山吹組掃討作戦 三月5
「……お前は……なんで山吹の護衛なんかやっているんだ? 山吹のようなクズの護衛を」
「別にどの組の護衛デモいいデス。戦争があれば手を貸すノガ私デス」
戦争があれば手を貸すというのは、護衛ならよく言うことだ。力が全ての人間は争う場所を求める。うちの組のやつにも確かにいる。そういう戦闘狂が。けれど、この女からはそんな雰囲気は感じなかった。間違いなく戦闘狂ではない。それなら……。
「死に場所を求めているのか?」
俺の質問にスカーレットの肩がピクッと、揺れた。当たりのようだな。
「どうしてそう思うデスカ?」
「……裏の世界は広いようで狭い。お前のような危険な殺し屋がこの国に入れば、直ぐに情報は広がる。お前は薬の売り上げに手を付け処刑された親父の敵を――」
「違いマス!」
スカーレットは声を荒げ、日本刀の切っ先を俺に向けた。死んだ魚の目には、しっかりと殺意が宿っていた。
「パパただの会計係デス。他の幹部の不正を見つけボスに報告しようとしたら、パパが不正した事にされ処分されました。だからパパ悪くありまセン!」
「……なるほどな。だから復讐し、組を潰して日本に来た」
「ソウデス。ママの生まれ故郷であり、パパが一番綺麗な国言った日本に来まシタ」
綺麗な国ね。確かにそうだな。表の世界は綺麗だ。ゴミを全てこの裏の世界に投げ込んでいるんだからな。
「日本とても綺麗でシタ。日本語話せナカタ私にも親切にしてくれマシタ」
スカーレットそう言うと、間をおいた。
「……でも、裏の世界汚い。私の国と同じ匂いがシマス」
「だったらなぜ裏の世界に来た? 表の世界でも十分身を隠すことが出来るだろ?」
「私はここでしか生きれない人間だからデス」
そう答えたスカーレットの目には悲しみが宿っていた。
「……違うな。この世界で生きれない云々は本当だろうが、裏の世界に来た理由は他にあるようだな……お前ほどの腕なら他にでかい組織からの誘いがあっただろう。それなのにこんな小さな、他の組織から目を付けられている組に雇われた理由がな……」
山吹組は悪名高い組だ。現に今回十大組織長から直接依頼が来るほど、問題視されているくらいだしな。いくつかの組の護衛を渡り歩いたこの女なら、そのくらいの事は知っているだろう。それでもなおこの組の護衛を引き受けた理由は……。
「話はこのクライにしましょう。組長さんのほうも……終ったようデス」
スカーレットは俺と対峙している状態だというのに、後ろを向いた。俺も釣られ視線を送ると、一神が山吹組長の首を撥ねるところだった。一神は無傷で、息一つ切らしてはいなかった。
「こっちもやるか」
俺は数歩下がり、近くにあった死体に二本の刀を突き刺す。
「お前の望みを叶えてやる」
刀から手を離し、手首に巻いたヘアゴムを外し、髪を後ろで括る。
「……私も全力でやりマス」
刀を握る腕に力がこもる。
「お前は俺に似ている。唯一つ違うのは、設けたゴール地点だ」
それが目の違いであり、覚悟の違い。
二本の刀を引き抜き、両刀を下にだらっと垂らす構えを取り、スカーレットを見据える。
「アナタのゴールとはナンデスカ?」
すり足で近づきながら聞いてくると、両手突きを繰り出してきた。
左手一本でその一撃を払い、右を切り上げる。スカーレットは後ろに跳びギリギリで躱。
「……俺はこの世界を変える。弱い人間が生きていける世界にするために」
追う様に前に飛び出し、払った左で突きを放つ。スカーレットは受け流し、胴を薙いでくる。刀を立てそれを防ぐ。
「それステキです。出来たら泣く人がいなくナリマス。けど……あなたには無理デス。私に勝てないようでは……絵空事デス」
スカーレットは後ろに飛び距離をとると、息を一気に吸い、そしてふっと息を止め斬りかかってきた。
細身の体格ながら、両手でしっかり握りこんだ一撃は重かった。けれど、俺の握る刀を払うには力が足りなかった。俺は片手で受け止め、返しの一撃を放とうと思ったが、スカーレットはそれよりも早く、二撃目を繰り出した。
上段がとめられれば下段。下段が止められれば、中段付き。右から斬りかかり、体勢を下げ足をなぎ払い、止められれば、斬り上げる。俺の一呼吸の間に、十発近い斬撃を浴びせてきた。ハーフの優れた身体能力と、マフィアの殺し屋の経験を生かした攻撃は、なかなかお目にかかれるレベルではなかった。しかし……俺との差は明白だった。最初の頃の一発二発は力を込めなければ防げないレベルではあったが、一撃一撃力が弱っていくのが分かった。
「お前のおふくろさんの生まれたこの国は……俺が綺麗にしてやる」
振り下ろされる刀を払いのけ、スカーレットの腹に蹴りを入れる。