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「……ちょっ…」
こいつがこの目をする時はヤバい。これは、何かを探ろうとしてる目だ。その上、その対象が俺だなんて、まったく、ジョーダンじゃねぇ。
「な、なんだよ。カンベンしてくれよ。俺、関係ねぇだろッ」
両手で征志を押しやって、未練がましく上目使いで俺を見る征志を睨み返す。
「お前ねぇ! 頼むよ、俺が怖がりなの知ってんだろ! 銀杏の樹の奴とは関わり合いも関わる気もないの! わかった?」
手を振り上げて喚く俺をポカンと見つめた征志は、その後プッと吹き出して身をよじるように笑いだした。
「ったく! 俺、時々お前の友達やめたくなるよ」
笑う征志を尻目に、歩き出す。
俺は普通の高校生活を送りたいんだぞ。何が悲しくて学校帰りに幽霊見つけて、そいつの世話をしてやんなきゃなんないんだ。
「…なんで、まだ友達やってんだろな?」
追いついた征志が、身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込む。
「知るかっ! この幽霊おたくのどこがいいんだか……」
肩を竦めて、溜め息混じりに言ってやる。それでも征志は、おもしろそうにクスクスと笑った。
「しっかしそうは言っても、俺が視た限りでは、あいつはお前を狙ってんだよなぁ……」
征志は鞄を頭の後ろで持つと、チラリと俺に目を向けた。
「お前最近、何か変わった事ないか?」
「変わったこと?」
「そう。例えば……」
人差し指を立てた征志は、それを尖らした唇へと持っていった。
「例えばだな」
「ああ、そういや最近。えらくねむい」
ポンッと手を打って言う俺に、カクリと征志がうなだれる。
「はあ? それはいつもの事だろ? じゃなくて、最近知らない奴なんだけど、時間に関係なく同じ場所でいつも会う奴がいるとか」
「全然」
「変な夢を見るとか」
「まったく」
ブンブンと首を振る俺に、片眉を上げる。
「ほんとに?」
疑われてもどうしようもない。視えもしない幽霊に憑かれる心当たりもないし、最近変わった事なんて、なんにも……。
ん? いや。そう言えばあったかな? 昨日。
俺は考えながら、ポリポリと頭をかいた。
「あー、実は今朝。兄貴が変と言えば変な事を言ってた。俺はあいつが寝ぼけたんだと思ったんだけど」
「…ほう」
征志が鋭い視線を俺へと流して、瞬きで先を促す。
「昨日の夜中、喉が渇いたとかで電気もつけずに台所にいたらしいんだ。そしたら二階から階段を下りてくる俺の足音がして、玄関が閉まる音がしたって言うんだ。で、てっきり俺が夜中にこっそり外に行ったと思って、玄関を見たら鍵はかかってるし俺の靴もある。まさかと思って俺の部屋を覗いたら、俺はちゃんとベッドで寝てたって言うんだ。ま、当たり前だけど」
俺の話を聞いていた征志の目が、驚きにゆっくりと見開かれていく。不意に立ち止まった征志は、俺から視線を外して、まっすぐと前を睨むように見据えた。
「なるほどね。……鏑木、お前悪い夢を見ない代わりに、良い夢も見ないだろ? と言うよりは。最近、夢見た事あるか?」
「夢……ねぇ…?」
腕を組んで考え込んだ俺は、唸りながら首を傾げた。
そういや、最近夢なんて見てないかも。でも、夢も見ずにグッスリと寝てるわりには、寝起きが悪いんだよなぁ。
朝起きてもすっきりしない。寝ていたはずなのに、疲れも、眠気さえもが取れていないのだ。
最後に夢を見たのは、いつだったか……?
「見てない、ようだな?」
低く言った征志に視線を向けて、小さく頷く。大仰に溜め息を吐いた征志は、右手で頭を抱え込んだ。
「ったく! 手の込んだ事しやがって」
チッと舌打ちして、睨むように俺を見る。
「大体、お前は昔っから…」
「むかし?」
「いや、いい。こっちの話だ」
征志は面倒くさそうに手を振って、押し黙ってしまった。
こういう時は、さわらない方がいいんだ。そうすりゃ、タタリだってないんだから……。
って、こいつは神様かよ!
心の中で突っ込みながら笑った俺に、征志が冷たい視線を向ける。それでも、いつものような文句を言うつもりはないらしく、すぐに視線を逸らした。
結局、孝亮の家の前に着くまで、征志は一言もしゃべらなかった。
「じゃあな」
俺の声も耳に入らないらしく、しばらく歩いてから、征志はぼんやりと振り返った。
「…あ? ああ、…悪い。じゃあ……今夜な」