山吹組掃討作戦 三月4
「……あいつはヤバイな……」
俺と互角近い強さを持っていた。何よりも厄介なのは、戦う一神から何の感情も感じなかったことだ。
攻撃をしても、攻撃をされても、殺気も怒気も感じなかった。ああいうやつが一番厄介だ。教室で足音一つしなかったことから考えて、一神は赤きガ―ベラか、黒百合か、山百合のどこかの殺し屋の可能性が高いな。
あいつの戦いをもっと見ておくべきだった。二回戦で当たれば、負けることはないとしても、腕の一本くらいは覚悟したほうが良さそうだ。そうなれば、その後の戦いにも響く。
ここは点数を取っておいて、二回戦で当たらないようにしたほうが良さそうだ。
それならば、スカーレットか山吹を片付けるか。俺は二人と戦う七星を見た。
腹を突かれたんだろうか、血を流していた。あの位置ならば助からないだろう。それなら、七星が敗れた後は、スカーレットの相手は俺がやるか。
腹から血を流しながらも七星はスカーレットを押し倒し、そのまま気管を潰そうと、肘を首に押し当てた。
上手い攻撃とはいえないな。ここはコンクリートの地面。避けられれば肘が砕けるぞ。
俺が予想したとおり、七星の攻撃は避けられ、肘が砕け、骨が露出した。今の動きを見て、七星の格闘術の高さは分かったが、どうも動きに不自然さを感じた。あの動きはまるで、肘や膝にプロテクターを着用してある状態での戦闘が前提だといった感じだった。
「……そうか……七星では勝てないな」
七星の戦闘スタイルから考えると、あいつは裏警察逆桜の人間なんだろう。逆桜の売りは集団戦闘であり、弾丸の雨の中にも全身に装備したプロテクターを盾に突っ込んでいける強さだ。
七星は、死屍柴ヒルイの候補者に選ばれたくらいだから、逆桜の中ではトップクラスの強さを誇るかもしれないが、それでもこの面子の中では最も弱い候補者かもしれないな。いや、それはないか。最も弱い候補者といったら七星には失礼だな。この候補者の中にはあいつがいる。
候補者選びに呼ばれるのが不思議な男が。
……待てよ。なぜあいつが呼ばれているんだ?
あの組織にはもっと強い人間がいるのに、どうしてだ。死屍柴ヒルイの名を継がせるものを排出する気がないというのか? いや、あのじじいはもっとしたたかな人間だ。何かを考えて、あいつを送ったとしか考えられない。
何のためにだ?
俺は親父からこの候補者選びは熾烈を極め、死ぬ覚悟がないと挑めないといわれた。それだけの価値が死屍柴ヒルイの名にはある。他の組織の人間だって、間違いなく死ぬ覚悟できているんだろう。それなのにどうして……あいつが呼ばれたんだ?
俺がこの後継者選びに疑問を持ち始めると、耳に七星の絶叫が届いた。
「うあああああぁぁぁ!」
山吹を斬り伏せようと鉈のようなナイフを振るうが、刀で防がれ弾き飛ばされてしまう。肘から骨が露出しているんだ、ナイフを振るえただけでも奇跡といえるだろうな。
七星の負けは決った。山吹かスカーレットの次の相手は俺がしよう。薬に手を出す任侠者は俺が殺す。だから安心して逝け。
「山吹も……彼岸花の人間も、表の世界の害になる裏の世界の住人も全て粛清し、皆が笑って暮らせる世界を作れないのが……無念だ――――」
辞世の言葉を述べ終える前に、七星の首に山吹の日本刀が斜めから振り下ろされた。
「まず一人目デスネ」
スカーレットは立ち上がるとスーツに付いた埃を払った。
「スカーレット、大丈夫か?」
「ハイ。組長がうずうずしていたのが分かりマシタカラ通しましたけど、よろしかったデスカ?」
「ええ。久しく実践から外れていましたから、肩慣らしをしておきたかったんですよ」
「……そうか。じゃあ俺が次の相手をしてもらえるか?」
俺は二人の会話に割り込み、スカーレットと山吹にそれぞれ刀を向ける。
「そうですね……でもあなた一人を相手している余裕はなさそうですね」
山吹はチラリと視線を俺の奥に送った。
「……なるほどな……一神か?」
「はい」
気配もなく、俺の背後には一神が立っていた。
「今終ったので、どちらか私に譲ってもらえますか?」
「そうだな……じゃあ俺がスカーレットをやる。山吹はお前に任せる」
「私の相手は山吹組組長、山吹英平。了解しました」
感情なく一神は言うと、山吹を見据えた。
「近くで山吹とやり合って俺の邪魔をするなよ」
「しません」
そう言うと、俺の邪魔にならないように、一神は左から山吹に回り込むように移動をしだした。
「一対一か。私に一人で挑む馬鹿は久しぶりですよ」
山吹の口ぶりからするに、腕には相当な自信がありそうだった。まあ、一神が負けることはないだろうな。俺の望みとしては、一神と山吹が長く殺し合ってくれる事だろう。
俺がスカーレットを殺すよりも長く。そうすれば、一神の手の内が多少は見られるだろうから。
「……こっちも行くか」
俺は右から回り込むように移動をすると、スカーレットは雇い主である山吹から視線を外し、俺を青い瞳で見据える。殺し屋らしい殺気を押さえ込んだ瞳だ。静かな目をしていた。俺と似ているな。
俺は親父から、心を落ち着かせる訓練を受けた。訓練といっても座禅のことだが。戦い方を習いだしたばかりの頃の俺は、相手を殺すことしか考えていなく、目に殺気がこもりすぎて、組員に動作を見破られていた。そんなときに親父から習ったのは心を熱くしても頭は冷やして戦えというものだった。
「……あなたの目怖いですネ。ケモノのように鋭いのに、殺気がナイデス。狙いを定められた餌の気分デス」
「……それはお互い様だろ。お前の目も……殺気がない」
「私とは違います。あなたの目に殺気はなくテモ、狂気がアル。私のように目は死んでいませんネ」
ああ、そうか。似ているのは目に殺気がないからではなく、昔の俺と同じ目だったからだ。
生きる居場所を失い、生きるすべを失った瞳。
死んだ魚のような目をスカーレットはしていた。
青い目だというのに、死んでいた。




