戴冠式と言う名の開戦の狼煙6
「親分……うちはこっちで良いんですね?」
ダークグレーのスーツを身に纏った、短髪の髪型とこめかみから顎に掛けて走った刀傷が目立つ男――水仙連合会若頭補佐、木瑞が右手に刃渡り四尺近い黒色の日本刀を、左手に金の鍔と朱色の柄をした二尺ほどの日本刀を掴み耳打ちする。
左手に握る刀は三月こと水仙白麗の愛刀だった。
「……ああ。竜胆には教えてやらなくちゃいけねえ。家族を失うのがどれだけ辛いかって事をな」
声は静かだったが、妻に続き息子まで失った水仙の目は殺意で赤く充血していた。その目は後ろから見守る木瑞に見えなかった。
「君江……持ってきているか?」
「はいもちろんでございます」
橘の呼び掛けに君江は抑揚のない声で答える。前回の血判式の時と同じようなパンツルックのスーツ姿であったが、前回とは違い今日は大きなキャリーケースを引いてきていた。
「私のは後でいいから、お前は先に付けておきな」
「わかりました」
君江は一神を髣髴とさせる無表情な能面のような顔で答えると、キャリーケースに収められた二つの手甲を腕に嵌めた。
その手甲には拳の位置に三本の長い刀のようなものがついていた。
これが黒百合の殺し屋の中でも最上位に位置する暗殺者、社長付秘書、君江美妃の愛用の武器、鉤爪だった。
黒百合の女帝に害なすものを幾百も葬ってきた武器に、護衛たちの視線が集まる。
「私の命令があるまで動くなよ」
「はい。私は使命を受諾するのみです」
護衛が各々武器を取り出す中、バランスを取りにくいのか、ふら付きながら歩く一人の護衛の姿があった。
黒のハットとフレームの大きな黒のサングラス、タイトなスーツを身に纏っている。一見若者に見えるが、袖からのぞく手は酷くしわが目立ち、年配者であることが分かる。
男は姫宮の元まで向う途中、竜胆とヒルイの前で立ち止まり、サングラスを外した。
「よう、悪友」
サングラスを外した目は青く、男が日本人ではない事を物語っていた。
「よう」
竜胆が軽く手を上げて答える。
「まだ死んでいなかったか」
ヒルイが笑みを見せる。
「死ぬにはいい日がなかなか見つからなくてな。それにしても……」
ハットの男――アンラッキーこと赤きガーベラ顧問、姫宮ジェイムスは視線を四家に送る。愛する孫に。
「あっ、おじいちゃん」
四家が手を振る。
アンラッキーも手を振り答え、暖かな笑みを浮かべポツリと呟く。
「今日は死ぬにはいい日だ」
アンラッキーはヒルイと竜胆の間に進むと、ジェケットの裏に納められた両刃のナイフを一本取り出し、橘を見据える。
「いつもの護衛じゃないと思っていたら、アンラッキーさんじゃないかい。足の調子はどうだい?」
「最近は雨が降っても疼かなかったというのに……お前達を見たらズキズキと疼きだしたよ」
視線を橘から、橘の後ろに佇む、足を切り落とした二人のうちの一人、君江に移す。
「……」
君江はその眼差しを感情のない瞳で受け入れる。
ヒルイはアンラッキーの肩をぽんと叩くと、零に視線を移す。
「入るときに聞いたと思うが、ワシの従者はそこの狩谷零に変わった。そして零には二代目死屍柴ヒルイの従者もやってもらう」
「ちょっと待ちな。ヒルイさん、狩谷の坊やが死屍柴ヒルイの従者になることには何の反対もないさ。けれどね……二代目をそこのお嬢ちゃんにするかどうかは、組織長で意見がわれているんじゃないかい。それを何も知らない護衛達に話さずに進めるのは可笑しいんじゃないかい?」
橘は腕を組み不適に笑い言った。
「ほう。ワシとしてはお主が一度決ったことに駄々をこねて、自分の思惑どうり進めようとしてしているようにしか思えんがのう」
「私一人ならともかく、組織長の五人が反対しているんだ、耳くらい貸してくれてもいいだろう?」
「……なるほどのう」
ヒルイは呟くと、上を見上げる。
「……少し昔話をしてもいいかのう?」
「昔話? 聴く気はないね」
橘は断わったがヒルイは昔話をし始めた。
それは昔話でありつつ、死屍柴ヒルイの罪の物語でもあった。




