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死屍柴ヒルイの後継者  作者: 也麻田麻也
第一回戦 山吹組掃討作戦 後編
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山吹組掃討作戦 三月2

 おっさんはそれから奥さんに俺の身の上を話し、養子にしないかと話し出した。

 そこで俺は絶望した。養子と言うことは、また汚されるんだと思ったからだ。けれど、もうあんなごみためで暮らすような生活を送りたくなかった俺は、それを受け入れた。


 その日の晩、俺は奥さんの布団で一緒に寝ることになった。


 布団に入るときに服を脱いだ。どうせ脱がされるんなら、先に脱ごうと思ったからだ。


 奥さんはそんな俺の頬を叩いた。


 そして強く抱きしめた。

『もうそんなことしなくて良いの。私はあなたのお母さんになるんだから……もう、そんなことしないで』と泣きながら言った。


 俺はその言葉で涙が出てきた。

 四歳で施設に売られ、ゴミためで生き抜いてきた俺は、物心ついて初めて……希望を見つけた。その日からそこが……俺の家になった。


 俺を拾ってくれったおっさんは正式に俺を養子に迎えた。戸籍がごちゃごちゃしていて、養子縁組が難しかったらしいが、俺は親父の子になれた。


 親父はヤクザの組長だった。

 

 ヤクザといっても数も規模も小さな組だったが、他のヤクザとは違う点があった。それは表の世界に迷惑をかけない事を誓った組だった。決して薬や人身売買、武器の密入をせずに、町の人からのみかじめ料だけで食っていく組だった。


 そんな親父の古い任侠道の元には多くの人が集まってきた。特に、今の裏の世界の金を稼ぐのを至上命題とするような組織からあぶれた腕っ節にしか自信がないような、銭勘定もできない人間が親父を頼ってやってきた。


 親父にどうしてうちの組は貧乏なのか聞いたことがあった。

 親父は『今の世界は金を持っているやつらが強い世界だ。だから金をもっていねえ貧乏人は踏まれてゴミみたいに死んでいくしかない。だから俺達ぐらいは金のねえやつらに手を指し伸ばさなくちゃならねえんだ。まあ、そのせいで俺達はろくに稼げもしないんだがな』そう答えると、遠くを見て少し笑った。


 俺はそんな親父がかっこよく見えた。


 俺もいつか金のない貧乏人に……以前の俺のような、残飯を漁ることで命を繋ぐような人間に手を指し伸ばしたいと思った。


 そして、親父に拾われて二年たったある日、うちの組が数も増え、他の組織に目を付けられ始めたある日……組が襲われた。


 相手の数は十人にも満たなかったが、腕っ節に自信のあった組員達が次から次に殺され、そして……俺を庇ったおふくろが死んだ。


 親父が何とか賊を殺して俺の命は助かったが、その日、俺の心は死んだ。初めて人の温かさを教えてくれたおふくろが死に、俺の心は凍りついた。


 賊は親父が対立した、人身売買を行うヤクザの組に雇われた殺し屋だった。俺を拾ってから親父は人身売買だけは絶対に許せない家業だと言い、止めるように警告を出し、それでも止めないときは戦争をしていた。


 俺を拾ったからだ。

 親父をはじめ組織の幹部たちは本当に強かった。読み書きそろばんもろくにできない大人たちだったが、それでも優しく温かい俺の家族だった。

 そんな家族の大半は死に、お袋まで失い、俺だけじゃなく、親父の心も死んだ。


 その日の夜、俺は親父に誓った。


 俺は必ずお袋を殺したヤクザも殺し屋も、人身売買や、人様に迷惑をかけるような裏の家業の人間をぶっ潰すと。

 こんな狂った世界でまっとうに生きようとした俺達を踏みにじったこの世界を……誰よりも温かく優しかったおふくろを殺したこの裏の世界をぶっ壊すと。


 それから俺は体を鍛え、戦い方を学んだ。親父も俺と同じ決意をし、腕を磨き、殺し屋に襲われても撃退できるよう、幹部はじめ、組員を鍛えていった。


 そして、俺が十五になるときには、水仙連合会は十大組織の一つに数えられるまでになった。


 もう少しだ。もう少しで、この腐った世界を変えられる。

 そう思っていたとき、死屍柴ヒルイの後継者を決める戦いがあると聞かされた。


 チャンスが舞い込んだ。


 裏の世界の楔であり防壁である死屍柴ヒルイを継げれば、この世界をぶっ壊し、温かい人が、優しい人が、貧乏人でも笑って暮らせる世界を作れるんだから。


 俺はこの二刀で後継者になる。


 決意を胸に、俺は刀を抜いた。


 俺が前に出ると同時に一神も抜刀しながら前に飛び出した。


「チッ!」

 一神が抜刀する瞬間を見逃した。俺より評価が上の人間は一神と二ノ宮だけだ。自分の経歴は自分で分かる。つまりこいつとあいつは俺以上に戦場に出て人を殺しているか、俺が殺った大物以上のやつを殺ったかのどちらかだろう。この二人にだけは注意しようと思っていたが、奥にいる敵に視線が行ってしまい、目を逸らしてしまったな。もしかしたら、一神はそれを見越して抜刀したのかもしれない。それならば、こいつは俺に警戒しているのか?

 そう思った瞬間、一神は俺を追い抜き雑魚一人を切り伏せた。


 強いな。

 直刀の使い手はうちの組にも数人いるが、一神の技量はそのはるか上を行っていた。


 俺ならどうする? 二刀で挟み刀を止め、懐に滑り込み、わき腹を薙ぐのがいいか? いや、そもそも二刀流を相手に考えなしに振り下ろしては来ないか? 


 いや、今考えても無駄か。

 一神に全力を出している様子はない。力を隠しているならば、今何を考えようが無駄なこと。今はまず、自分のことに集中しよう。


 俺は奥から駆け出してきた雑魚二人に向かい駆ける。一人目を左の日本刀で突き、動きを止め、右の一振りで首を撥ねる。

 そして、残るもう一人の雑魚……倉庫に来たときから目を付けていた雑魚……鹿島に刀の切っ先を向ける。


「……鹿島だな」

 俺が呟くと、鹿島が目を見開き、顔を恐怖に引きつらせた。


「……坊? 坊っすか?」


「ああ」


「……お久しぶりっす……」


 鹿島は歳は三十になったばかりだったが、頬は痩せこけ、目は血走り、実年齢以上に老いて見えた。髪の毛も以前は太く量も多かったが、今では細く量も減り、酷く痛んでいるようだった。

 間違いなく薬物の影響だろう。


「……お前が破門されて一年か。ずいぶん変わったな」


 鹿島は八年前の襲撃事件の直ぐ後に組に入った男だ。

 元々は他の組で薬をばら撒いていたようだが、餓鬼が出来たのを機に、後ろめたくない人生を送りたいと水仙会に入った。娘が生まれてからは俺に娘と嫁の写真を良く見せてきた。親父が祝儀だといい百万渡すと、これで結婚指輪を買えると、何度も親父に礼を言っていた。薬指に嵌めたこの指輪と家族が宝だと鹿島はよく言っていた。


「……坊はますます大きくなられたっすね」

 鹿島は懐かしむように笑うと、ゆっくりとドスを構えた。

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