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我等は地球防衛隊

作者: やーめん

 子供の頃から、正義のヒーローが大好きだった。

 地球征服を企む悪者をやっつけたい。そんな単純な気持ちを持ったまま、大人になってしまった。

 そう、我等は地球防衛隊。

 総勢五人しかいないとても小さな組織だけれど、れっきとした国際連合の一組織なのだ。

 その一員である俺は、国際公務員という肩書きだ。

 カッコイイだろう。


 えっ、どんな仕事をしているのかって?

 良く訊いてくれた。

 地球を防衛するのだから、当然、宇宙からの侵略者に立ち向かい、これを撃退するのが我々の使命なのだ。

 えっ、たった五人でなにができるのかって?

 ふっふっふっ・・・。

 我々には取って置きの秘密兵器があるのだ。

 これは極秘事項だが、読者の君にはこっそり教えてあげよう。

 知っての通り、この地球上には、米、露、英、仏、中の五大核兵器保有国と、公式には公表されていないが、公然の事実となっている南アジアの某国と某国、それから中近東の某国と某国に、それこそ無数の核兵器が存在する。

 それらは、地上発射型のICBM(大陸間弾道ミサイル)だったり、発射位置を隠すことができるSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)だったりする。

 それらの管理は、もちろん各国の軍の最高機密である。


 えっ、そんなことは知っている?

 それと地球防衛軍がどういう関係があるのかって?

 まあ、よく考えてくれたまえ。

 もし、宇宙人が地球を侵略しにやってきて、各国がこれを撃退しようとバラバラにミサイルを撃ったとしよう。

 某国から核ミサイルが発射された時、それを感知した他の国はどう考えると思う?

 ミサイルが自分の国の方に向かってくれば、当然、自分の国を狙って撃ったと思うだろう。

 そうなれば、やられる前にやり返すのが、核戦争の常識だ。

 ありったけの核ミサイルを相手の国にぶち込むことになる。

 そうなれば、他の国も黙っちゃいない。

 お互いに核ミサイルの打ち合いで、宇宙人が来る前に、地球は自滅してしまうだろう。


 こんなことを防止するために、宇宙人への攻撃は、国連に一元的にまかせることになっているのだ。

 つまり、宇宙人が攻めてきた場合、核保有国の核ミサイルは一時的に地球防衛軍の管理下におかれ、地球の総力を挙げてこれに立ち向かえるよう、核保有国の間で秘密の条約が結ばれているわけだ。

 もちろん、これはトップシークレットだ。

 こんなことが公になったら、テロリストが地球防衛軍を乗っ取ろうと大挙してやって来るに違いない。

 だから、地球防衛隊をどこに配置するかが重要な問題となる。

 強力な軍隊に守らせたいところだが、さりとて、核保有国の一つに置くとなると、他の核保有国が黙ってはいられない。

 だから、絶対に核兵器保有国にはならず、絶対に自ら戦争をしかけたりしないと誰もが納得する国に配置する必要がある。

 本当は、永世中立国のスイスに置きたいところだが、ジュネーブの国連本部のすぐそばに置くのは、いかにも国連が巨大な力を誇示しているようで、国連加盟国の目もあってはばかられる。

 となれば、唯一の被爆国で核兵器を絶対持ちそうでなく、戦争放棄を憲法でうたっている日本に地球防衛隊を置こうというのは、無理の無い話しであろう。

 まあ、灯台下暗しというか、こんな情報丸出しの、無防備な国に、まさか『地球上の核兵器を一元管理している組織』があるとは、誰も想像しないだろう。


 そんなわけで、地球防衛隊は日本の東京に置かれている。

 まあ、国際公務員といっても、地球防衛隊の予算は微々たるものだし、日本は物価も高いから、ヒラである俺の給料は、正直言って日本の交番勤務の警察官より低い。

 というか、コンビニでバイトしているより、ややマシと言う程度のものである。

 当然、東京の都心でセレブな生活という訳にはいかない。

 俺は東京とは名ばかりのローカルな町の安アパートから、毎日バスと電車を乗り継いで、片道二時間かけて通勤している。

 俺の部屋には家具らしいものはほとんど無いし、毎日の食事もいたって質素だ。

 まだダンボールを住居にしていないだけましという程度のものである。

 生活レベルから言ったら、格差社会の見本のような底辺に近い部類であろう。

 しかし、俺は誇り高い地球防衛隊の一員である。

 地球を守るという崇高な使命感が俺の全てを支えているのだ。


 宇宙人はいつ攻めてくるか分からない。

 俺たち地球防衛隊員は、八時間毎に交代で勤務につき、各国の観測網から宇宙人の襲撃の情報が入れば、即座に最も適した位置にある核ミサイルをターゲットに向けて発射しなければならないのだ。

