ホームルーム5
「次は七番。来てください」
「はい」
教室に響くような大きな声で返事をし、七番は立ちあがり、背筋を伸ばし教卓にやって来た。
「よろしくお願いします」
頭を下げ、教卓の上に手錠を置いた。手錠は引き千切ったようだった。それにしても礼儀正しいな。さすがはあの組織の候補者だ。このクラスが本当の学校だったなら、きっと学級委員長はこの男だろう。
七番は年齢が最年長の二十歳。身長は百八十三センチで、五朗丸に次ぐクラス二位の長身だ。体重も百キロは有りそうな筋骨隆々とした見た目で、制服の上からでも逞しさが伝わってきた。
「それじゃ、武器を持ってきます」
金庫からゴルフバックを取り、教卓の上に置き、武器を取り出す。中には一本の大型のナイフが入っていた。鉈に近い形状のブッシュナイフだ。ブッシュナイフは草や木を切り払うために使われるものであるが、大型の肉食動物の迎撃にも使われる、重量を最大の武器としたナイフだ。刺すことは出来ないが、叩き斬るのに向いた、体格に恵まれた七番には適した武器だろう。
「これで間違いないですね」
「はい」
ナイフとゴルフバックを手渡す。
「それでは偽名を伝えます。『七星』。七に星座の星で七星です」
「七星ですね。了解いたしました」
復唱すると、候補者達に向き直る。
「七星の名を与えられました。皆様よろしくお願い致します」
「七さんよろしくー」
二ノ宮は気楽な感じに答えた。
「よろしくお願い致します」
二ノ宮に会釈をし顔を上げると、目に決意の炎を燃え滾らせていた。
「今回の死屍柴ヒルイ殿の後継者選びは熾烈なものになるでしょうが、譲る気は更々ないので全力を出させて頂きます。私以外の六人を見てはっきり分かりました。この東日本の楔たる存在になるのは私以外にあり得ないと。ですので、手加減はいたしません。もし、死ぬのが嫌な者がいれば、棄権する事をお勧めします。以上です」
七星は俺に「失礼します」と、頭を下げると席に戻った。
熱い男だったが嫌いではなかった。この候補者の大半が組織の為に候補者争いに送られているが、七星だけはヒルイさんの跡を継ぎ、楔となり防壁となり、秩序を守るために参加していた。中立と言う立場である以上贔屓目を持ってはいけないが、あいつには頑張ってもらいたいと思えるな。
「八番の方来てください」
「はい」
八番の席に座る女は微笑を浮かべ音もなく立ち上がった。一神以来の無音の動作。
女は音もなく歩くと教卓の前まで来て、そっと手錠を置いた。手錠は鍵が開けられているが、女がヘアピンや針金を持っている様子はなかった。八番の女は腰まで届く黒髪のロングヘアで、教室に射し込む朝日を浴び、煌いていた。こういうのを緑の黒髪と言うんだろう。
歳は十七歳だが、うっすらとメイクを施した微笑を浮かべる顔と、百六十七センチのスタイルのいい長身もあいまってか、もっと年上に見えた。美女だ。それも極上の。二ノ宮や四家も可愛らしい顔ではあるが、八番はそれとはジャンルの違う美しさがあった。
そうこの女は妖艶なんだ。俺が局長のお供でよく行く飲み屋のお姉さん方と比べても遜色ないどころかはるか上を行く色気。写真で見る美しさの何倍も上をいく彼女を見て、俺は思わず息を飲んだ。
「いかがしましたか?」
微笑を浮かべ小首を傾げる。
「ああ、この手錠が不思議なんですね」
そう言うと、俺に顔を近づけ、口を開いた。もちろん俺は歯科医ではないので虫歯のチェックは出来ない。しかし、彼女の見せたいものは直ぐに理解できた。舌の上には小さな縫い針が乗せられていた。
「なるほどね。古典的な手法ではあるけれど、それなら開けられそうだな」
針を使い手錠を開けたというわけか。
「ええ」
八番は声を潜め頷いた。
「多少チクチクですが、慣れれば口に入れたまま食事も出来ますよ」
声を潜める。つまりこれが隠し武器と言うわけか。この学園には指定された武器以外ボディチェックをして持ち込めないようにしていたが、さすがに口の中までは見なかったということか。いや、見る必要がないのか。口の中に入れて持ち込めるような小さな武器では殺傷能力は低い。持ち込まれても困らないという判断なのかもしれないな。俺もこれを取上げるような真似はする必要ないな。
「それじゃあ、武器を持ってきます」
大事なのは主力の武器をみんなの前で見せること。見せてそれぞれの対策を考えてもらうのがこのお披露目の最大の理由だ。手錠はちぎるか抜けるか。ちぎれば力の強さを示し、抜ければ技術力の高さを見せられる。柔なのか剛なのか。さすがはヒルイさんが考えただけあって面白い作りだ。
俺は金庫から重いゴルフバックを取り出し教卓の上で開ける。さて、候補者達はこの武器を見てどういう対処を考えるんだろうか。どう目の色を変えこの武器を見るのかわくわくしながら、八番の武器を取り出した。
ゴルフバックの長さ一メートル六十センチギリギリに詰められたその武器を、手を傷つけないように注意しながら取り出す。長さ百六十センチの鉄の棒の先端に、両刃の刃がついた斧のような武器を。バトルアックスに似ているが、刃の部分が通常のものよりも長く下に伸びている特殊な形状をしている。俺は資料を読んでこんな武器を実際に使っているやつがいるのかと思い驚いた。
鉄の棒の下と中ほどに、十五センチほどの黒いラバー製のグリップが付けられていた。
「これで間違いはないか?」
