涙と深海
無駄話をしようと思います。
とっても無駄な話をします。
まさにこれは、時間を精一杯に浪費する、一人語りとなるでしょう。
彼女が四人いるとして。
そう、彼女という一個人が四人いるとしてです。同じ容姿の私の知り合いが、しかし性格の少し違う彼女が、四人いるとして。彼女達は今、何を思っているのでしょう?
一人目の彼女は、きっと何も分かっていません。
夜をぴょんぴょんと渡り歩いて、今日もいい夜だなぁと、一人満足げに呟くのでしょう。愛しい人を思って、溜め息をついてみせるのでしょう。子供であり、何も分からぬ振りをして、しらばっくれて生きるのが得意なのです。
二人目の彼女は、鼻を不機嫌そうに鳴らすでしょう。
なんて愚かなことをと、目つきを鋭くするでしょう。彼女は孤独を愛しますから、誰かとなれ合うとすぐこれだと、溜め息をつくのです。そのくせ頭は冷静に、どうすれば現状を打開できるか、考えているに違いありません。
三人目の彼女は、薄く笑うでしょう。
夜闇の真ん中で口の端を吊り上げて、不気味に笑ってみせるでしょう。最悪な状況になればなるほど、やれ己の時代がここに来たりと、歓喜の溜め息を漏らすのです。
そして。
そして彼女は。
四人目の彼女は、暗く澱んだ水底で、深く深く沈んでたゆたい、泡沫のような死体となって、呼吸も忘れて死んでいる。
彼女達が光を浴びるときは、いつだって彼女は死んでいるのです。
どうしろと言うのか。
このままでいると決めたのに、どうして死にそうなくらい息が詰まるのか。苦しいのか。
あの涙は、やがて枯れて。
この海のどこかに沈み、眠る、眠る。
絶望の淵に流れ込んだ沢山の涙が彼女を救い、そして、彼女はその、己のためにある唯一の涙の中でだけ初めて、息を吸うことを知った。
息が出来ないのである。
涙はもう、彼女の為にあるものではない。
真っ白な羽を持つ小鳥が、太陽と海に翳されて風に揺れ、空から振ってきた一滴の涙を受けた。涙が小鳥を洗ってゆく。
故に涙は、彼女のいる深海には届かない。
三人の彼女も、海からでることは叶わない。
ああ、己が小鳥のように純白だったなら。
この暗い海でなら、気付いてもらえたのだろうに、どうにもならない黒色で、何一つ見えやしないのだ。