閣下、心の声がうるさいです
王立学園の卒業記念パーティー。
煌びやかなシャンデリアの下、私はその中心で断罪されていた。
「レティ・アークライト! 貴様との婚約をこの場で破棄し、国外追放を命じる!」
王太子であるエドワード様の高らかな宣言が静まり返ったホールに響く。彼の腕の中には、儚げに震える男爵令嬢ミアの姿。
周囲を取り囲むのは、彼に追従する側近候補たちだ。
私、レティは扇で口元を隠しながら、冷ややかな視線を受け止めていた。
(……ああ、やっぱりこうなったのね)
身に覚えのないいじめ、階段からの突き落とし、教科書の損壊。すべてはミア自身の自作自演だと証拠を揃えていたけれど、恋に盲目になった王太子殿下には届かなかったようだ。
「何も言えないのか! その沈黙こそが罪を認めた証拠だ!」
エドワード様が勝ち誇ったように叫ぶ。
私は静かに息を吐き、反論しようと口を開きかけた、その時だった。
『……っはー、今日もレティ嬢が最高に美しい。なんだあの凛とした立ち姿。芸術か? 美術館に飾るべきか? いや、私の屋敷に飾りたい。尊すぎて直視できない、無理、好き』
「……は?」
あまりにも場違いな、けれど聞き覚えのある低い声がホール全体に響き渡った。
エドワード様が言葉を止める。
ミアが「え?」と顔を上げる。
周囲の生徒たちもキョロキョロと音源を探し始めた。
『あの冷めた瞳で見下されたい。いや、むしろ踏まれたい。断罪? あんな馬鹿王子にレティ嬢はもったいないんだよ。今すぐ私が攫って結婚したい。ドレスの裾になりたい』
え、なにこれ。
この声、まさか……。
会場の入り口、重厚な扉の前に佇む一人の男。
漆黒の髪に鋭い氷のような青い瞳。
若くしてこの国の政治を取り仕切る天才、氷の宰相こと、ジルベール・シュタイン公爵だ。
彼はいつものように無表情で絶対零度のオーラを放ちながらこちらを睨み……いや、見つめている。
「……宰相、閣下……?」
エドワード様が戸惑いながら声をかける。
しかし、ジルベール様は眉一つ動かさず、冷徹な声で口を開いた。
「騒がしいですね、殿下。卒業パーティーという神聖な場を茶番で汚すのは控えていただきたい」
その言葉は鋭利な刃物のようだった。
周囲の生徒が恐怖に震え上がる。さすがは氷の宰相、血も涙もない。
『あああ、喋っちゃった! レティ嬢に見つめられた! 心臓止まる! 今の声低すぎなかったか? もっと優しく言いたかったのに緊張してドスの効いた声が出た! 死にたい! でもレティ嬢が可愛いから生きる!』
……うん、間違いない。
あれはジルベール様の心の声だ。
どうやら彼が胸ポケットに挿している『拡声の魔石』が発動しているらしい。
本来は演説などで使う魔道具だが、彼の魔力の高まりに反応して誤作動を起こし、思考をそのまま垂れ流しているらしい。
しかも、本人は全く気づいていない。
「……っ、く」
私は扇の裏で必死に笑いを噛み殺した。
あの無表情の裏で、そんなことを考えていたなんて。
「茶番だと!? 宰相、貴様にはこの悪女の悪行が見えないのか!」
エドワード様が激昂する。
ジルベール様は眼鏡の位置を指で直しながら、冷ややかに言い放つ。
「証拠は? 殿下が提示された証拠品は、どれも捏造の痕跡が見受けられますが」
『捏造っていうか、あの男爵令嬢が自分でやってるの、三日前に調査済みなんだよなぁ。証拠書類、今すぐ殿下の顔面に叩きつけてやりたいけど、レティ嬢の前だから紳士的に振る舞わなきゃ。……あ、今のレティ嬢、肩が震えてる? 怯えてるのか? 可哀想に! 俺が守る! この国を敵に回しても!』
ち、違います。
笑いを堪えているだけです、閣下。
「ね、捏造だと!? 何を根拠に……!」
「根拠なら、ここに」
ジルベール様が懐から書類の束を取り出す。
その動き一つ一つが洗練されていて美しいが会場にはその間もずっと彼の心の叫びが依然として流れている。
『今日のために徹夜で資料作った甲斐があったー! これを見せる時のドヤ顔、決まったかな? レティ嬢、今の私どう? 仕事できる男に見える? 結婚してくれる? 婚姻届なら常に持ち歩いてるんだけど、今出すのは流石に引かれるか? 引かれるよな、我慢だ俺』
会場の空気が恐怖から困惑、そして生暖かいものへと変わっていく。生徒たちの視線が断罪されている私ではなく、無表情で書類を突きつける宰相閣下に集中している。
