怨念
いじめの話ですが、いじめを受けている時の描写は全くありません。主人公がとうとうと語る形式で物語は進んでゆきます。
特に残酷な場面はありませんが、最後に少しだけ怖い言葉が入っているので、(平気な方にとってはなんでもないと思いますが)苦手な方は部屋を明るくして、なるべく明るい気持ち(?!)になって読むことをおすすめします。(笑)
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私は今、5階建ての校舎の屋上に居る。
眼下には校庭が見え、そこでは1年生から6年生までの全児童が並んで、朝礼が行われている。
朝礼台の上では、ハゲた校長が、つまらない話をしている。よく聞いてみると、いじめの話のようだ。なになに? 「いじめは人として恥ずかしいことなので、絶対にしてはなりません」だと? ハハッ、笑わしてくれるね。何を言おうと、いじめなんてなくなるわけがない。だって、楽しいことはそう簡単にやめられないでしょ? 結局人間なんて、みんなドSで、人を虐めるのが気持ちよくてたまらないんだ。
私? ああ、私のクラスにもいじめはあるよ。私のクラスは、35人学級で、いじめの加害者が30人、そして被害者が1人、それから無関心な傍観者が4人。いじめっていうのは、被害者か傍観者が担任に報告して公になることが多いけど、今回はそれは有り得ない。
まず、傍観者っていうのが、二次元にしか興味のないキモオタで、傍観してるかどうかも分からないから、こんなのが担任にチクるわけがない。
そして、被害者だけど、被害者だって、担任になんか報告するつもりは微塵もない。
なんでそんなことが分かるのかって? そりゃあ、私が被害者だからだよ。
私は、転居の都合で9月からこの学校に来た。転居といっても、同じ市内だったから、6年生の残り半年間くらい元の学校にバスで通っていいよ。とは言われたけど、即刻断って、新居の近くの学校に転校することにした。
私は、数値のつく成績では、いつも群を抜きんでている。学校の成績表はもちろんオールAだし、体育の水泳や陸上の記録だってダントツのものだ。
だからかもしれない。私はいつもみんなから頼りにされていた。別に悪い気はしなかったけど、ある時、「あの人についていけば大丈夫」、「あの人なら失敗しない」と、自分の責任を軽くするために私について来る人がいるということに気付いた。それでもう嫌になった。そんなふうに使われるんじゃ、こっちだってかなわない。こいつらとの付き合いを解消したいと思った。
前の学校では、適当に友達をつくって、適当に群れるような生活を送ってしまうようなことが度々あった。だから、転校を機会に、そういう人とのかかわり方をすっぱりやめることにした。引っ越しと転校のことは学校に頼んで秘密裏に進めてもらったし、もちろん連絡先なんて教えてない。
――昨日の友は、今日の敵。昨日の敵は、今日も敵。
これが、私の今学期のスローガンだ。私の行っている塾は、そんじょそこらの塾ではない。電車で3駅行ったところにある、超難関国私立中学を目指す人ばかりが集まる進学塾だ。前の学校でも、今の学校でも、そこへ行ってるのは私一人だ。
そんな環境に置かれながら、『友情』とか、そんな甘ったれた寝ごとのようなことは言ってられない。志望校は、かの名門、紺屋義塾大学の附属中学。関東どころか、全国もで屈指の難関校だ。ここまで来たのなら、いっそ孤高を極めてやろうと思う。
そしてそのまま、紺屋義塾大学附属高校、紺屋義塾大学の法学部と進んで、その先はキャリア警察官だ。幸運なことに私は運動神経も持ち合わせてるから、そっちも活かしたい。
そんなわけで、周りの人には私に興味を持ってほしくは無いのだ。ああ、ちなみに自慢じゃないけど前の学校ではかなりモテたよ。半年間で8人に通算13回告られた。もちろんどれもきつい言葉でひるませてやったけど。私は暴力なんて下劣なことはしないよ。でもやっぱりあきらめないしぶとい奴っているよね。8人中7人は1回であきらめたけど、残りの1人が、6回も告ってきた。ウザすぎ。でもちょっとかわいそうだと思った。その6回告って来た奴が、かなりモテる奴で、何人かの女子から告られてたらしいんだけど、どれも断って、本命の私のところに来たらしい。
ところで、今の学校のある人が行っている塾に、前の学校の私の同級生も行っているらしい。
そこが、抜け目だった。
大体、市内から転校生が来たとなれば、どんな人か興味があるから、塾などのネットワークを使って、元の学校の友達に話を聞くことはざらにある。それは計算していなかった。おかげで、今の学校で隠していた、自分のことを色々と知られてしまった。
10月頃から、徐々に人が近づいて来るようになってしまった。ウザイ、ウザイ。だから、適当にかわして、なるべく関わらないようにした。
すると奴らは、私のことを「生意気だ」とか言って、くだらないことをやり出すようになった。
まあ、どんなことをやり出したのかは、大体分かるだろう。
物隠しに始まって、教科書を切り刻む、悪口の書き連ねられた手紙が机の中に入れられる、ランドセルが汚される、泥棒の濡れ衣……。
典型的ないじめだった。誰がどんなことをしてきたのかは、別紙にくわしく書いてある。
でもここに居るのもあと4か月。4か月で奴らとおさらばなんだ。そのくらい我慢してやろう。
――と思っていたのは、つい3日前まで。おととい、急に精神にガクッと来るものがあった。特におとといひどいことをやられたわけじゃない。でも、でもなんか心が痛む。だめ。耐えられない。辛い。疲れた。
でも、こんな泣き言を担任に言ったところでどうなる? 担任が、「いじめはしちゃダメ」と言ったところで何が変わるのか。変わるわけがない。私を憎んでいた30人の心がころっと変わるとでも言うのか?
