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死屍柴ヒルイの後継者  作者: 也麻田麻也
延長戦ー二代目を継ぐもの
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二代目死屍柴ヒルイの戦い

「なんで閉めちゃうの? 零ちゃん、あそこにお母さんとお父さんとお祖母ちゃんと、いっぱいのおじちゃんおばちゃん達を殺した人がいるんだよ!」

 閉められた壁に駆け寄り、四家こと二代目死屍柴ヒルイ、姫宮瑠衣は厚さ三十センチを越えるコンクリートの壁を叩いた。たとえハンマーを持った五郎丸でも破壊できないような壁を、ナイフの柄で必死に。


「ご主人様、おやめください」

 零は瑠衣の手首を掴んで止める。

「血が出ています。これ以上はおやめください」


 何度も叩き擦れ皮が破けたのか、ナックルガードを握る瑠衣の指からは血が滲み出していた。

「ヤダ! ヤダよ……開けてよ。お願い、零ちゃん……扉を開けて……私に……」

 話すごとに荒かった口調は落ち着いていった。瑠衣は背後から手を掴み静止させていた零を向く。

「あの人を殺させて」


「……ッ!」

 零は慌てて後ろに飛びのき、瞬時に荒くなった息を必死に整える。

 振り返った瑠衣は笑っていた。


 姫宮メアリー茜によく似た柔らかな笑み、微笑を浮かべて。


 写真で見れば誰もが可愛い、綺麗だというような笑みだが、今の零はそんな感情を微塵も呼び起こさなかった。今の零にあるのは恐怖だけだった。微笑を浮かべているというのに、まるで自分が、大口を開けた蛇に呑み込まれる瞬間の蛙になったような感覚を味合わされた。


 写真には移らない狂気が瑠衣にはあった。


 零は父が西日本の精鋭との戦いで大怪我負った日から、候補者争いの日まで、二代目死屍柴ヒルイの候補者となるため、想像を絶する訓練を行ってきた。

 死ぬと思ったことも一度や二度のことではない。

 脳に異常がきたすほどの訓練の日々の中には、父やヒルイとの手合わせもあった。


 零はヒルイに勝てはしないものの、善戦するくらいの技量は持っていた。しかし今、零は戦慄していた。

 微笑を見て、狂気を全身に浴び、はっきりと分かってしまったのだ。


 瑠衣は自分よりも……先代死屍柴ヒルイよりも強いと。


 首筋から額から汗が滝のように溢れ出してきた。


「あれれー、どうしたんだい、狩谷ジュニアちゃん? 俺にこいつを止めることが出来るのかーって顔をしちゃってさ」

 切り裂かれ、スカーフェイスになった兎のマスクを被ったジョンが茶化すように狩谷に言ってきた。


「……そんな事はありません」

 袖で額の汗を拭うと、袖がしっとりと濡れた。


「瑠衣……お父さんとお母さん達の敵はおじいちゃん達が取ってくれるから……今は待ちましょう」

 姫宮が諭すように声を掛ける。


「……お姉ちゃん……無理だよ。だって……お爺ちゃんもヒルイちゃんも死ぬよ」


 微笑で死を口にする瑠衣に零も姫宮も言葉を失った。


「ヒルイちゃんはどんどん弱くなっているよ。初めて会った時と今じゃ比べ物にならないくらい弱くなったもん」


「それはそうだねー」

 変換された声でジョンは答えた。

「ヒルイちゃんのピークは三十年以上前でしょ? それに比べて橘ちゃんは三十代、油が乗ってきて心技体共に最も充実している年頃じゃないかなー」


「うん。だから……私が行かなくちゃダメなんだ。お爺ちゃんも……ヒルイちゃんも大好きだから」


「無理無理―」

 瑠衣の言葉をジョンは一蹴した。


「……どうして?」

 瑠衣から溢れる狂気がジョン一人に向いた。


「どうしてかって? アハハ。四家ちゃん……っと、違う違う。二代目を襲名したから、もうヒルイちゃんだね。ヒルイちゃんは分かってないなー。なんで一代目ヒルイちゃん達が三人だけで戦うのかを」