みんな気づいているのだ。
この完璧超人の宰相が実はただの不器用な恋する男であることに。
「こ、これは……」
渡された書類を見たエドワード様の顔色が青ざめる。
そこには、ミアが裏社会の人間を使って証拠を偽造した記録や、彼女が自ら階段から飛び降りる練習をしている目撃証言などが詳細に記されていた。
「嘘よ……そんなの嘘!」
ミアが叫ぶ。
「宰相様! あなたもレティに騙されているんです! その女は魔女ですわ!」
ミアが私を指差す。
その瞬間、ジルベール様の周囲の温度が急激に下がった。物理的に空気が凍りついたのだ。
「……私の調査に不備があると? 男爵令嬢」
地を這うような低い声。
エドワード様さえも後ずさりするほどの殺気。
彼はゆっくりと、ミアに歩み寄る。
『ふざけんなよ、うちの天使を指差すな。その指へし折ってやろうか。いや暴力はいけない。レティ嬢が怖がる。でも許さん。社会的抹殺だ。明日から水しか飲めない生活を送らせてやる。あー、もう! レティ嬢が悲しそうな顔してるじゃん! 今すぐ抱きしめたい! 「大丈夫だよ、愛してるよ」って言って頭なでなでしたい! でも触れたらセクハラで訴えられるかもしれないから我慢! つらい!』
ギャップで風邪をひきそうだ。
私はもう限界だった。
恐怖で震えるミアと殺気を放つけど心の中はデレデレなジルベール様。このカオスな状況を終わらせられるのは、私しかいない。
私は一歩、前に進み出た。
「ジルベール様」
「……なんでしょうか、レティ嬢」
彼はピタリと足を止め、私に向き直る。
その表情は相変わらず鉄仮面だ。
でも、心の中は――。
『名前呼ばれたァァァァァ! 可愛い! 声が鈴の音! 耳が幸せ! 録音魔道具もっとけばよかった! あ、今すごく近くにいる。いい匂いがする。死ぬ。尊死する』
私は小さく咳払いをし、彼の胸元を指差した。
「あの、ジルベール様。……心の声、漏れてますわよ」
「……は?」
ジルベール様が初めて表情を崩した。
きょとん、として自分の胸元を見る。
青く明滅する『拡声の魔石』。
そして、今の今まで自分が何を考えていたかを思い出したようで彼の顔が耳まで一気に真っ赤に染まった。
氷の宰相が瞬時にして茹で上がったように赤くなった。
「あ、あ、あ……」
『うそだろ!? 全部!? 尊死発言も!? 全部聞かれてた!? 終わった! 俺の人生終わった! クールで知的な宰相キャラで通してたのに! ただの変態だと思われた! もうお嫁に行けない! いや俺が婿に行くのか? 違う、そうじゃない!』
「ふっ……ふふっ」
ついに私は堪えきれずに吹き出した。
扇を下ろし、お腹を抱えて笑ってしまう。
「あはは! あはははは!」
静まり返っていた会場に、私の笑い声が響く。
悪役令嬢として品行方正に振る舞ってきたけれど、こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
「わ、笑わないでください……! 不敬で処刑しますよ……!」
ジルベール様が顔を覆ってうずくまる。
そんな彼に、私は近づき、そっとその手を握った。
「処刑されるのは私の方でしたのに」
「……っ」
「でも、嬉しいです。ジルベール様がそんな風に私のことを想っていてくださったなんて」
私は彼を見つめ、悪戯っぽく微笑む。
「責任、取っていただけますか? 私の婚約、なくなってしまいましたし」
ジルベール様が指の隙間から私を見る。
その瞳は潤んでいて捨てられた子犬のようだ。
「ぜひ、旦那様になっていただきたいです」
その瞬間、会場中から割れんばかりの拍手と歓声、そして冷やかしの口笛が巻き起こった。
エドワード様とミアは、呆然と立ち尽くし、やがて衛兵たちに連行されていく。
真っ赤な顔のまま、それでもジルベール様は私の手を握り返し、跪いた。
震える声だけど真剣な眼差しで。
「……愛しています、レティ嬢。一生、私の側で笑っていてください」
『やったぁぁぁぁぁぁ!! 結婚だぁぁぁ! 神様ありがとう! 明日から毎日ケーキ買って帰る! 世界一幸せにする!! うわぁぁん大好きだぁぁ!!』
口から出る言葉と心の叫びの二重奏。
世界一騒がしくて、世界一愛おしいプロポーズ。
私は満面の笑みで彼に頷いたのだった。
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