だから私は、私自身の手で、私自身の命で、奴らに罰を下そうと思う。
私はさっき、朝礼が始まった直後に「気分が悪くなった」と言って保健室に行き、養護教諭の目を盗んで保健室を抜けだし、屋上まで上がってきた。
もうここまで書けば分かるだろう。私は、自らの生涯を、12年と3か月27日で閉じることにした。
いじめなんて下劣なことをした人間のクズに、私の死ぬ瞬間を目の当たりにさせてやるんだ。もちろん、無関係な人には申し訳ないと思うけど、これからいじめなんて起こらないように戒めるということで、きちんと見てもらおう。
おそらく3分後には学校中が大騒ぎになり、3時間後にはこの遺書が発見されてクラスの30人がいじめをしていたことが発覚し、明日にはその30人が一斉に学校に来なくなり、1週間後には、いじめに気付かなかった担任と校長、それと私が保健室を抜け出したのに気付かなかった養護教諭がマスコミに叩かれ辞職に追い込まれるだろう。せいぜい記者会見をしっかりやるんだね。
ちなみに、この遺書は各新聞社、テレビ局、ラジオ局、週刊誌の編集部にも送ってあるから、内容を隠そうとしても無駄だよ。新聞だったら今日の夕刊には載るね。テレビならもっと早く、昼のニュースで報じられるはずだ。新聞と週刊誌には、学校や教育委員会がなんと言おうと、文部科学省がなんと言おうと全文掲載してくれるように頼んであるから、載せないように圧力をかけるなんて、姑息なまねはしないように。配達時刻指定の宅急便で送ったから、今日の午前中には届いているはずだよ。
そして、主な企業の人事部にも、いじめた奴の詳細なデータを同封して送ってある。6年後、10年後、奴らが就職するときにどうなるか楽しみだね。
こんなことで満足する私じゃないよ。主なインターネット掲示板の各スレッドには、今朝、企業に送ったのと同じデータを貼り付けておいた。それから、動画投稿サイトにも自分で中身を読み上げて投稿してある。ここまですれば、全ての情報を回収するのは不可能だろうね。
さあ、明日から下劣な人間のクズどもは、重い十字架を背負って、世間様から冷たい目で見られて生きていくことになるんだ。奴らの中にはおそらく、その重圧に耐えきれなくて、私の後を追ってくるようなのもいるだろう。
私は、絶対にそんなことはさせない。閻魔さまに頼んで、絶対に自ら命を絶つことなんてできないようにしてやる。百まで生きて、きっちり罪を償ってもらおう。
平成22年11月29日
崎野実
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私は、さっき事務室から持ち出てきた拡声器のスイッチを入れた。
「呪ってやる!」
校長のハゲ頭に向かって叫んだ。なんと気持ちのいいことか。一気に視線がこちらに向かう。
私は一呼吸置いてフェンスにしがみついた。
「やめなさい!」
校長は振り返ると、目を丸くし、慌ててマイクで叫んだ。
私は持ち前の運動神経を発揮してぐいぐいと高いフェンスをよじ登る。
「だめだ!」
校長はもはやかすれ声だ。
フェンスの一番上にたどり着き、ちゃんと二本足で立って周りを見回した。止めようと校舎に入る教師の姿もあった。真下を見ると、一面コンクリート。ぐずぐずしていたら、そこに教師が来て抱きかかえられてしまうかもしれない。
まもなく、そこには血溜りができる。そして、それを作るのは、私だ!
私は、体を折り曲げてフェンスの縁を指先でつまんだ。ちょうど水泳で、飛び込み台から飛び込む時の姿勢だ。そこから、前へ飛ぶのではなく、下へ。
頭のてっぺんに空気の抵抗を感じる。
ふと、目の前になんとなく見覚えのある情景が映し出された。
そうか、これは私の今までの人生を超高速で映し出してるんだ。これが走馬灯というものか。ああ、そうかそうか――
「呪ってやる、呪ってやる」
不意に、自分の口が勝手に動き出した。
「呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる」
そうさ、呪ってやるのさ。
「呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる――」
――いや、なにかおかしい。これは早すぎる。早すぎる。走馬灯ってこんなものなの? え、え、え! だめ、だめ、い、いや、いやああああああああ!
私は、地上に着く前に――
――意識を――
――失った。