決勝戦 一神対四家7
僕は十年と少し前に山百合に連れてこられたらしい。
けれど僕にはその時の記憶がない。気づいた時には山百合にいて、人を殺す訓練を受けさせられていた。
自分の名前も、なぜここにいるのかも僕には分からなかった。親、友人、知り合いの名前も顔も思い出せなかった。
それどころか僕は初め自分が男なのかも女なのかも分からなかった。僕にあったのは日常生活を辛うじて不自由なく送れる程度の知識と……山百合で生き抜くに十分すぎる殺しの才能だけだった。
僕はシスターササカワに才能を見初められて、来る日も来る日も訓練を受けさせられ、来る日も来る日も人を殺し続けていた。
過去のない僕はその日々が正常な日々なのか、異常な日々なのか分からずに過ごし続けた。
唯一つハッキリしていたのは、僕が他の誰よりも人を殺す才能があった事だった。
僕は人を殺す事に対し何も思わなかった。僕にとって人を殺す行為を咎めるような記憶や過去は何もなかったから、僕は殺意も敵意も持たずに人を殺せた。
シスターササカワは、これは才能だと言ってくれた。
才能。
それはもって生まれた天賦であるが、僕は持って生まれたのではなく、失って生まれ変わったから得られたものだった。
喪失から生まれた能力。
けれど、この能力は暗殺者となる上で僕の最大の武器になると考えたシスターササカワは僕に音と感情を消す訓練を集中的に受けさせた。
無音、無感情、無気配があれば誰よりもすぐれた殺し屋になると考えたからだろう。
きっと山百合の最高傑作と呼ばれた人間を超えられると僕は言われ続けた。
音を消す訓練はすぐに身についた。
歩いても足音も衣擦れの音も出さずに動けるようになった。昔から知っていたかのように、僕は音を立てずに動くコツをすぐにつかめた。
無感情、無気配を身に付けるのも時間は掛からなかった。
感情とは人生の苦節、挫折、幸福、葛藤、怒りがあるからこそ現れるもので、僕の日常にはそんなものは何もなかった。
ただ指示され、人を殺すために腕を磨き、実践する日々では僕には何の感情も宿らなかった。
いつしか自身の過去を知りたいという気持すらも消え去っていた。
知ったところで僕はもうこの世界から逃れることは出来ない事を子供心ながら理解していたからだろう。
僕は操り人形であり、傀儡でしかないんだから。
この生き方以外僕に道はないし、僕は知らないのだから。
そう、僕はシスターの手で操られる人形。
そう思えるようになると、全ての感情は消え去り、僕から気配も消えた。
なぜなら僕は人形だから。
肉と血で出来た人形には心はいらない。
人形は生きていないんだから、気配などない。
僕から音も感情も気配も消え去ったある日、山百合の上位組織の人間で、山百合の最高傑作と言われていたという黒百合の新社長、橘牡丹氏がスカウトにやってきた。
橘牡丹氏は僕を一目見て、黒百合によこすように言ってきた。ただしそれは今すぐではなく、もっと殺しのスキルを身につけ、成長し、黒百合の実践にもついてこれるようになったらという話だった。
小等部二年生の僕はその翌年、実践的な訓練を受けるようになった。
山百合に届いた軽い依頼をこなしながら、暗殺のスキルを徹底的に磨いた。
そして僕が中等部二年になった年、橘社長が第一線で戦うことが出来ると判断し、僕は山百合から黒百合に所属を移した。
けれど、そんな変化を僕は何も気にはしなかった。
所属が変わろうが、奏者がシスターササカワから橘牡丹に替わろうが、人形は何も変わらない。
僕は指の動きに合わせ、手足を動かされるだけ。
変わったところがあるとすれば、一人称を私に変えられたことくらいだろう。
それから僕は黒百合の仕事を行うようになった。
今までとは比べ物にならないほど人を殺し、比べ物にならないほどの腕利きを相手に戦ったが、僕にとっては何の問題もない日々だった。
橘社長曰く、僕は黒百合に移った当時、もう幹部の中でも中位に位置する技量を身に付けていて、一年も経つと、黒百合のナンバーツー、橘牡丹の片腕となるほどの腕だったらしい。
片腕とは言われたが、僕はなんとも思わなかった。
いくら持て囃されようが、僕の日々は変らない。ただ言われたとおり……動かされたとおり動く日々が続くだけ。
僕には音もなく、感情もなく、気配もなく、ただこの目で敵を見つめ、殺すだけの傀儡なのだから。




