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アルケミリア雑貨店へようこそ!  作者: リサイクル推進委員会
第三話 歯車
7/12

 葡萄(ぶどう)が豊かに実る、秋。

 今日も今日とて、無機質な街ランドンには霧が漂っていた。しかしこの時期は収穫祭があるので、街中が花や紙などで装飾されており、いつもの茶と灰色しかない街とは装いが違った。その中には、小さな少女がこの街で育てた花も飾られている。

人々はその準備に追われてせわしなく動く。そのためこの時期になると、この街の交通手段であるエレベーターが何度も使われて、今日もまたどこかのエレベーターが故障を起こしていた。

 そして祭りが三日後に迫り、大量に用意されるワインの匂いが街中に漂い始めるころ、メーヌ川沿いにある不思議な雑貨店では、その店の店主がハタキを片手にうなっていた。



「うーん、毎年この時期になると充満するこの匂い、なんとかならないかな」



 シルクハットを被り、レンズの入らない片眼鏡をかけ、白いシャツと狩人が着るような茶色の服を着て、緑色の靴下に、黒いスリッポンを履くちぐはぐな格好の男性。彼こそが、このアルケミリア雑貨店の店主、アルト。

 彼は店に並ぶ商品の埃を払いながら、ぶつぶつと呟き続ける。



「うちの商品にはタペストリーとか、カーペットとかあるのに、このままだと匂いが移るな。毎年その匂いを消すのに苦労するっていうのに……うっぷ」

「そんなこといって、困っているのは商品じゃなくてお前自身だろう、アルト」



 開け放たれたドアから入りため息をついたのは、古びたトレンチコートを着た、レイヤード警部だった。



「そ、そんなことないですよ」

「嘘つけ。匂いだけで酔うほど酒が弱いくせに」

「うっ!」



 そう、ひょうひょうとして掴みどころのないアルトにも、しっかりと弱点は存在した。彼はびっくりするほどお酒が弱い。一口どころか、アルコールの匂いだけで酔っぱらうほどに。それゆえに毎年この時期になると、アルトの行方不明率があがる。だが、そんな彼にとって苦行の日であっても店にいるということは、今日は客が来る日なのだろう。

 このアルトという男は、予約の連絡があるわけでもなく、店に客が訪れるときは必ず店にいるという、不思議な男だった。それは、アルトが店にいない日でもこの店を訪れるレイヤードが気づいて確信をもったことだ。



 そんなことを話しているうちに、1人の赤ん坊を抱いた女性が、店の前に立った。



「あ、あの……」

「ああ、ようこそ、アルケミリア雑貨店へ」



 先ほどまでの顔色の悪さを即座に消して、アルトはいつもどおり丁寧に腰を折る。レイヤードはもはや慣れたもので、いつもの自分の定位置である椅子に座った。



 栗色の髪を流すままにした女性は、匂いだけで酔うアルトよりも酷い顔色をしていた。衣服からのぞく手足もかなり細く、寝ていないのか目の下の隈がくっきりと刻まれていた。

 彼女は終始びくびくしながら、今は眠る赤ん坊に何度も視線をむけては店中の商品をみてまわった。

 この店の商品は、レイヤードにいわせれば商品として成立していないものばかりだ。要するにちょっとしたいわくつきというか、ある意味お化け屋敷の中のようにみえなくもないものが並んでいる。いったいこの血に汚れたトゥーシューズなど、誰が買うのかとレイヤードはいつも疑問に思っていた。だが、それで商売が成立しているのがこの店の不思議なところである。



 大して興味もなく入ったのだろうか。女性の目はいろんな商品にむけられながらも、なにもみていないように思われた。だがそんな客でも、この店に入ったからには、なんらかのものに視線を奪われることを、レイヤードは知っている。

 この女性もまた、とある商品に吸い寄せられるように近づいて行った。そして彼女が手に取ったものは、使い道のわからない薄い小さな歯車だった。



「こ……れは……!」



 女性はそれを握りしめると、精算台の上にそれを置いて縋るようにアルトをみる。



「これ、おいくらですか」



 レイヤードはため息を吐いた。

 ほら、やっぱりまたゴミみたいな商品が買われていく。







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