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秘密の手記  作者: 伊代
3/4

一年二組、飯森 アキラ。

*男子生徒の体調不良の秘密について。

 五月。

 少し一年生も落ち着く頃だ。


 授業が始まるより少し早い時間に教室に入ってしまった俺は、教壇脇のパイプ椅子に腰掛け、手持ち無沙汰にぐるりと一年二組の生徒を見渡す。

 おしゃべりに夢中だったり、慌てて宿題をしていたり、居眠りしていたり、こちらに隠れてこっそり雑誌を見ていたり―――と、まぁ見慣れた光景が広がっていた。


 その中で、一人だけきちんと席についている男子生徒がいた。何をするというわけでもなく、両手の拳を机の上に置き、俯いたままじっと大振りな黒縁メガネの奥から机の上を凝視しているようだ。


 名前は―――飯森 アキラ。

 真面目で大人しく、目立たないタイプの生徒だ。

 病弱なのか、まだ学校が始まって一ヶ月だというのに俺の授業でも数回欠席しているが、それでも提出物などはきちんとこなしていた。


 だが、よく見れば今も腹を下して我慢でもしているような顔色だ。

(具合が悪いのか―――?)

 少しの間様子を見ていたが、飯森はひたすら何かに耐えるように、微動だにしない。

 前髪の奥では脂汗が浮かんでいて、流石に心配になり保健室へと連れて行こうかと立ち上がったものの、イヤなモノが見えてしまって足が止まった。


(ぐあぁ、マジか……)

 飯森の背中に隠れるように、そのシャツの裾を掴む小さな手をした―――五,六歳くらいの少女が立っている。

 前髪パッツンのおかっぱで、白いワイシャツに赤いスカートの、吊り目がちの少女。

 高校生ばかりの教室で明らかに浮いた存在だというのに、生徒たちは誰一人として少女を気に掛けていない。


 極力そちらを見ないようにして、飯森にのみ集中して声を掛ける。

「あー、飯森? 体調が悪いように見えるが、保健室に行かなくて大丈夫か?」

 飯森は微かに驚いた顔をして、小さく「大丈夫です」と答える。

 本人がそう言うなら仕方ない。

「無理するなよ」と告げて教壇に戻ると、ちょうど始業のチャイムが鳴った。


 当然のように、授業中も飯森は辛そうに見えた。全然大丈夫そうじゃない。かなり無理している感がある。

 こういった問題にあまり首を突っ込みたくはないが、放っておくわけにもいかない。


***


 放課後、偶然を装って一人で廊下を歩いている飯森の肩を叩いた。

「飯森、まだ辛そうだな」

「え……半織先生?」

 ぼうっとしながら振り返る飯森からは、覇気というものが全く感じられない。

「その症状はいつからだ?」

「……一週間位前からです」

(一週間か……結構吸い取られるのが早いな)

 飯森の後ろには、やはりおかっぱの少女がいる。この子供に生気を吸い取られているのだろう。

 間違いない。飯森は取り憑かれている。

「そっか。無理しないで、ゆっくり身体を休めろよ」

「……はい」


 大人しく頷き、飯森が脇を通り抜けて行くのに合わせ、俺はさり気なくおかっぱ少女の頭をガシと鷲掴みにした。

 何事もなかったように立ち去る飯森。手元には手足をバタバタと動かす一体の妖。


 スパッと分離に成功。

 やったね、俺!


 そのまま問答無用で幼女を教科準備室に連れ込む。

……なんだかアヤシい響きだが、妙な気持ちは一切ないと明記しておく。


 合皮の一人掛けソファに妖を押し付けるようにして座らせ、俺も向かいの席にどかりと腰を下ろす。

「はーなこちゃん。なんだって君は飯森に取り憑いてるんだ?」

 名前など知らないが、どっからどう見ても『トイレの花子さん』のイメージそのままなので、勝手にそう呼ぶことにした。


「だって飯森くん、イケメンだから~」

 唇を尖らせて「何が悪いの?」と無邪気に主張する少女に、ガクリと肩が落ちる。

「おぉい、そんな理由で良いのか?」

「じゃあ、どんな理由なら良いの?」

「―――いや、スマン。どんな理由でも良くないな」

「でしょ? だから、どうせ取り憑くならイケメンに限るぅっ!」

 顔かよっ! ユーレーでも顔が大事なのかっ!

 イヤな世の中だ。いや……この場合、あの世の中か?


 しかし飯森ってそんなイケメンだったか?

 メガネしてるし、いつも俯いてる印象だからよく分からなかった。



「あー、でもなぁ、このまま花子ちゃんが憑いてると、直に飯森は倒れるぞ? あいつ、元々あんまり生気が多くない方みたいだから、ここらで放してやってくれないか」

 この二十五年生きてきて分かったことだが、肉体的に測れる体力差とは違って、生気量というのは人それぞれまったく違うようだ。ぶっちゃけ元気みたいなモノなのかもしれないが、それにしても個人差が激しい。


「えー? じゃあ先生に取り憑いて良い?」

「な・ん・で・だ・よ! さっさと成仏しろ!」

「だってぇ~」

「だってじゃない!」

「じゃあ―――ぱんつ見せてあげるから」

「ふ、ふざけるなあああ! 俺はロリコンじゃねえええええええ!」


 先月、うっかり意味の分からない女子生徒にときめいてしまったばかりだ。

「よく考えたら十歳も年下の少女に何を考えているんだ」と自分を叱咤している最中だというのに、こんな幼稚園児にまで誘惑されてたまるかと!!!!


