戴冠式と言う名の開戦の狼煙4
「そうか。そんなにも四家ちゃんを……自分の組織のもの以外を後継者にはしたく無いって言うのじゃな」
ヒルイは橘に白髪を揺らしながら近づく。
「いいや。私は別に誰が後継者になっても良いんだよ。この裏世界を任せることが出来る人物ならね」
橘は誰もが嘘と分かる言葉を口にする。
「ダウトー。ダメだよ橘ちゃん。本音をちゃんと口にしないとねー。黒百合の自分の駒を候補者にしない限り橘ちゃんは納得しないでしょー」
ジョンが訂正すると橘から殺気が漂いだす。
隣に立っている姫宮は気圧され一歩後ろに下がる。
「くっ」
他の組織長達も額に汗を掻き出したり、体をぶるっと震わせた。それは距離が離れた佐藤も土門の同じだった。
その中で震えなかったのは四人だけだった。
護衛を呼ぶべきかどうか迷いながら扉に手をかけた零と、温和そうな好々爺と言った笑みを浮かべながらも、杖を握り締め、いつでも殺し合う準備をしていた竜胆組長と隻腕でありながら圧倒的な強者の臭いを放つ死屍柴ヒルイだけだった。
四家は震えていた。
今感じる殺気と幼い頃母親が殺された時に感じた殺気が符合したのか、体をわなわなと震わせ、眠そうだった目を大きく見開き、橘を見ていた。
「あの人……お母さんを殺した人?」
ぼそりと四家が呟くと、佐藤と土門が四家の肩を抑えた。
「譲ちゃんダメだ。押さえろ」
「そうだ。十大組織長に手を出してはいけない。掟で決ってるんだ! 死屍柴ヒルイは完全な中立であり、私闘をしてはいけないって。四家ちゃんはこれから死屍柴ヒルイの名を継ぐんだから、決してこの掟を破ってはいけない」
「……無理」
呟いた四家は目をまどろませてきた。そして歌を奏でるために……ゆっくりと口を開ける。
と、同時に姫宮が四家に飛びつき体を抱きしめる。
「ダメよ……あなたは……復讐に囚われないで」
「……お姉ちゃん?」
柔らかな銀髪が頬に当たると、四家は目を開けた。その顔には微笑は現れてはおらず、髪がくすぐったくわずらわしそうな顔をしていた。
「くすぐったいよ」
四家が落ち着いたのを確認すると、ヒルイはホッと胸を撫で下ろした。
「橘社長よ、お主は意地でもワシの後釜を自分の組から出したいと思うだろうが……二代目はもう決定したのじゃ。零! 護衛を呼んでくれ。ワシの引退表明をする」
「待ちな! 私達はまだ――」
「黙れ!」
部屋の壁をも震わせるようなヒルイの絶叫が轟く。
「……じじいが……」
橘は呟き、四方八方に漂わせていた殺気を、ヒルイただ一人に向ける。
零は主人に向けられた殺気に反応し、ダガーを取り出すために懐に手を伸ばすが、ヒルイの目を見てそっと手を出す。
ついに始めるのか。そう思いながら扉を開ける。
「皆さん、お初にお目にかかります。私死屍柴ヒルイの二代目の従者となりました狩谷零と申します。二代目死屍柴ヒルイが決りました。それにつきまして、一代目死屍柴ヒルイ様から引退の表明と最後のお言葉がありますので中にお入りください」
零が声を掛けると、ライオンの被り物をした彼岸花の殺人鬼ジェイコブが最初に顔を出した。
「わお! はじめてこの部屋に入るけどふかふかじゃないか。まるで内臓が敷き詰められたみたいに柔らかいぞ」
ジェイコブはジョン・ドゥのようにボイスチェンジャーで変えられた声で話しながら部屋に入ってきた。車に乗せていたのか、背中には小さな棺桶を背負っていた。
「あっ、ヒルイさん、武器の持ち込みはオッケー? ノー? どっちなんだい?」
「よしとしよう」
ヒルイの一言で部屋の空気が張り詰める。
事情が分からない護衛達はどういう事だと思いながらも部屋に入ってくると、旧五大組織長と新五大組織長に分かれている部屋の様子を見て、ただ事ではないと判断したのか、足早に自分の長の後ろにつける。
土門の後ろには喪服のような黒スーツを身に纏った、五郎丸に匹敵するほどの長身の男性が立った。ただ五郎丸とは違い、体は細く、手足が長いどこか蟷螂を思わせるシルエットをした男――逆桜警部補、水沼は土門の後ろで、休めの体勢をとり、眼光鋭く対立しているように思える新五大組織長を見つめる。
自分が敵対するだろう相手を見定めると、指を覆うような巨大なナックルダスターをはめ込んだ手をグッと握り締めた。
佐藤の後ろには長い髪を後ろで結んだ袴姿の紅花商会刀剣部の部長、蓮見が鞘も柄も白木の日本刀を構え佇む。
「……問題ありですか?」
「ああ……この船出は荒れるぜ」
佐藤の言葉を聞き蓮見は親指を柄にあて抜刀する準備をする。




