるりと振り返った。
「……」
俺は返事をせずに、投げ捨てた鞘を拾い、刀をしまった。
今日は話しすぎたな。こんなに話をしたのは久しぶりだ。
髪をほどき、ヘアゴムを手首に戻す。すると髪が血で固まっているのが分かった。早く髪を洗いたい。お袋が綺麗だといった髪が血でベトベトだ。
二十三人の死体と血で汚れた、この倉庫同様に。
山吹組組員と七星の死体を残し、俺も倉庫を出た。