「ぱんつ、うさぎさんだよ? ピンクのおリボンしてるよ?」

「どおぉぉぉでもいーーーわーーー!」


 ちょこんと小首を傾げ可愛さアピールする花子ちゃんに、肩でハァハァと息をして(注・決して性的な興奮からハァハァしているわけではない)怒鳴りつけると、少女は居心地悪そうにしゅんと身を縮めた。


「だあぁぁっ、大人をからかうのはやめなさい! そもそも、君はなんでこの世に留まりたいわけ?」

「んーと。イケメンに会えるから?」


……ふむ。イケメンにこだわるからには何か理由があるのだろう。少し聞き取り調査でもしますか。

「花子ちゃんのお母さんは?」

「成仏したよ」

「じゃあお父さんは?」

「……知らない」


 実に分かりやすく声のトーンが落ちて、しょんぼり俯く花子ちゃん。

 なるほどね。イケメンの父親に未練があるのか。

 その存在すら知らずに亡くなったのか、父親に何か伝えたいことがあったか―――その辺りだろう。

 花子ちゃんのファッションから察するに、彼女が生きていたのは昭和初期だろうか?

 まだご健在の可能性もあるが―――。


「多分、花子ちゃんのお父さんはあの世で君を待っている。それか、そう遠くない未来に成仏される。

 それに、お母さんもいつまでも成仏しない君を心配しているはずだよ。だから、そろそろお母さんのところへ行ったらどうかな」


「……それ、本当? 嘘じゃない?」

「いやあ、俺も成仏したことがあるわけじゃないから保証はできないけど、多分そうじゃないかなと」

「かなり胡散臭いね」

「うっ。そう言うてくれるな。自覚はあるんだ」

「……でも、まぁ、試しに成仏してみようかな」

 新作アイス食べようかな、くらいに軽いノリで言う花子ちゃん。ダメだったらリセットボタンでも押して戻ってきそうな雰囲気だ。


「でもさ、どうやったら成仏できるのかな」

「ふふん。この俺に任せなさい」

 そこは自信があるので、どんと胸を張って答えた。



 ウチの先祖は占い師だか呪い師だか、そんなような民間信仰に携わっていたらしく俺はその能力を受け継いでいる。

 妖が見える、妖と会話できる、というだけでも十分秘密にしておくべきことなのだろうが、俺の場合はそれに加え、まじないを使うことができる。

 それはごく簡単な、誰にでもできるおまじないだ。


 これを読んでいる君も、よく覚えておくと良い。

 やり方は至ってシンプルかつイージー。


 まず、右手と左手をパーにして胸の前に持ってくる。そしてその平と平をぴたりと重ね合わせる。

 たってこれだけ。ほら、君にもできただろう? これが『合掌』というおまじないだ!


 いや、決して馬鹿にしているわけではない。合掌にはきちんと意味があるんだ。

 左手は自分自身。右手は神仏や、目の前の相手や―――兎に角、自分以外を表す。

 その二つを重ねるということは、他者に対し礼を示すということ。

 その上、両手が重なっていれば一見無防備に見えるが、神仏と一体になっている状態でもある。平和且つ最強なのだ。

 合掌がいかに凄い威力を秘めたおまじないなのか、これで分かってもらえただろうか。



 さて、ここからが俺の本領が発揮されるところだ。

 まずは、花子ちゃんに向かって、合掌。

 そして呪文を唱える。

 その呪文は―――秘密だ。君が下手に真似をすると困るからね。

 誤ったまじないは色々と危険なんだ。きちんと修行を積まない限りは、合掌して祈ることだけに集中した方が良い。


「わー、わたし透けてるよ! ふわふわする!」

 はしゃいだ声を上げる花子ちゃん。

 おまじないは無事に成功したようだ。

「うん、良かった。無事お父さんに会えるよう、祈っているよ」

「ありがとう!」

 花子ちゃんは明るい笑顔を残して消えた。


***


 翌朝、校門で登校途中の飯森を見かけた。

「飯森! おはよう、体調はどうだ?」

「あ、おはようございます。昨日早めにぐっすり寝たせいか、今日は調子が良いみたいです」

 言葉に嘘はないようで、顔色はだいぶマシになっている。この調子ならケアなしでも数日もすれば体調は戻るだろう。

「そっか。ま、勉強も程々にな」

「……はい、ありがとうございました」

 本人はまさか取り憑かれていたとは思っていないだろうから、勉強のしすぎで身体を壊したとでも思わせておこう。


……そういえば、花子ちゃんは飯森のことイケメンだって言ってたな。

 前髪が長い上に、メガネのフレームが幅太だから鼻から上がよく分からない。

「飯森って視力どれくらいなんだ?」

「エっ……

 なんとなく気になって聞いてみると妙にひっくり返った声が返ってきた。何かアヤシい。

 戸惑っている飯森から「ちょっと失礼」と素早くメガネを強奪すると。

「え、あ……Aki―――?」

 飯森はハッとしたようにメガネを取り返し、片手でフレームを押さえて隠すように顔を下げた。

「だ、誰にも言わないで」

 小さく言い残して走り去ったのは近頃話題の若手俳優「Aki」だった。


(欠席が多いのはそういう理由か。なるほどねー)

 彼はなかなか良い演技をする。学業に支障なく活動しているようだし、ここはお望み通り黙って応援してやろうじゃないか。


 誰にでもひとつやふたつ、秘密があるものだしな。


   一年二組、飯森 アキラ。完


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