山吹組掃討作戦 七星4
戦況が不利になり山吹から離れられずにいたスカーレットは、私の突進に気づき、日本刀を中段に構え待ち受ける。
走りながらも脳内で突きならばかわし、腕を斬りつける。薙ぐように振るうなら、刃で受けとめ、ボディにミドルキックを入れるイメージを作り出す。
さあ、どう来る!
目を見開き相手の初撃を警戒すると、スカーレットは日本刀を後ろに回し、前に飛び出した。
「なっ!」
日本刀は接近戦用の武器とは言え、ナイフのような至近距離でも扱えるような武器じゃない。一定距離以上近づけば振るう事の出来ない武器だ。そう私は考えていた。
それは間違いはないのだろ。
日本刀の強さはその切れ味であり、重量にある。振り下ろす斬り上げる、突き刺す、薙ぎ払う。しかし、それはあくまでも、日本刀を主体に戦う場合だ。相手は元々ロシアンマフィアの殺し屋。日本刀主体だと考えるのが間違いだったんだ。
スカーレットは私のナイフの間合いに入り込むと、飛び上がり、顎目掛け膝蹴りを繰り出してきた。
身長百七十を超える長身とは言え女の体じゃ、体重は七十キロはないだろう。鍛えぬいた私の体なら拳の五、六発や蹴りの数発ならダメージを受けずに耐え切れるだろうが、膝蹴りはまずい。
特に顎に喰らうのは。体重の乗る膝蹴りは、体格の差など楽々乗り越えてダメージを与えることが出来る。例えるなら六十キロの相手の膝蹴りは六十キロの砲弾を受ける事と同義といっても過言ではない。
私は咄嗟に顎の下で両手をクロスしガードする。両腕に重い衝撃が走る。
「くっ!」
初撃を耐えるといつの間にか逆手にも持ち替えていたのか、日本刀の柄がこめかみに迫り、打ち付けられる。鈍器で殴られた衝撃が走り、横に吹き飛ばされるが、転がりながらも体勢を立て直しスカーレットを見据える。殴られた痛みは大した事はなかったが、三半規管をやられたのか、視界が揺れ、軽い吐き気が襲ってきた。
マズイな。
このくらいの症状ならば十数秒もすれば治まるだろうが、スカーレットが回復まで待つはずなかった。
そして何よりもマズイのは、スカーレットの間合いが掴めない事だ。
逆桜に入りまずはじめに教えられたのが、相手の間合いではなく自分の間合いを作ることだった。相手の苦手な間合いを自分の得意な間合いに変え戦いを有利に運ぶ。
日本刀なら接近戦。ナイフなら遠距離と言うように、武器のナイフだけではなく、どの距離でも戦えるように私は様々な格闘技を学んできた。間合いさえ掴めれば、どんな裏世界の人間にも勝てる。
そう自負してきた。
裏世界の人間は一芸に飛び出たものばかりだ。
例えば五朗丸。やつはそのハンマーの重量と持ち前の怪力を武器に戦っている。それならば速度で圧倒し、懐に潜り込み斬りつければ言いだけの話。超接近戦でナイフを振るう術も私は学んできている。しかしこのスカーレットは格闘技を私と同程度のレベルで身に付けていて、更に日本刀の扱いにも慣れている。柄で殴りつけるなど、日本刀の手ほどき以上に相当高レベルな戦闘の手ほどきを受けている証拠だ。日本刀の中距離戦だけでなく、近距離もハイレベル。
これは警戒して戦わねばならないな。
ブッシュナイフを構え、立ち上がり、私はスカーレットを見据える。
「……アナタ強いけど、弱いデス」
片言で話すと、中段の構えを取り、すり足で近づいてくる。
逆桜の教えでは、決してターゲット会話をしてはいけない。喋るという行為は呼吸を乱し、相手に先手を取られるからだ。しかし私は教えを破った。少しでも話し、時間を稼ぎ、この揺れる世界から抜け出すためだ。
「強いけど弱いとはどういう事だ」
視界が揺れる。もう少し時間を稼がねば。
「見てワカリマス。アナタ相当なクンレンシテ、鍛えテル。強いはワカリマス。しかし、青沼とやりあっているアナタ、殺気がナカッタ。ただ殺すのが目標とシカ思えまセン」
「……」
反論できなかった。そうか、私は死屍柴ヒルイの後継者になるために、この戦いを……試験としか考えていなかった。それに比べ、山吹組の人間はこれを殺し合いだと考えている。生きるために戦っている。覚悟の差があったと言うわけか。くそっ。こんな裏の世界の人間に諭されるとは思っていなかった。
「……百鬼先生!」
私はスカーレットを見据えたまま叫ぶ。
「どうした!」
離れた距離にいるのだろうか、百鬼先生も叫び返してきた。
「山吹組は薬の売買をしていますが、それが表の世界に影響を与えることはないんですか?」
「いや、先日、某組の末端が、薬の中毒症状で一般人を襲うという事件があった。それもあって十大組織長はこの組の扱う薬を危険と見なした。それも、山吹組の処分の原因の一つだ!」
「了解しました!」
それが分かればいい。ここからは試験ではなく……裏警察逆桜の巡査として戦える。
「山吹組組長山吹英平! お前は表の世界にも影響を与えた。ここで粛清させていただく!」
私の心が決り、スカーレットを睨みつけると、彼女はかすかに笑みを浮かべ、気を引き締めたかのように青い眼光を鋭くした。
「組長! 私の後ろニ来てくだサイ! このままここを突破しマス」
「ああ。スカーレット頼む」
山吹英平は懐からドスを取り出すと、スカーレットの後ろに付いた。顔には焦燥や焦りの色が見えた。
スカーレットは間違いなく一直線に突破してくるはず。それならば迎え撃ってやる。やつの得意距離はまだ定かではないが、私のこのブッシュナイフの距離に持ち込み戦わせてもらおう。
視界も大分定まってきた。心も定まった。もう負ける要素はない!