第7話 「お前も来いよ。肝試し」
芸術と文化の都、レクイウム連合王国領ロスミネラ。
世界中から職人や魔術師、芸術家が集まる学園都市。
石造りの重厚な建物、軒先に並ぶ色とりどりの工芸品、風に乗って漂う絵具と焼き菓子の香り。
僕たち学院生は原則寮生活のため、こうして街へ降りてくる機会は滅多にない。
改めて見ると、ここは本当に美しい場所だ。
……僕が本当に入りたかった「ホナルカエル美術学院」も、この街のどこかにあるはずなのに。
「クレシア、あの店、昨日言ってたトコじゃない?」
前方で、ロシュテルが店を指差して声を上げた。
「あら、本当。ロシュ目ざとい!」
ザークレシアがきゃっきゃと笑う。
「うわぁ、あっちにも美味しそうなお菓子屋さんある!メイル、ルズ!今日の授業終わったら寄っていかない?」
「俺はいいぜ」
「……太っちゃう」
メイルザーが鷹揚に頷き、ルズガーナが呆れたようにため息をつく。
(……え?)
彼らの会話を聞いて、僕はふと疑問を抱いた。
「昨日言ってたトコ」?
寮生は、授業の予習復習に忙しい筈。まさか、彼らは日常的に街に繰り出しているのか?
そういえば、隣の部屋のヴェナも、夕方になると気配が消える。
まさか、僕以外のみんなは、放課後をこの華やかな街で謳歌しているというのか?
「……はぁ」
ため息が漏れる。
そりゃあそうだ。こんな充実した学園ライフから弾き出されているのは、僕くらいのものだろう。
歯車は、入学初日から狂っていたのだ。
「よーし、全員集まったかー?じゃあ説明を始めるぞ」
担任のヴァーノン先生の声で、僕は現実に引き戻された。
一行が足を止めたのは、古びたレンガ造りの建物の前だった。
「旧バラ=エル魔術学院」。
現在は史跡として保存されている、この学院の前身となった場所だ。
「今は世界一の規模を誇る我が校だが、始まりはこの小さな学舎だった。ここには千年以上前の魔術師たちの叡智が詰まっている」
先生の説明を聞き流しながら、僕は建物をスケッチするふりをして時間を潰す。
古色蒼然とした佇まい。確かに歴史の重みは感じるが、正直退屈だ。
「ねぇメイル。ここ、出るらしいよ」
ザークレシアが、声を潜めてメイルザーに耳打ちした。
こういうゴシップ話だけは、なぜかよく耳に入ってくる。
「へえ、幽霊か?」
メイルザーが面白そうに反応する。
「そう!夜中になると、無念の死を遂げた生徒の霊が彷徨ってるんだって」
「えー、クレシア、あんた本気で信じてんの?」
ルズガーナが冷ややかな視線を送る。
「ルズってば、相変わらず夢がないわねぇ。こういうのはロマンよ、ロマン」
そこに、ロシュテルが割り込む。
「よっしゃ、じゃあルズ、今度の肝試し一番手な!」
「なんで私が。そういうの興味ないんだけど」
「お、いいな肝試し。ルズが怖がるところ、見てみたいもんだ」
メイルザーがニヤリと笑う。
「ちょっとメイルまで……」
「面白そうじゃんか。夜さ、寮を抜け出してここに来ようぜ」
ロシュテルが親指で旧校舎を指す。
「わぁ!楽しそう!」
全く、到着早々これだ。
不真面目な連中だ。史跡見学に来て、考えることは夜遊びのことばかり。
くそう、楽しそうにしやがって。
いや、決して羨ましいわけじゃない。決して混ざりたいわけではない。
僕は彼らとは住む世界が違うのだ。光の当たるカースト上位者と、日陰の変態落第生。
無闇に関われば、ロクなことにならない。
(……関わるとすれば、ヴェナかキノルだけど……)
いや、ダメだ。今ヴェナの方を見たら、昨日の「猫耳メイド」の映像が脳裏に蘇り、また暴発してしまう。
僕は頭を振り、視線を地面に固定した。
その時だった。
「おい、エロマエ」
聞き慣れた、野太い声が僕の名(不名誉な渾名)を呼んだ。
メイルザーだ。
彼が、こちらを振り返ってニタニタと笑っている。
「お前も来いよ。肝試し」
「……へ?」




