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薄桃色の誘い 〜おさんぽ〜

作者: 白夜いくと
掲載日:2026/03/21

 アイスクリームが食べたい。僕の好きな抹茶とバニラ味の濃厚なやつ。でも、買いに行くのが面倒くさい。だからずっと携帯を触って、ゴロゴロしていた。


 バイトでもないのに、シャワーも、服を着替えるのも面倒くさい。親は仕事で家に居ない。机のうえには菓子パンと炭酸ジュースが置いてある。


「仕方ない、食べるか」


 今はアイスクリームの気分だけど、炭酸ジュースと菓子パンを食べた。欲しかった甘さではないけど、まぁまぁ美味しかった。


 春の3連休とは言えど、僕には桜を見る趣味はない。花の咲くところ、虫が湧く。人も多くて好きではない。



「……掃除するか」


 床に落ちていたホッチキスの針を拾って、思いついた。昨日シラバスを読んで色々計算していたのだった。折れたシャーペンの芯も転がっている。


 124単位。


 コイツを4年間で取得しなければ留年してしまう。新生活が始まる期待と、失敗への緊張が入り交じった鼓動を、掃除機の音がかき消す。


 換気した窓から、クラゲのようにふわりと何かが侵入してきた。


「……桜?」


 床に落ちたそれは、紛れもなく桜の花びらだった。触ってみると水気を含んでいてとても柔らかい。


「掃除機で吸うのもなぁ」


 もったいない。

 なんとなく、そう思った。


「掃除が終わったら、外に返しに行こう」


 近くの公園の木の下とか。



 めんどくさいが、シャワーをする。服を着替えて髪を整え、お気に入りの靴を履いた。桜の花びらをジャージのポケットに入れる。


 玄関を開けると陽気な空気がぽかぽかと僕を茶化してくる。風が吹けば近くの桜が、手招きするように枝を振った。


 なんだかおめでたい気分だ。

 公園までの道のりで見つけた花の名前を、AIに尋ねていた。

 子連れのベビーカーに道を譲ったりお爺ちゃんが倒した杖を拾ったり。その度に「ありがとう」って言われた。


 なんだか嬉しくなって、自動販売機で、飲む気のなかったカフェオレを買ってしまった。



 公園に着く。

 時計を見ると午後になっていた。


 桜がたくさん咲いている。


「綺麗だなぁ」


 なんて、俗な言葉を発したら横に居たお婆ちゃんが「ほんにねぇ」と話しかけてきた。流れでオレンジを一つ貰った。今が旬の品種なのだとか。


 お婆ちゃんの世間話を聞きながらカフェオレを飲む。田中さんは肉じゃがの味が濃いだの中村さんの旦那は単身赴任中だの、僕が知ってどうするんだ。


 思っていたらお婆ちゃんの話し友達がやってきて僕は解放された。とっくに飲み終わったカフェオレを捨てたい。


 オレンジとカフェオレ缶で、両手が塞がった状態で、ゴミ箱を探す。

 時計を見ると結構時間が経っていた。


 ホームレスがベンチで眠っている。すぐ横にゴミ箱があった。起こさないようにそっと缶を捨てる。


 さて。


「何しに来たんだっけ?」


 オレンジを眺めて家に帰る。


 洗濯のためにジャージのポケットを裏返すと、桜の花びらがふわりと床に落ちた。


 目的を思い出した。

 桜の花びらはまるで、


「お散歩、楽しかったね」


 そう微笑んでいるかのように、薄桃色に染まっていた。

 





 おしまい

最後まで読んでくれてありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
 ちいさな春に誘われて、本当は理由なんて何でも良かったのかもしれないけれど、散歩の土産に心のポケットの中には春がたくさん詰まっていた。  単体の視覚対象が描かれた絵本のようで、最後のページが薄桃色に染…
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