山吹組掃討作戦 三月
今でもあの頃の夢を見る。
ゴミ箱をあさり、残飯を食っていた頃の夢を。
俺は四歳のときから八歳までを養護施設で過ごした。養護施設なんて言うと聞こえはいいが、裏の顔は金持ちに餓鬼を斡旋させ小銭を稼ぐ餓鬼専門の人身売買を行う施設だった。
俺は親父に二十万と言うはした金でその施設に売られた。今では顔も思い出せないが、ギャンブル依存症のどうしようもない親だったようだ。
あの頃の俺の価値はたった二十万しかなかったが、八歳の時の俺はもっと価値のない人間になっていた。
施設で暮らしていた三年間はまだ良かったのかもしれない。誰かの御下がりだろうが、夏は半袖、冬には長袖の服を着せられ、一日三度の飯にありつけ、風呂にだって入れた。
それなりに人間らしい生活が出来た。
親父同様ギャンブル依存のお袋の顔が良かったようで、俺もそれなりには綺麗な顔をしていたらしく、施設のババアどもは俺を大層可愛がってくれた。上客が俺に目を付けてから、俺が壊れない年になるまで可愛がってくれた。そのデブなじじいがうぶな餓鬼が好きだという理由で、幸か不幸か俺は他の仲間達のようにババアどもの慰み者にはならないで済んだ。
他の仲間達はババアの部屋に毎夜連れられ、一、二時間すると痛い痛いと言いながら泣いて帰ってきた。けれど、どうしたのか聞いても俺には教えてくれなかった。ババアどもに口止めされていたらしい。
俺は何か悪い事をしたからお仕置きされたんだと思い、いい子にしていようと、毎日ババアどもの手伝いをした。施設の清掃も、配膳も行った。けれど、あの日俺は知った。なんでみんな泣いていたのかを。
施設には週に一、二度金持ちそうなじじいや、ババアがやってきた。
養子に迎える子を探しにと俺は聞いていたが、実際は買いたい……いや、食いたい餓鬼を探しに来ていたんだろう。そんなじじい達はよくつまみ食いをしていた。デブなじじいに目を付けられた時もつまみ食いだったのだろう。
俺は施設のババア達に応接室に呼ばれ、怪我や病気がないか検査するといわれ、じじいの前で服を脱ぎ全裸になり、体の隅から隅まで検査と言う名の恥辱を受けた。
五歳の俺は何をされていたかも分からずに、じじいの脂ぎった手で弄ばれ泣いた。それが気に入ったのかじじいは声を荒げ、この子がもう少し大きくなったら買いに来る。その時までに……髪を伸ばさせ、女の格好をさせるようにとババアに頼んでいた。
それから三年間俺は髪を伸ばし、女の服を着せられた。
三年経つと、俺の髪は腰付近まで伸び、綺麗な顔もあいまってか女にしか見えないようになった。
そんな俺を脂ぎったじじいは『今日から私が君のパパだよ』と言い、施設から連れ出してくれた。外に出たことなんか施設に入ってから一度もなかった俺は嬉しくて、男の手を握り、あれは何? あれは何と、三年ぶりに見る世界にはしゃいだ。
何もかもが輝いて見えた。
そして連れられてきた男の家は豪邸だった。確かでかい会社を経営しているとか言ったな。豪邸にはメイドや使用人が何人もいた。そして俺と同じ年頃の女が五人いた。いや、正確には女のような髪の長い男が五人か。
じじいはそいつらは俺の兄弟だといった。施設に兄弟同然に育った友達はいても、初めて出来る兄弟に俺は嬉しくなった。だから、そいつらの目が死んでいることにも気づけなかった。
じじいに引き取られた日に俺は部屋に呼ばれた。見たこともないようなデカイベットの上にはじじいが裸で横になっていた。
俺にも服を脱いで、親子一緒に寝ようと言ってきた。おれは恥ずかしいながらもこの家ではそうしているんだろうと思い服を脱いでベットに入った。