 この重責のため、勤務中は常に緊張の連続だ。

 高潔な地球愛と崇高な使命感が無ければ勤まらないであろう。

 そして、その地球愛の壮大さと、抜きん出た使命感の高さが国連の厳しい選別で認められたがゆえに、俺はまだ若いにもかかわらず、このような重大な任務に配属され、米国大統領を遥かにしのぐ強大な権限を与えられることになったのである。

 俺の地球を愛する気持ちは、誰にもくじくことはできない。

 どのようなマインドコントロールも俺の使命感を揺るがすことはできない。

 俺は、そのような強力な信念の持ち主であることが認められたのである。


 俺は、いつものように、出勤のため、自宅のアパートを出た。

 駅からバスで二十分もかかる場所にある、築40年の木造2階建てのアパートだ。

 本当は中古でも良いからマンションを買いたいが、俺の給料では三十年間ローンで支払っても購入などできない。

 現在の状況では、とても結婚して家庭を持つことなど無理であろう。

 しかし、地球防衛隊員には、そんな家庭生活を楽しむ余裕などないのだ・・・金持ちの家のお嬢さんとでも結婚しない限りは・・・。

 むっ、しまった。向こうからやってくる女性を物欲しそうな目で見たせいか、その女性ににらまれてしまった。

 軽蔑されたかと思うと、胸が痛い。

 しかし、俺は誇り高い地球防衛隊員だ。

 秘密を明かすわけにはいかないが、俺の重大な使命を知ったら、彼女は俺を尊敬の眼差しで見つめ返すであろう。


 俺は、胸を張って、上を向いて堂々と歩いた。

 ・・・むむっ、何かねちょっとしたものをふんずけてしまった。

 靴の裏がヌメヌメしているが、もしかしてこれは・・・?

 俺は悪い予感がして、靴の裏を見た。そして、その悪い予感が当たったのを確認した。

 いったい、犬を飼う人間のマナーはどうなっているのだ。

 きちんと世話ができない奴は犬を飼う資格はない。

 いや、野良犬か野良猫の仕業かもしれない。

 このような落し物をする野良どもは、早急に捕獲処分しなければなるまい。

 保健所は何をやっているのだ。

 むむむっ、小学生のガキどもが、靴の裏のナニを地面でこすっている俺を指差して笑っているな。

 くそ~なんて洒落しゃれを言っている場合ではないが、しゃくさわる奴らだ。

 しかし、俺は誇り高い地球防衛隊員だ。

 俺の本当の姿を知ったら、あのガキどもも、俺を尊敬して憧れるに違いない。


 おれは、バス停に並んだ。

 うっ、誰だ、タバコを吸っているのは。

 こんな公共の場でタバコを吸うとは、マナーがなっていない。

 自分が吸いたいからといって、他人に受動喫煙させるとは何事か。

 新鮮な空気を吸う権利は、基本的人権であり、誰もこれを侵すことは許されない。

 俺は、厳しく注意しようとしたが、その時、灰色の排ガスを撒き散らしながらバスがやってきた。

 そして、まともにその排ガスを吸いこんでしまった。

 ウゲェ、ゲホゲホゲホ・・・。

 いまどき、排ガス規制をクリアしていないバスを走らせているのか?

 いや、これは明らかに整備不良なのではないだろうか?