まあ、こんな武器他にはないだろうから、入れ間違いなんか起きないだろうが聞いて見る。
「ええ」
頷くと俺から斧らしきものを受け取る。女の細腕では重みを感じるだろう斧を持ち八番は聞いてくる。
「開いてもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
と言い俺は一歩下がる。
「前列のものも、少し下がってくれ」
一神、四家、七星、そして十番は椅子を引き下がると、それを確認した八番は持ち手の下のグリップを軽く回し斧を振った。すると遠心力で刃が飛びあがり、横で飛び出す形で固定される。その形状は死神のもつ鎌そのものになっていた。斧の刃が両刃だったのは鎌として使うためにだった。
「おおー。めっちゃカッコいいねー。それどこで作ったの? 紅花商会で作れるー?」
特殊な武器を使う二ノ宮は目を輝かせ言ってきた。
「ええ。これは、十五年以上前に私の先輩が使っていたもののお下がりなんですが、紅花商会の作品のはずですね」
「マジかー。うちの長がすきそうな武器だよー。でも、鎌は戦闘には向かないんじゃないかな?」
「ちょっ、二ノ宮。それは質問しすぎだ」
俺もその通りだと思ったので、話を遮った。これ以上話させて、戦闘を不利にさせるわけにはいかない。美人とかは関係なく、俺は中立な人間として止めた。
「大丈夫ですわ」
八番はそう言うとグリップを回し、一度振るい、また鎌を斧に戻した。
「これは斧と鎌のどちらでも使える武器です。もちろん接近戦対策もしているので、大鎌を相手に戦うつもりでいれば、痛い目見ますよ」
「ひゅー」
両手を後ろで組み、口笛を吹く。
「マジでその武器かっこいいねー。うちもこの後継者選び終わったら、その武器作ってもらいたいなー」
「扱いは難しいですよ」
微笑み八番は答えた。
「話はそのくらいにしようか」
女二人のトークを遮り、八番にゴルフバックを渡す。
「それじゃあ偽名を伝えるよ。『八王寺』。八に王様の王に寺院の寺で八王寺。それがここでの名前だ」
「八王寺ですね。了解しましたわ」
武器をゴルフバックにしまいながら答えると、八王寺は長いスカートをはためかせながら、席に戻っていった。
八王寺の制服は昔のスケバンのように、足首までの長さがある。しかし妖艶な八王寺が履くと、スケバンではなくお嬢様のような雰囲気を醸し出していた。
後姿を追った俺は九番に視線を移した。今度はこいつか。書類を見た時から、係わりたくないと思っていたやつだ。
「九番来なさい」
「はい」
九番は静かに返事をすると、教卓に向ってきた。
「おー。かっけー」
二ノ宮が声をあげるのも頷けた。
九番は顎まで届く長い前髪を真ん中別けしていて、後ろ髪は借り上げている独特な髪形をしている。そして顔は大きな二重の瞳に高い鼻。血色のいい唇と言う、テレビの中のアイドルのようなルックスの男だ。身長は百七十七センチの痩せ型で、足が長くモデルのような体型で、顔に良くあっていた。年齢は十九歳で、この中では年上の部類に入るな。
教卓に手錠を置くと、それは今までのどの生徒とも違うはずされ方をしていた。それは割れていた。硬いハンマーで割ったようにだ。どうやったかは分からないが、こいつなら出来そうだな。甘いマスクとは裏腹に、資料にはこいつの本質が克明に書き込まれていた。こいつは壊すのが大好きな男だ。相手を肉塊に変えるほど壊し続ける。今は落ち着いた感じのイケメンに見えるが本質を知っている俺からすれば、羊の皮を被った狼にしか見えなかった。一番厄介なタイプだな。
「それでは武器を持ってきます」
金庫を開けゴルフバックを手に取る。中に収められた武器を知っている俺としては、思わず苦笑いが出てしまう。教卓に置き中身を取り出すと、教室の空気が変わった。この武器の意味を理解しているものが何人かいるようだ。流石は裏の世界の精鋭達、武器の造詣も深いようだな。
取り出したのは細身の剣。日本刀とは違い両刃で、唾が横に伸び、見た目は巨大な十字架のように見える。長さは一メートルに十センチと言ったところか。バスタードソードと呼ばれる西洋の剣だ。
西洋には片手で扱う片手剣と両手で扱う巨大な両手剣の二種類あるが、この剣は唯一といっていい、片手両手兼用の剣だ。
斬ることも突くことも出来、重量もある程度あるので破壊力は絶大。しかし直ぐに廃れ、歴史からも姿を消した逸品だ。なぜ姿を消したか、それは扱いが極めて難しいからだ。
片手から両手に持ち替え戦うのは至難の技だし、片手で持ち戦うには重く、適正に扱うには相当な訓練が必要だ。それをこの九番は武器として持ち込んだ。これだけでも技量の高さが分かる。貫けて斬れる。壊すのが大好きなこの男にはもってこいの武器かもしれないな。
バスタードソードを手渡すと、九番は笑みを零した。恍惚の笑みを。早く斬りたい。早く突き刺したい。早く壊したい。そんな思いが教室に充満し、俺は思わず身震いをした。やっぱりこいつは苦手だ。
「お帰り。僕の可愛い子」
剣の鞘にキスをし言った。言ったというよりも、頭が逝っていると言った方が良いかもしれないな。
「……いいかな。君の名前は『九門』。九つの門で九門。分かったか?」
「はい。九門ですね。苦悶の表情を与える九門。僕にはピッタリの名前ですね」
綺麗な顔で綺麗な笑みを表した。汚い心を持った男が。