「なんで?」

 小首を傾げて聞く。


「罪悪感があるからに決ってるじゃーん。どんな奇麗事を口にしようが、あの人達は橘ちゃんを受け入れたんだよ。アハハハ。任侠者とか、裏世界の楔とか何とか言ってるけど、三人とも怖くて逃げ出しちゃったんだよねー」


「ジョン・ドゥさん……それはうちの親父も含めてって事か?」

 虎弥が聞きながら、抱えた刃渡り二尺半程の日本刀の鍔を押し上げる。すると、黒色の刃と峰が覗いた。


「アハハハ。竜胆ジュニアちゃんも分かってないのかなー? 竜胆ちゃんが一番逃げたんじゃないかなー? そりゃ平和の為を謳い文句にすれば、逃げても面目は保てるもんねー」


「なるほど――」と、言いながら虎弥は刀を抜刀し、ジョンの顔目掛け刀を振るう。


 ジョンは反応したのか、していないのかわからないが、その場からピクリとも動かずに刃を受けた。


「ジョン! なんてこったい。ジョンが斬られてしまった! くそっ、俺がいながら助けることができないなんて」

 ジェイコブがライオンマスクの頭の上に手を置く。頭を抱えたジェスチャーだ。


「安心しろ、斬っていない。俺だってこれから共に手を取り合うかもしれない者を、親父の悪口を言われたくらいで傷つけたりはしない。ただ、何もしないのも親父に悪いからな、少しだけ顔を切らせてもらったよ」

 慣れた手付きで鞘に刀を納めた。


「……いやー、びっくりしたよー。顔の近くを刃がバビューンッて通過していったんだからねー。あっ、顔って言ってもウサちゃんマスクじゃなく、中のプリティーフェイスのことだよー」

 ジョンは両手で顔を押さえると、楽しそうに語った。

「……って、あれっ? ジェイコブちゃん、質問なんだけどー、僕の声が声変わりしていないかい?」


「ややや、確かに! ジョンの声がいつもより高くなっているじゃないか!」


「あちゃー。避ければよかったよ。ボイスチェンジャーが壊れちゃったじゃないかい」


 虎弥の刀はジョンの口元を通過していった。その為か、ジョンの声は機械の声から、少女のような明るい声に変わっていた。


「あぁあ、これじゃあ性別不明、名前も不明、謎の殺人鬼ジョン・ドゥのキャラが台無しじゃないかー」

 怒ってると言うよりも、どこか、この展開は、これはこれで面白いと言った感じでジョンは語った。


「……」

 瑠衣はそんなジョンには答えずに、ウサギの顔を見続けた。


「おっと、そうだった、そうだった。助けに行っちゃダメな話だったね」

 ジョンは思い出したかのように手をぽんと叩く。

「今あの三人は敵を撃つと同時に、悲しませてしまった全ての人に、懺悔するために命をとして戦おうとしているんだよー」


「懺悔?」

 瑠衣はポツリと聞き返す。


「そう、懺悔。言い換えるなら……けじめをつけるためかな。アハハッーー」

 唐突に明るい笑いをピタッと止める。

「男のけじめを邪魔するもんじゃないよ」


 ジョンは急に声のトーンを下げて言った。


「わお、カッコいいキメ言葉じゃないか。でもジョン、それを女の声で言っちゃ決らないね」


「だよねー。アハハハ。ボイスチェンジャー壊すんじゃ無かったよー」


 また明るい声に戻しジョンは言った。


 零は、ボイスチェンジャー越しでも伝わらねえよと言う思いをグッと呑み込んだ。


「男の意地……?」

 瑠衣はジョンの言った意味を考え出す。そして十秒ほど考え答えを口にした。

「わかんないから退いてくれないかな?」


 微笑を浮かべ、狂気を乗せたナイフをジョンに向けて振るう。

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