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死屍柴ヒルイの後継者  作者: 也麻田麻也
戴冠式 開戦の狼煙
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戴冠式と言う名の開戦の狼煙2

「母さんのお友達?」

 小首を傾げ四家が聞く。


「ああ。おじちゃんも、このおじちゃんもお母さんのお友達だったんだ」

 佐藤は振り返らずに親指で背後を指す。

 佐藤の後方には巨体を揺らしながら歩いて来る土門の姿があった。


「君が茜さんの娘さんか……初めまして、逆桜の土門といいます」

 土門はこわもての顔にやわらかな笑みを浮かべ、四家に手を差し伸べる。


 四家はナックルガードから指を引き抜き、ナイフを片手に二本持つと、開いた右手で手を握った。血で汚れたままの手で。

 土門は血まみれの手で握られ一瞬顔をしかめたが、柔らかな笑みで握り返した。


「譲ちゃん気をつけろよ。土門は昔、茜ちゃんにラブだったからな。今も未婚だから、譲ちゃんのこと狙ってるかもしれねえぞ」


「佐藤さん!」

 顔を赤くして土門が怒鳴った。

「ゴホン。四家さん、君のお母さんは本当に強くて美しく、私の憧れの人だった。まあ、君のお母さんにはずっと君のお父さん……」

 そこで土門は屈み、四家の耳元で囁くように話した。

類人(るいと)さんがいたけどね」


「お父さん?」

 四家も合わせるように小声で土門に返す。


「うん」と、返事すると顔を起こす。


「あの日、我々逆桜と佐藤さん達紅花商会は向うのが遅れた。今でも悔やんで悔やんでしょうがない。あと一歩私達が早く着けば助けられたって言うのに」

 土門は辛そうに唇を噛み締める。

「だから私達は誓ったんだ、君が大きくなった時、必ず力を貸すってね」


 土門がチラリと佐藤に目配せすると、二人は血で汚れることも構わずに、四家の足元にひざまずく。


「譲ちゃん……いや、二代目死屍柴ヒルイさん。これからは俺達、紅花商会はあんたと共に歩もう」


「死屍柴ヒルイの名の下に我ら逆桜は力を貸そう」


「……」

 四家は急に日ざまづいた二人にキョトンとした顔を見せる。

「うーんと、こういう時は……ありがとうね」


 持ったナイフを床に置くと、血で汚れた手で二人の頭を撫でた。


 見た目に威厳はなかったが、佐藤と土門は涙を流した。かつて助けることが出来なかった姫宮メアリー茜の遺児に受け入れられたことの嬉しさと、平伏し始めて気づいた四家の王としての資質を感じて。


 二人はこの時心に誓った。

 自分の命を投げ出してでもこの子の助けになろうと。


 死屍柴ヒルイの名は楔であり防壁であるが、それ以上に絆の名前でもあった。裏世界の住人をまとめあげる絆。四家にはその才能が確かにあった。死屍柴ヒルイのようなカリスマ性が。


 そんな光景を竜胆は自慢の髭を弄りながら、好々爺のような笑みを浮かべ眺める。


「ワシも四家ちゃんが後継者になることには賛成じゃのう……と、言いたいところなんじゃが、ワシにはその決定権はないからのう……」


「竜胆様、どういう事ですか?」

 零がハンマーを後ろ手に持ち聞いてくる。


「決勝戦が始まる前に橘社長と約束したんじゃよ。黒百合の候補者が負けたら引退するってのう。実は前々から体の衰えを感じておってのう、新たな組長はもう指名しておったんじゃ。そこにヒルイの引退に橘社長との賭けも加わった、今が引退には丁度いいタイミングじゃな」


「ちょっと待ってください」

 今まで会話に参加していなかった門脇が立ち上がる。

「先日竜胆さんは後継者がいなくて困っていると言っていませんでしたか?」


「そうじゃったかのう? すまんのう、最近物忘れが激しくて……どうも思いだせんのう」

 竜胆は好々爺の笑みを浮かべながら答えたが、その笑みを見て誰もがこの爺さんは食えないやつだと言う事を再認識した。


「……後継者は若頭の菖蒲ですか?」

 辛うじて竜胆まで届く程度の小さな声で水仙が聞いた。


「菖蒲のう。確かにあいつほどワシに楽させてくれた者はいないが……あいつは組長の器ではないのう。二代目竜胆組組長はワシの護衛で今廊下に立っている……竜胆虎弥(りんどうこうや)


 名前を聞き水仙の眉根がピクッと揺れる。

「竜胆だと? どういう事ですか。組長に子供がいたなんて俺は聞いたこともない」


「虎弥はワシの妾の子で、ワシが五十過ぎに出来た子でのう、目にいれても痛くないほど可愛がった子じゃよう。あまりに可愛すぎて、タマを取られるのが心配でのう、ずっと舎弟の子供と言うことにしておったのじゃ。今はまだ二十四歳のはなたれじゃが、可愛い子には旅をさせよ。組を継いで経験を積むには丁度いい年頃じゃのう」


「待ってくれ。今二十四と言ったか?」

 水仙はソファから立ち上がり、竜胆に詰め寄る。


「言ったが何か問題でもあるかのう?」


「なぜこの後継者争いに参加させていないんだ?」


「おや、まずかったかのう? 虎弥よりも菊池原の子倅ならヒルイの二代目になれると踏んだだけじゃぞ」


「……」

 同じ任侠の世界に生きるものとして、六波羅こと菊池原の強さも虎弥の強さも水仙は知っていた。比較するのが馬鹿らしくなるほど虎弥のほうが強いことも分かっていた。

 竜胆組長の護衛である虎弥は竜胆組系を代表するほどの強さを持っているのは任侠の世界に生きるものなら衆知の事実だった。


 百パーセント嘘と分かりながらも水仙は黙り、四家に視線を移す。養子である三月こと、水仙白麗が殺しあっても決して勝てないほどの強さをもっている四家を。


「……知っていたのか」

 ポツリと呟き、水仙はソファに戻る。

「俺は四家を後継者とは認めない。こんな仕組まれた戦いに息子を出したと思うと……」


 水仙はガラスで出来た豪奢なテーブルに拳を落とす。分厚いガラス板は割れることはなかったが、ガンッと音を立て、乗せられたコーヒーカップを宙に浮かした。


「仕組まれたとは聞き捨てならんのう。ワシはアンラッキーとは仲がよく、四家ちゃんのことも良く知っておっただけじゃぞ」

 竜胆は水仙に言い返すが、水仙はそんな言葉を信じずに睨みを返す。


 信じなかった水仙の判断は当たりだった。

 四家が出場する事は、事前に元五大組織長には伝えられていた。死屍柴ヒルイの口によって。


 だから竜胆組からは離反の疑いがある菊池原が選ばれ、紅花商会からは腕は確かだが、手綱を握りきれなかった九門を候補者に選んだ。逆桜も同様で、正義感がありすぎ、他の組織を潰そうと躍起になり、摩擦を生んでいた七星が代表者に選ばれていた。


 誰もが実力は確かではあるが、他の組織に比べれば落ちるものだったのは、負けるべく用意された駒だったからに他ならなった。

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