そして……壊された……いや、壊されかけた。あの時の光景はもう二度と思い出したくはない。
けれど……俺は必死に抵抗した。
抵抗し、抵抗し、枕元に置かれた水差しでじじいの頭を勝ち割った。
水差しが割れ、激昂したじじいが俺を突き飛ばした。
その時に偶然ベッドの下に落ちていた割れた破片で、俺は顎を切った。けれど、この怪我は幸運だったのかもしれない。傷が付いた俺に興味をなくし、じじいは俺を施設に叩き返した。
地獄から生還した俺を待っていたのは、施設のババアどもの折檻だった。鞭や棒で毎日俺を叩いた。五千万がパアだや、傷物のお前に価値はないと言い、ただただ俺を痛めつけた。
ここにいたら死ぬ。そう思った俺は施設から逃げ出した。施設の女の御下がりを身につけ、夜中に窓から一人で外に逃げた。
あのじじいに連れられて見た外の世界は輝いて見えた。きっとこの施設よりも、じじいの豪邸よりも、いい所のはずだ。
世間を知らない俺は夢を思い浮かべ、外の世界に逃げ出した。
けれど俺を待っていたのは地獄だった。
後になって分かったが、俺が逃げ出した先は裏の世界でもゴミ溜めのような所だったらしい。人身売買を行う施設の側にあるんだ、真っ当な場所ではないだろう。
薬の売人や、薬物中毒者。体を売って生活する女や男。文字通り体のパーツを売って生活するやつすらいた。
東日本の汚物を集めた街。それが俺がキラキラ輝くと思った場所だった。
俺は逃げ出した日、寝床を探した。
雨風をしのげそうな所を見つけても、喧嘩をする声や叫び声、拳銃の発砲音で眠れそうになかった。
馬鹿な餓鬼でもここはやばい所だと一日で分かった。けれど、俺はそこで生きていくしかなかった。
ホームレスのじじいを真似てダンボールをかき集め、残飯を喰らい生き延びた。
そんな日が一日、二日、一月、二月、半年と経つと、俺の眼は死んでいった。路地裏に捨ててある割れた鏡を見て、俺は自分の顔を見て衝撃を受けた。髪はボサボサで、頬は痩せこけ、目はあの豪邸で見た子達と同じになっていた。
希望はなく、絶望だけが映るあの目に。
そして俺は理解した。
この世界に希望なんてどこにもないんだと。
この世界には絶望しかないんだと。
俺は割れた鏡を手に取り、首に当てた。
馬鹿な餓鬼でも首をかっ裂けば、死ねると言うことは知っていたから。
首に鏡の先端が触れたとき、俺の手を誰かが蹴飛ばした。
そして、『譲ちゃん、何やってんだ! 未来ある餓鬼が、自分から死のうとしているんじゃねえ!』と、頭をげんこつで殴ってきた。今まで殴打や鞭で叩かれたりはしたことがあったが、拳骨で叩かれたのは初めてだった。
俺はその時泣いた。痛くてではなく、未来ある餓鬼がと言われた事が嬉しくてだ。
泣き出す俺をおっさんは慰め、どうしてこんなところにいるか聞いた。俺はつたない言葉で何があったか話し、そしておっさんに拾われた。
おっさんの家は豪邸とまでは言わないが、でかい家だった。そして、おっさんの家族と呼ばれるやつにあった。みんな目つきが悪く、恐持てだったが、誰も死んだ目はしていなかった。瞳には希望が溢れていた。
おっさんは奥さんに俺を風呂に入れるように頼んだ。
汚かったし、何より臭かったようだ。そりゃそうだろう。半年も風呂に入れなかったんだ。汗と生ゴミとアンモニアの混ざった匂いがしたんだろうな。
俺を風呂にいれ奥さんは驚いた。俺が男だったからだ。
施設から着てきた服はぼろきれの様になっていたが、それでも辛うじてスカートだと分かる形状をしていたから、俺を女だと思っていたんだろう。
そんな俺の長い髪を触り、奥さんは綺麗な髪と言ってくれた。