 あとで、バス会社に正義の匿名投書をしてやろう・・・。


 前ドアから乗車したバスは、非常に混んでいた。

 後ろの方には、まだ余裕がありそうだったが、若い女性の一団が壁を作っていて、後ろに進めない。

 運転手が「一歩ずつ奥へ詰めてください」と言ったので、後ろに詰めようとしたら、その女性のひとりににらまれた。

 まっ、まずい。

 変に押すと痴漢と間違えられてしまいそうだ。

 今時、女性に「痴漢だ!」と叫ばれたら、男性がどんなに弁解しようと、痴漢にされてしまうのだ。

恐ろしい世の中になったものである。

 正義のためには、後ろに詰めるべきであろうが、正義の味方が痴漢として捕まってしまっては元も子もない。

 理不尽な女性の視線に耐えながら、俺は身をよじってその女性になるべく触れないようにしながら奥へ詰めた・・・。


 不自然な姿勢を続けていたので、俺はバスを降りた時には、体の節々が痛くなっていた。

 しかし、これから満員電車に長時間乗らなければならないのだ。

 疲労感があったが、これから重大な職務が待っているのである。

 一刻も猶予はない。

 俺は悲壮な覚悟を決め、満員電車に渾身の力を込めて乗り込んだ・・・。


 電車の中は、身動きがとれない状態だ。

 右手の方に女性がいる。

 おれは痴漢に間違われないように、右手をなんとか自分の胸の辺りに持ってきた。

 すると、前にいた中年の男性が押すなとばかりにグイっと俺のほうに背中を押し付けてきた。

 こういうことは、ワザとやられると頭にくるものである。

 ちょっとカッとなったが、こんなことで喧嘩をしてはいけない。

 俺は誇り高い地球防衛隊員だ。

 満員電車ではお互い様。

 我慢しなければなるまい。


 電車は、次々と停車駅でお客を詰め込んで、車内はますます混んできた。

 俺は、つり革にも摑まれない位置で、爪先立ちで電車の揺れに耐えていた。

 いったい、なぜこんな非人道的な乗り物が許されているのか。

 このような扱いは、家畜動物以下のものだ。

 しかし、これも訓練と思えばどうということはない。

 地球防衛隊員は、常に厳しい訓練をして強い心身を持つように心がけねばならないのだ。

 ううっ、この横揺れはちょっときついぞ・・・。

 あっ、足を踏まれた。

 しかも、ハイヒールのかかとに思いっきり体重をかけて踏まれたので、足が痺れるように痛い。

 わっわっ、急ブレーキだっ。

 車内から悲鳴が上がっている。

 俺が押されてやむを得ず寄りかかった隣のサラリーマン風の男性が、怒ったようにいきなり肘で俺のわき腹に肘鉄をくらわせた。

 畜生、なんで俺がこんな目に遭わなければならんのだ。

 悔しくて俺の目はちょっと潤んでしまった。


 やっとのことで駅に着くと、向こうの方で、怒鳴りあいの声が聞こえた。

 きっと、満員電車の中でぶつかって、お互いにキレたのであろう。

 正義の味方としては、喧嘩の仲裁をすべきなのであろうが、既にその気力はないし、時間を無駄にすることもできない。

 いったい、いつから人間はこんなに気が荒く、短気になったのだろうか。

 効率一辺倒の社会のせいで、皆余裕がなくなっているのだろうか。

 電車を降りた乗客たちは、ヒステリーを起こしたネズミの集団のように、皆我先にと駅の階段に、突進していく。

 おれは急流に流されるようにホームを進み、階段の下り口付近に来たが、隣の奴に肩で押され、後ろからもグイグイ押されて、階段から転げ落ちそうになった。


 駅の改札口から道路へ出ると、コンビニの前で学生服を着た若者が座り込んでタバコを吹かしていた。

 赤信号の横断歩道を平気で渡ってしまう初老の男がいる。

 パッパラ、パッパラと騒音を立てて数台のバイクが我が物顔で道路をジグザグ走行する。

 大型トラックが何台も灰色の排ガスを撒き散らして走っていく。

 道行く人々は、皆目がり上がっているように見える。

 電柱には卑猥ひわいな広告や他国を誹謗中傷するビラが貼られ、目を落としてみれば、道端に捨てられた空き缶や吸殻が散乱している。

 どうして、こう身勝手な奴らばかりなのだ。

 少しは地球愛というものがないのか。

 俺はやり場の無い怒りに震え、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 すると、「邪魔だ、どけっ」と言う声がして、ドンっ、と後ろから突き飛ばされ、俺はよろめいた・・・。

「いいかげんにしろ!」と俺は発作的に叫んでいた。

 すると俺を突き飛ばしたその男は、「なんだとぅっ。おい、兄ちゃん、いい度胸しとるやないけ。」と言って、俺の胸元をつかんで路地裏に無理やり引きずり込んだ・・・。


 俺は、今、東京の大深度地下にある地球防衛隊の基地にいる。

 そして地球を侵略する敵を撃退する任務についている。

 俺は、地球上を混乱に陥れ、汚し、破壊する敵から、美しい地球を守らなければならない。

 一体、誰が地球を汚しているのだ?

 誰が醜い争いを起こし、秩序を破壊し、地球を破滅の危機に導いているのだ?

 平和で健やかだった愛すべき地球を、誰がこんな酷い殺伐とした砂漠に変えているのだ?


 答えは明らかじゃないか。

 そして、俺の任務は平和で美しい地球を守ることだ。

 地球に蔓延はびこる悪は殲滅せんめつしなければならない。

 俺は崇高な地球愛と誇り高い使命感に微笑みながら、全ての核ミサイルの照準を世界中の都市にセットした・・・。

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