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グイグイと強く揺すられて、俺は目を開けた。途端に、パシリと頬を殴られる。
「イテッ!」
勢いよく起き上がり、今度は額を思い切り何かにぶつける。
「いってぇっ!」
同時に耳元で声がして、俺は額を押さえながら、そちらを見遣った。
兄貴が額を手で擦り、顔をしかめている。そしてハッとしたように俺の肩を掴むと、顔を覗き込んできた。
「大丈夫か、トモ」
「何が?」
訳が解らず眉を寄せた俺に、それを見ていた兄貴も、怪訝に眉を寄せる。
「何がって、今苦しそうにうなされてたじゃないか」
「え?」
そういえば、体中が汗でグショグショになっている。濡れた髪をかき上げながら兄貴を見上げると、呆れた目で俺を見下ろしながらも、安心したように小さく笑った。
「あまり驚かすなよ。……孝亮の奴が夢に出てきた直後だったから、あいつがお前を連れていこうとしてんのかと思ったよ」
ふぅーと細く息を洩らして、兄貴が呟いた。
「……孝亮、が?」
ピクリと反応した俺の頭を、ポンと叩く。
「あいつが、そんな事。する訳ないのにな」
俺を気遣う兄貴に、思わず笑みを零した。
「なんだよ」
むすりとして、兄貴が訊いてくる。
「いや……。生きててよかったと思ってさ。俺のコト、心配してくれる兄貴を見れる……なんて、さ…」
意識せず、ポトリと涙が足に落ちた。頬の、涙が伝った痕を掌で押さえて、征志の言葉を思い出す。
『無意識の内に、死を望んでる』
そうなんだろうか。俺は、孝亮の傍に行きたかったのか。命と、引き換えにしても……。
「とにかくもう寝ろ。夜中の二時半をまわってんぞ」
床に落ちているバスタオルを拾い上げてベッドの上に置いた兄貴が、背中を向けたままで言う。
「…あ! 征志ッ」
忘れてた、と頭を抱える。
「ああ?」
部屋を出て行こうとしていた兄貴が、怪訝そうに振り返った。
「いや。なんでも」
肩を竦めてドアを閉める兄貴を見送りながら、征志は大丈夫かと考える。
明日はあいつが学校に遅刻しても、怒らないでおこう。そう心に決めた俺は、パチリと電気を消した。
こんな夜中にまで付き合ってくれる友人と、うなされている俺を心配してくれる兄貴。
俺はきっと、幸せ者なんだと頭まで布団を引き上げた。
せめて、夢の中でなら、幻くらいは現れてくれるだろうか……。
「兄貴にだけ出るなんて、ズリィぞ」
クスクスと笑った俺は、ゆっくりと目を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の表紙は上宮征志でした。いかがでしたでしょうか?
そして、今回の銀杏の樹に憑りついた男の霊は、孝亮の『もう一つの想い』でもあります。
本当は連れて逝きたくて、でも、生きていてほしい。そんな想いが溢れている霊でした。
次のページには詩を載せています。
嫌悪感を持たれる方は、このページで閉じていただきますように……。
では、また次の話もお読みいただければ幸いです。ありがとうございました。